第15話 魔王様と王位争奪編

去年は戦争もあって開催されていなかった王位争奪戦。


今年も結界や許可印などを魔国にも導入する為に中止する予定ではあったが、ほぼ毎年参加している上位者達からせっつかれ、王位の交代はできないものの、開催だけしよう、とルクセル現魔王の一言で開催されることになった。


ルクセルは魔王なので最後の登場となり、他の参加者は順次対戦表に組み込まれて対決を開始している。


魔国の城下町にある大きなコロシアムで開かれているのから、城下町が普段以上に賑やかとなる。

特に毎大会上位となる者達は一族を引き連れて来るので、大会中はどこの宿屋も大繁盛となって悲鳴を上げる。

もめ事も多く出そうだが、そこはルール上戦うのはコロシアムの中だけという事なので、参加資格を失わないためにも実際の参加者は城下に出ない。


人が多く集まるからこそ、まだ許可印を貰っていない者に順次与える為、ルクセルも違った意味で多忙になる。


「それに何か魔法や毒とか入ってるんじゃないのか?」

上位ともなると、些細な事にも神経を使う。

「心配なら大会敗退後に押しても良いぞ。ただし、大会中結界が張れないからジグロードの魔族に乗っ取られても自己責任となるがの」


結局、一部の出場者は敗退後でないと押さない事になった。一族が反対しすぎて押せないと言った方が良いかもしれない。



城下に集まった、許可印を持たない者に一通り押し終わったのは、大会も半分を過ぎた頃だった。


押しながら印を持たない者を探索サーチし、を繰り返している為、流石に疲れて城に休みに戻った。


最近は人間の国の方でも結界や許可印作業を繰り返していたので、大会終了前に回復しておかねばならない。

幹部たちは分かっているので、普段の魔王の仕事を代行して処理している。


今の所ルクセルより強い魔物や魔者は見当たらないのが救いではあるが、ルクセルが魔王になってからほぼ瞬殺で終わってしまう為、何か娯楽的な、観客が楽しむ事はないか考えられていた。




「……それで私なんですか?」

「エキシビション・マッチで魔王様と戦う王配殿下。披露宴に参列しなかった魔物達も今回来ておりますし、あらた様なら魔王様とある程度戦えるかと思います。魔王様も瞬殺にはできませんので、アトラクションのおつもりで参加して頂けたら助かるんです!」

「嫌ですよ」

「お互い本気を出す事はないので、観客を喜ばせつつ、あらた様のお力を披露できる機会と思って頂きたいんです!」

「ルクセルが泣く未来しか見えません」

「いやいや、魔王様は戦闘になるとタガを外して瞬殺できますが、相手が旦那様なら理性を保って戦えると思うんです!」

「ルクセルが泣いたらどう責任とるおつもりで?」

「………泣かれるんですか?」

「ええ、泣きますね。ルクセルなら」

「………わかりました。では最終日の観戦のみお願い致します」

幹部の一人は残念そうに連絡用水晶を終了させた。

あらたはデンエン王国の執務室で、中断していた昼食を食べだす。

(魔国ではまだルクセルの性格について把握しきれていないのか…結婚してからの変化であるなら、仕方がないでしょうが…)




最終日。


体調も整え、今日の準優勝者と戦う準備ばっちりなルクセルは、先日アスタロト公爵が作成した新しい戦闘服を着ている。


黒狼族の上位常連者、対ギガントオーク族の上位常連者。


す速さと力強さの黒狼族対、巨人族でありながらその動きはよほど強い者達しか見えない腕を動かす速さで、黒狼族の蹴り、殴り、を片手で全て受け止めるギガントオーク。



ギガントオークはルクセル就任後、ほぼ毎回最後の決戦に敗退している。


ルクセルの竜族としての強さが勝っている証拠であった。



今回も同じように、ギガントオークに捕らえられて黒狼族の負けになるかと思われたが、黒狼族の青年はその速さを加速させ、捕まえるには困難となっていた。


試合結果が変わる!?


