第16話 旦那様と結婚の回想
魔王と結婚が決まった時点から結婚式まで、まったく時間がない状態だった。
総攻撃を受けようとしていた城下から、恐る恐る民達が自分の領地へ戻る為に移動を始めたのもその日だった。
移動の整列、護衛を兵士達が一気に請け負い、王都全体が混乱しつつも誘導に従って動いている。
そんな騒動の中、魔王は終結宣言と平和条約の為、単身で城に来た。
各書面のサインが終わり、魔王は部下にデンエン王国から拉致した人間を元の土地へ帰すよう指示する。
戦争に関する作業を一通り終わらせたのを確認し、
事情を聞いていた宝石商が、魔王を見ても驚くことなく対応した。
「婚約指輪をご注文頂きありがとうございます。サイズの確認とデザインについてご希望を伺いたいのですがよろしいでしょうか?」
「婚約指輪?」
「魔国には婚約指輪の文化はありませんか?こちらでは結婚の前に婚約指輪を女性に贈る文化があります」
「ほぉ~」
「この中からお好みのデザインを選んで頂き、指のサイズに合わせて調節します」
宝石商がいくつもの指輪を広げる。
「婚約指輪は普段つけない物ですので、どれでも好みの物を選んで頂けるよう種類を多くお持ちしました」
魔王は迷いつつ、1つを選んだ。
「次は結婚指輪ですが、こちらはペアになっている物の中から選んで頂きます。宝石の付いている方が女性用です」
「うむ…高橋と一緒に選ぶのか?」
「私はどのデザインでも気にならないので、魔王様が好きな物を選んで頂く事になります。それと、高橋は苗字に当たるので、魔王様も今後高橋となります。私の事は
「そうか、では私はルクセルと呼べ。それと、結婚指輪はこれが良い」
宝石商はルクセルが選んだ指輪とセットになった物、それと選んだ婚約指輪の入ったトレーに入れてルクセルと
「それでは少々お時間を頂きます。出来上がり次第お届けします」
「出来上がるまでの間、次は結婚式用のドレスを選んで頂きます。それが終わったら休憩できますが、家を今手配しておりますのでそちらの連絡があれば移動する事があります」
「わかった」
家以外の準備ができたので、デンエン国王夫妻を立ち合い人にして婚約式をした。
指輪を渡し、婚約の誓約書を署名して、婚約式は終了する。
結婚式は1日空けて終戦の翌々日に予定された。
それまでに1度魔国に帰宅するルクセルを見送り、執務室に戻ろうとしたところで声をかけて来た女性がいた。
「あの…」
「はい?」
「…魔王と結婚すると伺いました」
「はい。そうですが」
「戦争を止めるためにご自分を犠牲になさるなんて…悲しいです」
「はい?」
今度のはい?のトーンは語尾があがっている。
「あの、どちらの方ですか?」
「スヴェルト家のパステルと申します。あの戦争の中、魔王が単身戦う宰相様に結婚しろと命じて…宰相様は戦争を終わらせれるなら、と苦渋の決断をしたと伺っております。魔王と結婚だなんて…宰相様がお可哀そうで……」
「実際に見ていない情報をうのみにしてはいけませんよ。確かに命じられたというか、申し付けられた感じですが、私は別に構わないと判断したのでお受けしただけです」
「でも!…戦争を止める為ですよね?」
「それもありますが、あの魔王様を妻にするのもありかと思ったので。そもそも既に婚約式を終えています」
「!!……そんな……」
「忙しいので失礼しますね」
ショックを受けている様だが、納得していない様子を見ると何かやらかしそうな予感がする。
国王は現在、戦争が終了し、支援してくれた国家にそれぞれお礼の連絡をしている。それと同時に自国の宰相が魔王と結婚する事も報告している。
「デンエンはもう大丈夫です。残りの国家を助けるため、こちらも準備が整い次第支援にまわります」
デンエン国王は、いつも笑顔でいると思われるほど、民や他国との交流時は笑顔で接していた。
作り笑いではない笑顔は、人の心に安心をもたらす。
戦争中、その笑顔は封印されていたが、この連絡の際に再び笑顔を見せた事で、支援国家にも安堵の笑みが浮かんだ。
「高橋君、準備はどうだい?」
「各国との連絡が終わったんですね。こちらは家以外順調です。明日1日ありますので、なんとかその日に見つけたいと思うのですが…急ですし、最悪近隣の領主の家を買い取らせて貰うしかなさそうです」
「そうかぁ。王都はどこも家や店で一杯だからねぇ。そういえば、戦争中に魔王様のマヒの目を喰らったじゃん?あれ治ったら五十肩が治ってたんだよ!不思議だよねぇ」
「そういえば、肩があがらないと長い事言ってらっしゃいましたね。今度効能を聞いておきます」
「う~ん、五十肩とかって結構多いからそんな効果があるのなら助かるけど、魔王様に治療して頂くわけにもいかないでしょ?」
「では試しに魔法でマヒをかけて効果が出るか、魔塔に連絡しておきます」
「まずはそっちからだね」
国王の案内で、
「夕食まだでしょ?」
「ご相伴にあずからせて頂きます」
デンエン現国王は気さくな人物だった。
普段から仕事の時は毅然とした態度で挑むが、仕事が終われば砕けた物言いをするので家臣達はほっとする。
元々笑顔も多く見せるので、無駄に気を張って失敗をする者はいない。
それゆえ忠義心高い者が育ち、城に使える者は自然と国の為、国王の為にと務めるようになる。
間違いはすぐ謝罪し、相手の間違いは気を遣わせないように注意するのも得意とする。
権力を振りかざしがちな貴族より偉い国王がそんな感じなので、あまり偉そうにしている貴族に対し、国王を見習えと小言を言う者すらいる。
