3 青鬼くん

「………は?」


 今、俺の目の前には『青いツノの生えた鬼』…『青鬼』がいた。。


 青鬼はゆっくり…ゆっくり…俺のいる方へ近づいてくる 


「ハッ……!(は、ははは早く、早く、に、に、にに逃げないと…)」


 恐怖のあまり体が固まって、身動きが取れない。

 そんな俺に構わず青鬼は、どんどん、どんどん、近づいてくる。


(こ、殺される!!!!!!)


 青鬼は夕立の肩を「ガッ!」と強く掴んできた。

 俺はどうすることもできず目をギュッと瞑むりながらただただ叫んだ。


「う、うわああああああああああああ!?!!」


 さよなら、母さん。

 さよならばあちゃん。

 ミルクも…さよなら。

 もうニャーニャー鳴くお前にささみをあげてやれなくて、ごめんな。


 そうして、家族の走馬灯をみたあと、俺の視界は真っ暗になった。





———————————————————————


 真っ暗闇の中、何故か小さい頃ばあちゃんに読んでもらった「泣いた赤鬼」を思い出した。


『泣いた赤鬼』


 むかしむかし、あるところに青鬼と赤鬼が住んでいました。


 赤鬼は人間と仲良くなりたくて家の前に立て札をおき、人間を赤鬼の家に招待します。


「心のやさしい鬼のうちです。どなたでもおいでください。おいしいお菓子がございます。お茶も沸かしてございます」


 しかし人間たちは、鬼を怖い化け物と思い、誰一人、赤鬼の家に遊びに行きませんでした。


 赤鬼は、誰一人として赤鬼を信用してくれなかったに悔しがり、腹を立て、悲しみます。


 1人悲しみに暮れていた頃、友達の青鬼が赤鬼の元に訪れます。


 赤鬼の話を聞いた青鬼はこう言います。


「僕が人間の村へ出かけて大暴れをする。そこに赤鬼が出てきて僕をこらしめてくれれば…そうすれば人間たちは赤鬼くんが優しい鬼だとわかってくれるはずだよ」


 しかしこれでは友人に申し訳ないと思う赤鬼でしたが、青鬼は強引に赤鬼を連れ、人間たちの住む村へと向かいました。


 そして青鬼の作戦は実行され、青鬼が村の人を襲い、赤鬼は懸命に人間達を助けます。


 作戦は成功し、青鬼のおかげで赤鬼は人間達と仲良くなり、村人達は赤鬼の家に遊びに来るようになりました。


 人間の友達ができた赤鬼は、毎日毎日遊び続け、充実した毎日を送ります—————。




「ばあちゃんな、実はこの絵本に出てくる赤鬼くんの子孫なんだよ」

「子孫?」

「ばあちゃんには鬼の血が少し流れているから、だから夕立にも鬼の血が流れとる」

「ええーーー!!す、すごいっ!!じゃあ赤鬼くんって本当に存在したんだ!」


(赤鬼くんと青鬼くんが存在していたならこの後2人はどうなったんだろう…)


幼い夕立は泣いた赤鬼の続きを考えた。


「……。」




しかし幼い夕立はすぐに考えるのをやめた。



『どうして昔の俺は泣いた赤鬼の続きを考えるのをやめたんだっけ…?』



「………」


「赤鬼くん!」


 どこからか誰かの声がする。


「赤鬼くん!!」


 うう…


「赤鬼くん!起きて!赤鬼くん!!!」


 あまりにも大きな声に夕立は目を覚ます。

 目の前にはジャケットを着ている、明るい髪の色をした青い瞳の少年がいた。


「……だ、誰…。」

「えっ!忘れちゃったの!?僕だよ!君の友達の『青鬼』だよ!」

「何言ってるんだこいつ…」


 つい本音が声に出てしまった。

 だって自分のことを鬼だなんて馬鹿なことを言う奴は、せいぜい俺は1人しか知らない…。


「寝ぼけてないでちゃんと起きてよ赤鬼くん!」


 よく状況が飲み込めないが、野球終わりのへとへとの体のせいで、いくらでも眠れる気がする

 なので俺は寝返りをうって再び眠ることにした。


 そよ風が気持ちいい…。


「えっ!もしかしてまた寝ようとしてる…?この状況で…!?」

「…zzz」

「もー!起きてよ!それにここじゃ風邪引いちゃうよ…!夜も近いし!」


 ゆさゆさと夕立の体が揺れ「赤鬼くん!赤鬼くんー!」と声がする。これほど声をかけられては眠れるものも眠れず、ムクリと俺は起き上がる。


「起きた!おはよう赤鬼くん!」

「…おはよう」


 それにしても一体この男は誰なんだ、見た感じ同い年ぐらいだけど…それに………それにしても眠い…。まだ、寝ぼけてるせいで視界がぼやけて…見知らぬ少年の頭に青い角が生えてるように見える…。