観客が期待しかけた頃、ギガントオークは空に指で模様を描き、同時に四方に拳をふるう。


コロシアムの闘技場全体に、ギガントオークの放った拳が現れる。


「魔法!?」


黒狼族の青年が、その拳に殴られ、一発KOで試合は終了した。





「………ふむ」

「どうかしたんですか?」

「あのギガントオーク、マキアというんだが、あ奴が魔法を使ったのは初めて見たのだ。今まで何度も戦ってきたが、拳と拳で殴り合うのがいつもの戦いだったのに、魔法を使ってきた。今回は油断できん」

「…あの黒狼族の方とは準々決勝でよく当たる方でしたよね?」

「黒狼族のハインツは時々マキアを倒せる実力者だ。ただ今回速さを上げてきたが、マキアが魔法を使って戦うような状況には見えなかった。私の時にどんな魔法を使ってくるかわからんという事だ」


だが、ルクセルは不安そうでも、楽しそうでもない様子だった。




「行ってくる」


休憩時間が終わり、ついに決勝戦である。

国民達はさっき見たばかりのマキアの魔法に、ついに魔王が負けるのか、と不安になりつつも、ルクセルの応援をしている者が多い。


「試合開始!!」

コロシアムに響く音声で、戦いの火蓋が切られた。


ルクセルは飛ぶと、マキアと目線を合わせ、不愉快そうな顔をした。

そして瞬間移動でマキアの全面から強力な蹴りを繰り出す。

マキアはそれを一つ残らず拳や足の裏で相殺する。


速さは黒狼よりも早い。


すぅ


ルクセルは息を吸い込むと、今度はマキアの顔をめがけて拳を突き出す。

それもまた、マキアの手によって遮られた。

と、思ったら、マキアの手を弾き飛ばして顔面を叩きつけた。


勢いで倒れるかと思ったが、マキアは踏ん張り、体勢を立て直そうとするが、ルクセルはひたすら顔面へのパンチを止めない。


ついに闘技場に倒れこみ、さらに続くパンチでめり込んでいく。


会場がシン…と静寂する。



頭部が大分埋まった頃、ルクセルは離れた位置に移動した。


じっとマキアを見つめる。


客席の主催席にいる審判が、他の四方にいる審判達とKO宣言を出すか相談し始めた時、マキアが一気に起き上がってルクセルを片手でつかみ、もう片方の手で殴り続けた。


巨人族の巨大な手で、さっきのお返しとでも言わんばかりに顔面と言うより上半身を狙って殴る。



客席から悲鳴があがる。

あらたも思わず乗り込もうとして、他の幹部に止められた。


「客席の安全の為結界が張ってあります。王配殿下でも入る事は不可能です」

「落ち着いて見て下さい。あれはサキュバスの幻影を使っています」


あらたから見えない位置だったが、ルクセルは幻影で作った自分を握らせ、本人はマキアの手を陰に移動し、背後に回っている。


まだ気づかず幻影を殴り続けているマキアの影に、ストレージから取り出した剣を突き付けた。


「!!」

マキアが無言でそのまま倒れると同時に、影の中から剣に刺されたまま持ち上げられた魔族が出てきた。


そのまま魔族を突き刺したまま、会場にいる国民に向かって叫ぶ。


「ゴルデン魔国民達よ!!ギガントオーク族のマキアは、このジグロードの魔族に殺された!!マキアとは何度も戦ったが、常に拳で戦うオスであり、ギガントオーク族の誇りを持って、魔王たる私と同等の強さで殴り合える数少ない強者だった!!だが陰湿なる術や策を多用するジグロードの魔族に殺されたのだ!!この誇り高き強者を亡き者にしたジグロードを許さん!!すべての民に今日の事を伝えよ!!!」


魔物達魔族達の雄叫びが、コロシアム全体を震わす。



先代魔王が言いつけた、手出し禁止を破る事になるが、今回ばかりは見過ごせない事だった。


何より観客達がマキアほどの強者を殺したジグロードの魔族に怯えるより、戦う方へ意欲を向けた方が民の安全にもつながる。


この後まだ許可印を貰っていない魔物、魔族が押し寄せてくるだろう。

結界を張り、国内の安全を確保したら、戦争についての会議を始める事になった。

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