4 君は誰?

「どわっ!」

「いたた…勢いよく飛び込んだから勢いよく出てきちゃったね…」

「うう…」


 夕立はクラクラしながら頭を抱える。


「わわっ!大丈夫!?」


(頭がぐるぐる回る…目がチカチカする…そしてどこか車酔いしているような気分だ…)


 ゆっくり目を開くと、心配そうにアワアワと慌てふためく青いツノの生えた少年がいた。

 そして視界が徐々に鮮明になっていく。


「————!?」


 夕立は少年の後ろに映る真っ暗な風景に驚く。

 さっきまで夕方だったのに真っ暗な夜になっていたからだ。

 上をみても星はなく、真っ暗闇の中、チカチカしている一本の街灯が俺たちを照らしていた。周りには小さなランプのようなものがあり、点々と小さな光を灯していたが、あまりにも暗過ぎて、周りに何があるかはよく分からない。


「なんだここ」


 ジィー…ジィー…。と機械の音がどこかで小さく鳴り響く。

 どこか薄気味悪い場所だ。

 見渡す限り周りに人はおらず、人のいない真夜中の空間にいるのは、俺と見知らぬ少年だけだった。


 ジィィィィーーーーーーーーー


 大きな機械の音が鳴り響く、すると上からピカリと薄暖かな光が照らされた。上を見ると先程までなかった……大きな…あまりにも大きすぎる満月が一つ現れた。頭上に落ちてきそうな程、大きな満月だ。

夕立は驚き、目を丸くする。


「今日はとびきり大きな満月だね〜!」


 夕立の横に座っている見知らぬ少年が呑気に話しかる。


「そうだ…そういえば!君は一体誰なんだよ!」

「だからさ『僕は青鬼だよ』って最初から言ってるじゃないか…」

「青鬼…?青鬼って………鬼って……こと?」

「そうだよ!赤鬼くんは、君は、忘れてるみたいだけど…」

「さっきから『赤鬼くん』って…何回も呼んでいた気がするんだけど、それって俺のこと言ってるのか…?」

「そうだよ…?もしかして自分の名前まで忘れちゃったの?」

「いや、俺の名前はゆう…」

 俺は自分名前を言いかける。

 しかし途中で太一の言葉を思い出した。




 草むらにツノの生えた化け物が現れる…だとか

 そいつに会うと食われて死んでしまうだとか

 地獄に連れいかれて二度と帰ってこれないだとか




 サー…と血の気が引く。


(もしかしたら俺は今、鬼のおばけに会ってしまったんじゃないか…?だとしたら…本当に、うわさの鬼は存在している…!?)


 イタズラにしてはあまりにも度が過ぎたイタズラだ。穴を掘って地下に街を作るなんて、そんな大がかりなイタズラがたった一人の少年に出来るとは思えない…。


(いやっでも、鬼なんか存在してる訳がないだろ!!)


「大丈夫赤鬼くん…?汗すごいよ…」

「……」


 俺は冷や汗をかきながら、混乱した頭の中で、少年の頭に生えているツノをガシッと握る。


「えっ…えっ…?」


 そして許可なく思いっきり———その角を引っこ抜こうとした。


「わっ…!?わあああああああああ!!?痛い痛い!!なにするんだよ!!!!」

「ぬ、抜けない…!?接着剤でも貼り付けている…?いや、本当に??本物のツノが生えてるのかっ…!??」

「何馬鹿なこと言ってるんだよ!!僕は鬼なんだから本物のツノが生えてるに決まってるじゃないか!!」


 俺は少年についてるツノを離し、絶望する。


「う、嘘だ…」

「いい加減信じてよっ!!!」

「!?」


 少年の言葉に、何故か針に胸が刺さったようなチクリとした痛みが走る。


「何言っても信じてくれないのは、凄く、悲しいよ…」

「ご、ごめん…」


 少年が悲しそうな顔をしている。夕立は、何故か自分がとても悪いことをしてしまったような気持ちになり、胸がズキズキと痛い。


 そして、胸の痛みによって夕立は少し正気に戻り、怯えながら話しかける。


「でも俺、突然、こんな場所に来て、何が何だか訳が分からなくて…、君のこと…青鬼くんのことだって全然知らなっ……お、覚えてないし…(コ、コワイし)」


 すると青鬼くんは、俺の言った言葉に『ハッ…!』とし謝ってきた。


「そう、そうだよね…!僕の方こそ突然連れてきてごめんね…!」

「うん…」


「……。」「……。」


 ズーンと2人で自分自身の行いに対し、反省し、落ち込む。

 数秒、妙な時間が流れた。


 妙な時間が流れた後、夕立は、『まずは情報をきちんと整理しないといけない』と思い、少年に誠意を持って話しかけることにした。


「あのさ、さっきとまた似たような質問を何回かしていいかな?…今度はさっきみたいにパニックになんてならないし、ちゃんと聞くし、信じるから。…こんがらがった頭の中を整理したいんだ。」