「じゃあ帰る…」

「うん!バイバイ…って、ええ!!まって!帰っちゃダメ!!」

「眠たいよ俺…」

「そ、そうだね…そうかもしれないけど…!せっかくの感動の再会なのに、こんなに早く離れ離れになるなんて僕は嫌だよ!!」

「…?君とは初対面だと思うけど…」

「それは赤鬼くんが寝ぼけてるからだよ!早く目を覚まして、僕のことを思い出して!」

「ていうか、なんでこんなところで俺…寝てたんだっけ…」

「僕を見た瞬間、倒れて寝ちゃったんだよ?」

「倒れて、寝た…?」


 何か忘れている気がする。


 なんで、どうして倒れて寝てしまったんだ俺は…

 太一と途中まで一緒に帰って…

 その後、家の近くの庭に…


 青い、角の生えた、おばけが…



 背筋がゾッとする。



(…いや、まて?)


 冷静になって目の前にいる少年をみる。

 確かに少年の頭の上には角があるが、それ以外は至って普通の人間だった。


「はぁ…」

 

 夕立は状況を察しため息をつく。


「イタズラか、ごっこ遊びがしたいなら、次からよそでやってくれよ」

「えっ…」

「じゃあな」


 夕立は今度こそ家に帰ろうとすると、少年にギュッと手を掴まれる。

 その少年は俯き、悲しそうな声を出しながらボソボソと小さく呟いた。


「そう、だよね。もう何百年も経ってるもん、もう僕のことなんか忘れてるよね」


 先程の明るい表情とは打って変わった顔を見て、俺は少し怖くなる。

 早くこの奇妙な少年から離れたくって「あの…手を離してください…」と丁寧にお願いをした。


————しかしこの少年、全く聞く耳を持たないのだった。


 次の瞬間ぐいっと手を引っ張られる。


「うわぁっ!?」


 そして森の中へ、獣道を駆け抜ける


(森の中に入るのは流石に危ないだろ…!)


 夕立は少年の手を振り解こうとする。

 人一倍力が強い自覚があったので、振り解くのも簡単だと思った。しかし、振り解こうにも相手の方が力が強く、さっぱり振り解けない。


(こいつ、俺より力が強い…!)


 仕方なく俺は少年に呼びかける。


「おいどこ行くんだよ!」

「おとぎの国だよ…!」


 ダメだこいつ。


 完全に夢の中の住人だ…。


「おとぎ話は存在する、本当にある!」なんて思ってる————昔の俺と一緒だ…。


 俺がまだ小学2年生の頃、ばあちゃんに「泣いた赤鬼」に出てくる赤鬼の血が、俺にも少し流れてることを教えられ、ばあちゃんの冗談を素直に信じてしまった幼き頃の夕立くんは、大々的にクラスの前で口を滑らせ、クラスのみんなに馬鹿にされ、笑い者になった。

 今となっては痛々しい黒歴史である。


 夕立は少年に呆れ果て、どこにいくかも分からず少年に着いていく。すると大きな木がある場所に辿り着き、木の根元には真っ黒な穴があった。『うさぎの穴か?』と思って見ていると、少年は首にかけてた時計を持ちながら夕立に声をかける。


「あの穴に飛び込むよ!」

「えっ……?」


 青鬼くんの掛け声と共に小さな穴が、少年2人分入れるくらい大きくなり…


 俺たちはそのまま、うさぎの穴に落っこちた。


「うわあああああああああ!???」











「………」


 夕立の叫び声が消え、その場にはくしゃくしゃの白い紙がぽつんと残った。


 どうやら飛び込んだ衝動で、青鬼くんは自分のポケットからくしゃくしゃの白い紙を落としてしまったようだ。


そして誰にも気付かれることなく、落としていった白い紙を、一匹の黒いうさぎが草陰からジッと見つめていたのだった—————。







 これはとある昔話


 不思議の国のアリス如く落っこちる


 ひゅーんと下へ 

 まっくらやみの穴の中へ


 どこまで続くのかも分からない


 どこに向かうのかも分からない


 訳もわからず

 知るよしもなく





『これは摩訶不思議なおとぎの国に招かれた、夢見ぬ少年と夢見る青鬼の夢物語。』

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