6 キラり☆

「あっちに面白いところに通じる扉がたくさんあるんだよ!」


 青鬼はニコニコとめちゃくちゃ楽しそうにしながら俺の手を引っ張る。下を向き、一人絶望している俺の気持ちも知らずに。


(今の俺って、相当やばい状況なんじゃないか…?)


 夕立の顔から汗がぽたりと垂れる。


(人間だとばれて牢屋に入れられたら…どうなるんだ俺は…?)


 想像すると悪寒が走った。


 いや、これは夢だ

 夢に違いない。

 きっと、きっと、夢なんだ…!


「夢から覚めろ、夢から覚めろ、覚めろ、覚めろ、覚めろ…」

「赤鬼くん…?ブツブツと喋り出してどうしたの?」


げっそりとした顔で力なく俺はこう言った。


「現実逃避だよ…」

「へー!難しい言葉を知っててすごい!あっ、そろそろミミィのお店に着くよ!」

「そっか…」


 もうどうにでもなれ…と思いながら暗闇の中歩いていくと、目の前に赤い、重そうな扉が現れる。

 ガチャリと青鬼くんが扉を開ける。


 するとたくさんの服が飾られた部屋にたどり着いた。

 煌びやかな服や、顔と腕と足がない真っ白なマネキンが飾られており、床は真っ白いピカピカのタイル、壁はピンクで赤い額縁にイチゴの絵が飾られていた。綺麗にまとめられた高級感を感じさせるお店になっており、いかにもクラスの女子が好きそうな、甘く、綺麗な空間にだった。

 最初は服屋かと思ったが、よく見ると部屋の端に水の溜まったバスタブがあり、頭にプロペラが生えているひよこのおもちゃ、それと、トマトが水面にぷかぷかと浮かんでいる…。他にもお菓子やドリンク、おいしそうなイチゴのサンドイッチ、よく見れば見るほど様々なものが売られていた。

 そのせいで一体ここが服屋なのか…いまいち分からない。


 夕立の頭にハテナが沢山浮かんでいると、突如女の子の声が聞こえきた。


「ミミィのすとろべりー&とまとショップへようこそ〜〜☆」


 イチゴとトマトのワッペンがついた、白とピンクのセーラー服を着ている宙に浮いた中学生ぐらいの女の子がスィーと普通に出てきた。


「!?(浮いてる!?)」


 浮いてること以外にも、よく見ると真っ赤な赤い目とコウモリのような羽がついており、吸血鬼を思い出させる見た目をしていた。


「ミミィ!きたよ!」

「わあ〜青鬼くんだ〜☆いらっしゃ〜い☆そっちのお客さんははじめましてだね〜〜☆」

「…どうも」

「わあ〜〜〜君は不思議の国のアリスみたい〜じゃあアリスくんって呼ぶね〜〜☆」

「ア、アリスくん…?もしかして…俺のこと?」

「そうだよ〜〜不思議の国に迷い込んだアリスみたい顔してるから☆でもーここが不思議の国なら〜アリスはもっと楽しそうにしてるよね〜〜アリスくんはなんだかしょんぼりしてる〜大丈夫―?」


 夕立は、門番さんの意味ありげに話題を逸らされた件を思い出しながら「大丈夫じゃない…」っとボソッと力なく言い返す。


「そっか〜じゃあ私が大丈夫にしてあげるねーーー☆」

「いいえ、やっぱり大丈夫です」


 嫌な予感がして俺はキッパリと断りを入れた。

 しかし…


「大丈夫〜☆大丈夫にしてあげるからねえー☆」

「わあー!良かったね赤鬼くん!」


 ああ…この二人…

 人の話をまるで聞かない…


 ミミィさんはピンクのメモ帳を取り、空中で何かを描き始める。

 俺はミミィさんを止めることを諦め、質問をすることにした。


「具体的に今から俺に何しようとしてるんですか…?」


 しかしなぜか質問を質問で返される。


「私が何しようとしてるか分からないの〜?え〜〜〜どうしてなの〜?」

「分からないものは分からないので…教えて欲しい…です」

「君を元気にしてあげようとしているんだよ〜〜〜☆」

「あぁ…(答えになってない…)」


 死んだ目をしている俺とは対照的に、ミミさんは目を輝かせながらペンを走らせる。鼻歌まじりに歌を歌いながらペンを走らせる。




『キラキラ〜ピカピカ〜☆輝くものがいいよね〜輝くものが見たいなーーー☆』


『早く見たいなぁ〜輝くキラキラのピカピカ☆』


『だってだって、それはきっと、とっても幸せになれるもの〜☆』


『それはきっーと、素敵なものなんだ〜〜☆』




 ミミィさんの意味不明な歌を聴き、夕立はとても不安になる。

「…青鬼くん、俺はこの店から今すぐ出て行かなきゃいけない気がする。」

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ赤鬼くん、ミミィが凄い人だから!ただ今は、集中してて、周りが見えていないみたい」