先程まで暗い表情で落ち込んでいた青鬼と名乗る少年の顔がパッと明るくなって、にこやかに返事を返してくれる。


「うん……!わかったよ…!」

「それじゃあ…まず…、君の名前は?」

「青鬼だよ!」


(『青鬼』って名前なのか…??他に名前はないんだろうか…)


 名前のことを掘り下げても、また頭がこんがらがるので、俺は深入れせずに受け止めることにした。


「えっと…じゃあ、今から君のことを『青鬼くん』って呼んでもいいかな?」

「……うんっ!!」

「……」


 青鬼くんは何故名前を呼ばれただけでめちゃくちゃ嬉しそうにした。(謎だ…。)


「えっと、青鬼くんは、『鬼』…なの…?」

「…?鬼だよ」

「…………主食は?」

「しゅ、主食??」

「…………人間、好き?」

「えっ?ええーと…、そこまで……いやっ!普通……!かな…?」


青鬼くんの発言に、夕立はびくりと肩が震える。


「…っ!!鬼ってやっぱり、にっ人間を食べるのか…!?」

「ええっ!?突然なに言い出すんだよ!人間なんて食べないよ!!質問が少しおかしいよっ!!」

「そ、そそ、そうだよな……」


 一瞬、恐ろしい想像をしてしまい、ガクガクと俺は震える。すると少し悲しそうな、呆れたような顔をしながら青鬼くんは言った。


「僕、なんで赤鬼くんがそんなに僕のことを怖がってるのか分かんないよ……」

「ははは…」


 夕立はどんよりした顔でこう思う。


(一応俺、君に無理やり知らない場所に連れてかれて、『拉致』されてるんだけどな…)


…それしても、どうして青鬼くんは俺のことを『赤鬼くん』と思っているんだろうか?

 俺には鬼の目印となるツノが生えていない、なのに青鬼くんは俺のことを人間と思わず、疑う目を持たず『赤鬼くん』と呼ぶ。


 疑問に思い、青鬼くんに聞いてみる。


「ツノがないのに、どうして俺を赤鬼だと思ったんだ?」

「ツノがなくても赤鬼くんは赤鬼くんだよ?あとは、血を感じたから」

「血…?」

「例え見た目が変わっていても同じ血を持つ同族だったら誰なのか雰囲気でわかるんだ〜今の赤鬼くんは鬼の血はだいぶ薄くなっていて居るみたいだけど————きっと、何百年も人間の暮らす世界にいたからだよね…鬼の血が薄くなっても不思議じゃない。」


 伏せ目がちに淡々と説明してくれた青鬼くんの話を聞き、夕立は幼い頃の過去の記憶が蘇る。



『ばあちゃんな、実はこの絵本に出てくる赤鬼くんの子孫なんだよ』

『ばあちゃんには鬼の血が少し流れているんだよ、だから夕立にも鬼の血が流れとる』



 幼い頃にばあちゃんがそんな話をしていた。

 ずっと、ばあちゃんの冗談だと思っていたけど、本当に赤鬼くんの血を引き継いでいるのか?仮にそうだとすると、もしかして——————


「赤鬼くんってさ、もしかして『泣いた赤鬼』っていう絵本に出てきたりする?」


「……!」


夕立の質問に、青鬼くんが一瞬気まずそうにする。


「あっ!う、うん…。そうだよ……!」

「ま、まじか…じゃあ青鬼くんは『泣いた赤鬼』にでてくる赤鬼の友達の…」


 俺が話していると、何故か話を遮るように、勢いよく青鬼くんが話しかけてきた。


「あ、ああー!!あの絵本、僕と赤鬼くんが出てるよねっ!!」


 話の途中に、急に話しかけられたせいで夕立は少し困惑する。


「えっ?あ、えっと…」


 しかし、そんな夕立に構うことなく青鬼くんは早口で次から次へと言葉を紡ぎ出す。


「まさか僕が絵本の登場人物になるなんて思っても見なかったよ〜いや〜びっくりだよね!!!あははっ!でも、昔話はちょっと恥ずかしいよねっ!!ちゃんと許可取ってからにしてほしい!はぁ…あんな悲しい話にするなら、僕と赤鬼くんの楽しいお話を絵本にしてほしかったな〜…あっ!『赤鬼くんと村の人間たちとのハートフルコメディ』とかもいいかもしれない!」


