1 野球少年夕立くん
『昔、あるところに夕立くんというまだ小学生の少年がいました』
休日の土曜日、俺は太陽の照らす熱い日差しの中、朝8時からというイカれた時間から、グラウンドで野球クラブのみんなと練習をしていた。
そして、午後5時になるころには太陽の光も弱まり涼しくなる頃。
やっと練習が終わる。
「「「ありがとうございました!!!!」」」とチーム全員で帽子を脱ぎ、大きな声で監督とコーチに礼をした後、俺は『さっさと帰ろう』とグローブやタオルに日焼け止め、空っぽになったバカデカい水筒などをバックの中に詰め込む。
最後に自前のバットを専用のケースに入れ、肩にかける。
するとタイミング良く見慣れた奴が俺に声をかけてきた。
「夕立!一緒に帰るぞ!」
「おー」
声をかけてきたのは太一。
俺を野球クラブに誘ったやつで小3の頃からの友達だ。練習を終えて帰るときはいつも途中まで一緒に帰る。
帰り道、太一といつも通り一緒に帰っていると、太一が今日何度目かの小言を言う。
「全国大会、ベンチ入りしたいなー」
(*ベンチ…控え選手のこと)
「はいはい」と俺は太一の言葉を受け流す。
「いいよな夕立は、去年レギュラー入りしてて、しかも豪速球ピッチャーでホームランも撃ちまくってたから、絶対今年もレギュラー確定じゃん!」
「今日で3回はその言葉聞いた。いい加減にしてくれ…」
「だっ、だってよ〜!!」
「四年生で1人だけレギュラー入りしたせいでプレッシャーのあまり吐きそうになってた俺の気持ちも考えろよ太一」
「まあ、それもそうだけどさ…」
「やっぱり羨ましい…」と太一が小声で言いながら大きなため息を吐いていた。
(太一は野球が大好きだから人一倍ベンチ入りしたい気持ちが強いんだろう…いや、野球クラブに入ってる『俺以外』全員そうか…)
夕立がそんなことを思っていると、キャプテンが背後に現れ話しかけてきた。
「夕立の怪力と野球センスはプロ並みだからあんま落ち込むなよ頑張れ太一!」
「はーい…」
「キャプテンも太一みたいなこと言わないでくださいよ…!」
「謙遜するなよ、お前なら将来絶対プロになれるぐらい野球上手いんだから。ったく、クールぶりやがって〜こいつ〜!」
「うわっ!!…キャプテン!俺の頭をぐちゃぐちゃにしないでくださいっ!」
「あははっ!」
楽しい空気の中、心の中で夕立は小さな黒い感情をいだいた。
(別に俺、プロ野球選手になりたくないんだけどな…)
小学3年生の頃、太一とノリで野球クラブに入ったときは勝ち負け関係なくみんなで野球をして、最後にみんなで「楽しかった!」と笑い合ってた。
俺はそんな野球が好きだった。
けれど…小学四年生から地獄の練習や公式試合が入ってから、野球クラブの空気が変わた。
たった一点で勝ち負けが決まる本気の野球。勝ったら喜んで、負けたら盛大に落ち込んで反省会。時には泣く奴だっている。
(なんか嫌だな)
こんな気持ちになるってことは、多分、俺は野球自体を…みんなみたいに特別好きなわけじゃないんだと……思う。
だから「プロ野球選手になりたい!」なんて思わなかったし…誰にも、一度も、言ったがなかった。
なのに先輩も太一もみんな「お前ならプロ野球選手になれる!」と期待の言葉をかけてくる。
「俺はプロ野球選手になる気はない!」と否定すると「クールぶんなよ夕立!」と…何故か嘘だと思われて、誰も話を聞いてくれない…。
嘘だと思われる理由は、多分…野球クラブに入っているみんなが「プロ野球選手になる」という同じ夢を掲げているからだろう…。
だからプロ野球選手になることが夢じゃない俺を、誰も信じないんだろう。
(まあ…いいけど…。俺、夢とかないし)
(……………)
—————そもそも…俺が、おかしいんだ。
みんなと同じように本気で野球を好きじゃない俺が異常なんだ。
だから、野球を好きじゃない俺が悪い。
みんな俺に嫌がらせしようとして期待の言葉をかけてるんじゃない。
純粋に俺を褒めてくれてるだけだ。
(………………)
———————でも、やっぱり…誰も、信じてくれないのは
すごく、苦しいかった。
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