 本当に大丈夫なんだろうか…

 いや、『キラキラ〜☆ピカピカ〜☆』と歌ってる人が大丈夫な人には見えない。


「できたーーーー☆アリスくんできたよ〜〜〜☆」


 その言った後にすぐ、ミミィは夕立にペンを向け、突然「ちちんぷいぷい〜〜☆」と唱えた。

 するとみるみる着ていた野球のユニフォームが変化し、夕立の服装が不思議の国のアリスっぽいオシャレな服装になる。


「!?」

「似合うよね〜〜☆君にはサスペンダーな服がお似合いなんだよね〜〜☆」

「ミミィはファッションデザイナーなんだ。洋服のデザインをしたり、その人に会うコーディネートをしたり、おしゃれのことならミミィが全部教えてくれるよ!凄いでしょ!」

「凄い…けど……(なんだか子供っぽい…)」


「あ〜キラキラ〜のピカピカ〜じゃないなーー!」


 夕立を見ながらミミィさんが不満げに言うと、またペン走らせ、歌い出す。




『キラキラ〜ピカピカ〜☆がいいんだ〜〜〜☆』


『それが一番大切だもの☆』


『君の輝くものが見たいんだ〜☆』




 楽しそうに歌を歌うミミィさんだったが、歌の途中で黙り込み、困り眉になりながら自分の手に持つメモ帳を見つめる。

 しばらくした後、ミミィさんが笑顔に戻り、服について話し始めた。


「う〜むむ。でもやっぱり〜君にはサスペンダーの服が一番お似合い☆だからアレンジしちゃお〜〜〜〜☆」



「服は青がアリスっぽい?でも君の瞳は少し赤色。だから赤色に寄せちゃおう☆」


「でも真っ赤っかは似合わないよね〜〜アクセント?ネクタイはリボンにしゃおう☆」


「でも君はかっこいいが似合ってる、全体はかっこよく、シックでスタイリッシュ☆」


「アリスくんはキラキラ〜のピカピカ〜が大好き☆私とおんなじだね〜〜〜☆キラキラ〜のピカピカ〜がみたいけど、でも今の気持ちは違うよね〜〜〜黒と白をまぜまぜ☆」


「隠した気持ちは手袋にしちゃおう☆まっくろー☆」



ミミィさんが次々の言葉を紡ぎ出しながらペンをくるくると回すと、夕立の着ている服のデザインが次から次へと変化する。


「す、凄い…」


先ほどより落ち着いた高級感のある、おしゃれな服のデザインになった。


「わーい☆できた〜〜〜〜〜☆」

「あ、ありがとう…ございます…。でも俺、お金持ってないですよ。あと、俺のユニフォームはどこへ…」

「お金はいらない〜それ魔法でできてるから時間が経てば元の服装に戻るよ〜〜〜シンデレラだね〜〜〜☆もしくはね〜君が人間さんの世界に戻ったら元に戻る〜〜☆」


(よ、よかった…)


 ユニフォームが無くなれば買い直すのにお金がかかる。おまけに、この服のまま家に帰ったらきっと『そんな高そうな服、誰に買ってもらったの…!??』という風に母さんがビックリしてしまうだろう。


 夕立がホッとするとミミィさんが話を続ける。


「洋服はね、君を輝かせてくれるものなんだよ〜〜〜☆そのために洋服は生まれてきてるんだもの〜〜最初に着てた君の洋服は似合わないよね〜〜〜洋服が可哀想なんだーー…ギクシャクまぜまぜ?あと君の中のキラキラピカピカ〜も似合うといいね☆」



「それはきっと素敵なものなんだ〜☆」



「???(何言ってるかさっぱり分からない)」

「あとね〜その服のまま、外に出て遊んできていいからね〜☆気に入ったら魔法じゃなくて本物を作ってあげるよ〜〜〜でも、そのときはお金払ってね〜〜〜それはお試し試着だよ〜〜☆」

「な、なるほど、便利…ですね」

「素敵な魔法でしょ〜☆他になんかリクエストある〜〜?」

「あ。じゃあ…帽子が欲しいです」

「帽子〜?」

「頭が隠れるやつ…このままだと人間に勘違いされるって門番さんが言ってたので…」

「いいよ〜〜あっ!君に似合う帽子がどこかにあった気がするーーーー☆」


「探してくるね〜☆」と言い残し、ミミィさんは奥の部屋へ行ってしまった。


青鬼くんと2人っきりになった店の中で、ミミィさんについて気になったことを夕立は聞く。


「ミミィさんって、普通に浮いてるし、コウモリみたいな羽が生えているけど…もしかして吸血鬼?」

「そうそう!当たり!」

「わー…。(吸血鬼が普通に存在する世界…うん、絶対これ、俺の夢だな)」


 一瞬正気に戻り、そんなことを考えた後、ミミィさんを待っている間にここがどういう店なのか青鬼くんが説明してくれた。


 ミミィさんが個人経営しているこのお店『ミミィのすとろべりー&とまとショップ』は、主に服やアクセサリーを取り扱っているらしい。

 それ以外にもおもちゃだったり、お菓子だったり、ミミィが好きなものや面白いと思ったものも取り扱ってたりするので、常連客の間では『何でも屋』なんて呼ばれ方もするらしい。