「お、おお〜…」


 突然のマシンガントークに夕立はまたしても少し困惑する。そして、青鬼くんが話に割り込んだせいで、夕立はなんの話をしようとしていたのか忘れてしまった。

 他に青鬼くんに何を聞こうか考えていると、青鬼くんから俺に話しかけてきた。



「————赤鬼くんは、あの絵本の出来事のことも、全部忘れているの…?」



 青鬼くんの唐突な質問に少しびっくりするが、平常心を保って夕立は応えた。


「ああ、本の内容はなんとなく覚えてるよ」


すると青鬼くんは首を振る。


「内容とかじゃなくてさ、僕が昔、置いていった置手紙を読んで……そう、君が泣いた日のこととだよ。その時の思ったこととか、感情とか、記憶にないの…?」


「あー……」


(俺はただの人間で赤鬼くんじゃないから、記憶とかそもそも存在しないんだよな…。困った…、どうしよう…。)


 青鬼くんは完全に俺の事を『赤鬼くん』だと勘違いしている。

 今からでも『もし鬼だとしても、赤鬼くんの血を受け継いだ普通の人間です人違いです』って事実をちゃんと青鬼くんに打ち明けたほうがいいのか?


 しかしまたもや、太一の言葉を思い出す。



 草むらにツノの生えた化け物が現れる…だとか

 そいつに会うと食われて死んでしまうだとか

 地獄に連れいかれて二度と帰ってこれないだとか



 正直、青鬼くんがそんな恐ろしい事をする鬼には———見えない。


 だけど、もし、もしもだ。もしも人を食う恐ろしい鬼だったら…。というか、そもそも俺は本当に『泣いた赤鬼』にでてくる赤鬼の子孫なのか…?


 そもそものここはどこなんだ…『おとぎの国』とかなんとか、言っていた気がするけど、おとぎっておとぎ話のことか…?ここは現実なのか??そもそもこれは全部俺の夢なんじゃないか…。


 俺は一体どうなってるんだ。


 現実離れした大きな月の下で俺は今、何をやってるんだ……幻覚が見えてるのか?頭がおかしくなったのか?


 頭を整理するはずがまた頭がこんがらがって訳がわからなくなった。


(ああ…これ以上考えるのをやめよう…)



 とりあえず、ここは俺の夢だ、夢の中だ。

 そして、夢の中の設定では



 俺は青鬼くんに『泣いた赤鬼』の『赤鬼くん』と勘違いされている。

 

 そして、仮にここがもし、俺の夢だとして、うわさが夢となっているとすれば、鬼に食われて死んでしまうかもしれないし、地獄に連れてかれるかもしれない。


(これが夢だとしてもそんな悲惨な目に遭うのはごめんだ………)


「赤鬼くん…?」

「あっ…ああごめん。ぼーとしてた。」



 とりあえずだ、とりあえず、話を合わせておこう…。



「さっきの話のことだけど…昔のことはよく覚えていないんだ。記憶喪失…てことになるのかな。だから自分が鬼って自覚もないし、青鬼くんのいう『赤鬼くん』って自覚もない。だからその時の感情も記憶にない…です…。」


 夕立がそう言うと、青鬼くんは少し残念そうに、少し安心した顔になった。


「そっか………でも、いつか思い出すよ!だからさ、赤鬼くん!」

「えっ…?」


 青鬼くんは急に俺の手を握り、急に走り出す。


「うわっ!!いきなり引っ張ってどこに行くんだよ!」

「素敵な場所へ行くんだよ!」

「ああ…(全然答えになっていない…)」


 とりあえず青鬼くんに大人しくついていこう。

 何時間か経てば、いつかこの悪い夢から覚めるだろう。


(これは…これは全部俺の悪い夢。)


 そう信じて前に進むのことにした。

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