「それにしてもミミィ、戻ってくるのが少し遅いね。そうだ!ミミィを待ってる間に赤鬼くんに一つ問題を出すね!吸血鬼の好きなものはなーんだ」

「血」

「正解!!物知りだね赤鬼くん!」

「いや、問題が簡単過ぎるだけだと思うよ…」

「あははっ!じゃあ少し難しい問題。ミミィの1番苦手なものってなーんだ」

「初対面の人の苦手なものなんて、答えられるわけないだろ」

「勘でもいいから答えてみなって!」

「ええっ…そうだな…吸血鬼なんだし、十字架とか…太陽の光?」

「半分正解!どっちもミミィの苦手なものだね〜でも、一番苦手なものじゃないな」

「ニンニクとか?」

「それも半分正解」


(わ、分からん…他に吸血鬼が苦手なものなんてあったっけ…?)


 他に何も思い浮かばず、青鬼くんに白旗をあげる。


「降参…それでミミィの一番苦手なものはなんなんだ?」


「それはね〜…『血』だよ」


「は?ミミィさんって吸血鬼だろ…吸血鬼なのに血が苦手なのか??」

「フッフッフ、常識に囚われちゃだめだよ赤鬼くん」


にやにやとしながらそう言った後、少し真面目な顔で青鬼くんは話し始める。


「ミミィは血を見るだけでもダメで、血を見ると倒れちゃうから…ミミィの前ではなるべく血を見せないでね」

「そ、そんなにダメなのか!?」

「ちなみにミミィの好きなものはいちごとトマトだよ!」

「自分の好きなものをそのまま店の名前にしてる…!?」


 ミミィという吸血鬼は、どうやら自分の好きなものに貪欲で素直な吸血鬼らしい。


(ミミィさんは何言ってるか分からないし、何考えてるか分からないことが多いけど…何故だろう…優しい人な気がする。)


(そういえば暗闇の中で出会った門番さんも、最初は怖かったけどいい人そうだったよな。牢屋に入れられたその後のことについては教えてくれなかったけど…。)


(青鬼くんも、こうやって一緒に過ごしていると普通の友達と話してるみたいだ。)


「お待たせ〜あったよ〜〜〜はい、帽子☆」

「うわっ!?」


頭上から突然ミミィさんが現れ、俺の頭に帽子を被せる。


「似合ってる〜〜〜☆」


鏡を見ると黒い帽子に小さな赤いツノがちょこんと生えた帽子だった。


「それね〜人間さんの世界に遊びに行ったときにーーしぶや〜?てところで買ったの〜〜〜☆かわいいでしょ〜〜あげるね〜〜〜☆」

「あ、ありがとうございます。で、でも、遠慮します…。良ければ魔法でこれと似たような帽子を作ってくれませんか?」


俺はミミィさんの帽子を返す。

するとミミィさんが悲しそうな顔でこう言った。


「ええ〜〜〜?どうしてなの〜〜…?」

「思い出の帽子みたいだし…それに貰ってもすぐ使わなくなる気がするので…」

「そっかーー可愛いのに残念〜。じゃあ魔法で作ってあげるね〜〜〜☆」

「助かります…ありがとうございますミミィさん」

「いいよ〜〜〜☆あとね〜もっと楽に話してくれてもいいからね〜〜〜そっちの方が、もっと楽しくお話しできると思うんだ〜〜〜☆友達〜みたいな〜☆次からミミィって呼んでね〜☆」

「ミ、ミミィ…」

「わあーー嬉しいなあ〜〜〜☆」


(多分年上なんだろうけど、自分より下の子供と喋っているみたいで調子が狂うな…)


 夕立はミミィとの会話に少しもどかしくなる。


「よし!じゃあ服も帽子も仕立ててもらったみたいだし、次は夢夢屋に行こう赤鬼くん!」

「夢夢屋……」


(どこかでチラリと聞いた気がするけど、どこで聞いたんだっけ…)


 何か大事なことを忘れている気がする。

 しかし全く思い出せない。


「夢夢屋ってどんな場所なんだ?」

「えーとねバグくんっていう僕の友達がいるんだけど、その子のお家なんだよねー」

「へー」

「夢夢屋ならそこの鏡から直通だよ〜〜寄り道しないなら気軽に使ってね〜☆」


 ミミィは大きな姿見を指さして教えてくれた。


「ほんとー!ありがとうミミィ!それじゃあ行こう赤鬼くん!」

「あっ、少し待ってくれ青鬼くん」


 俺は青鬼くんを呼び止め、ぎこちなくミミィにお礼を言う。

「あの、この服、ありがとう。帽子も、ありがとう。」

「うん☆また遊びにきてね〜〜〜アリスくん☆」


 お礼を言い終え、赤鬼くんと鏡の中に入る。

 これまで全く笑っていなかった夕立だったが、去り際の一瞬、少し楽しそうな表情になっていた。


ミミィは去り際の夕立の表情に気づき、一人でぽつりとをこんな言葉を呟いた。




「あーキラりだ〜☆」




そして、去っていった二人の鏡をジッと見つめ、「えへへっ☆」とミミィはとても幸せそうに笑っていた。

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