そんなデンエン国王が食事をしながら
「最初は戦争を止めるために結婚する事になっちゃって、僕の力不足に申し訳ない気持ちだったけど、君、絶対楽しみにしているよね?」
「…流石国王陛下。ご理解頂けると思っていました」
王国の宰相という立場を持つと、無駄にお見合いの数が増える。
忙しくてなかなか時間は取れないので、正式なお見合いではなく、ほんの数分程度の会話をする事で相手の意図や性格を見抜くことができるようになっていた。
当然魔王ルクセルの大体の性格や今回の申し付けの意味も理解しているつもりだ。
もっとも、相手が魔族なので誤算はあるかもしれない。
第一印象は少々残念な思考回路を持つ女性。
打算や何か深い意図があって
本人は本当に角を斬られた事で夫にしようと考えているらしい。
それと、自分と同じように結婚に関して多分辟易している感じがした。
わかった、と返事をした時、一瞬だけ見せた満足そうな笑顔。
それを見た時、こちらは受けた側なのでどうしてくれようか、という計算をやめた。
できる限り普通に。
でも後悔のないように。
婚約や結婚を済ませ、一緒に暮らす。
その家がまだ見つかっていない…。
結局、結婚式の後そのまま魔国で披露宴をし、新婚旅行を魔国で過ごす為、休暇中の分も仕事をしておく必要があり、家の方も都合の良い物件が見つからず、国王が休暇中に王都近隣の領主に屋敷を手放せないか打診してもらう事になった。
そして結婚式当日。
早朝に魔王ルクセルが正装で現れ、城内の一室で着替えや化粧などの準備をする。
一部旅行中に持って行けるものは箱に入れ、式後に載せる荷物と一緒に準備してもらった。
そろそろ時間も近くなり、仕事を切り上げてルクセルの元へ行く。
結婚式も国王夫妻が立会人になるので、ホールで行われる予定になっている。
ルクセルがいる部屋に行くと、扉の前に衛兵が立っている。
すっと一礼され、扉が開かれた。
部屋の奥、鏡の前でルクセルが化粧をされているらしい。
メイク担当とわきあいあいとしゃべっている様だ。
どうやら初めて着るウェディングドレスにご機嫌なのが分かった。
そんなルクセルの様子に満足しつつ、やはり悪くないと思っている。
そこへ、侍女がブーケを持ってきた。
すっと部屋に入って行こうとした時、ブーケを見て
侍女はうつむいたまま、ブーケが見えていないのか、と言うように前に出す。
「…衛兵、この者を拘束して下さい」
小声で衛兵に指示を出す。
ブーケは凍結魔法がかかっていた。
一見普通に見える豪華なブーケ。
侍女にも余計な騒ぎを起こさないよう、魔法で動きを封じてある。
室外に出て扉を閉めてから、小声のまま確認を取った。
「あなたはこの前お会いしたスヴェルト家のパステル嬢ですね。花嫁がもつブーケに爆破物が見えました」
ブーケをもう一人の衛兵に渡すと、二人はうなづいてパステル嬢と共に去って行った。
すぐに別の衛兵が扉の前に立って護衛を続ける。
「あら、宰相様。花嫁を見なくてよろしいのですか?」
見知った高齢の侍女長が、先ほどより立派に飾られたブーケを持ってきた。
「そろそろ準備ができた頃だと思いますが…」
再び開かれた扉から、メイクもアクセサリーも付け終わったルクセルが出てきた。
「この度は、ご結婚、誠におめでとうございます」
侍女長がルクセルにお辞儀をしつつ、ブーケを渡す。
「左手で受け取って下さい」
そう言って、ルクセルの右手を取り、自分の左手に組ませる。
そして、ゆっくりと結婚式会場のホールへと向かった。
結婚式が終わり、魔国が用意した馬車で城下を少し周遊する。
馬車を引くのはペガサス達だ。
周遊するので羽は閉じたままだが、神々しい白馬が引く馬車は、国民が家の窓から、路上から、お祝いの花びらを投げられ舞う道を悠々と走る。
一周し終わって城に戻ると、もう1台の馬車の前に止まった。
今度は荷台に仕事道具や旅行道具を載せ、城にいる人々が見守る中、2台の馬車は空を飛び魔国を目指した。
もう1台の馬車に乗るのはデンエン国王となる。
これから魔国で開かれる披露宴に参列する為に乗っている。
披露宴が終わり、デンエン国王が帰るために馬車に向かう道中を
魔王城の玄関周辺には、披露宴に駆け付けた魔族や魔者達が所狭しと酒盛りをしている。
「デンエン国王もう帰るのか?」
これ、お前も食べれると言って角ウサギを渡そうとしてきたのを、護衛でついて来た魔族が止めていた。
「いやぁ~魔国の人達?も楽しい人が多くて良かったねぇ」
「ええ、今回の件を好意的に見て貰えているようで安心しました」
「そういえば、家の件は解決しそうだよ」
「本当ですか!?」
「うん、今日の結婚式で過激な事をしようとしたスヴェルト家の娘さんね、当然だけど重罪だし、親には城下の家から出て行ってもらう事になったんだよ。結構昔から続く家だから、広くて良い感じだと思うんだよね」
国王はそう言って、
「確かに、良いですね…」
「国民にも明日スヴェルト家の事を説明するから、問題はないと思うよ?」
「ありがとうございます。ただ、家は買取と言う形で交渉させて下さい」
「誰も買いたがらない物件だよ?」
「ええ、ですが今後の為にもトラブル回避の為に払っておきたいんです」
「わかったよ。相手には後日交渉するけど、家は空けさせるから。休暇中に家で雇う子達に指示をしておけば良いようにしとくよ」
「はい」
「それじゃ、新婚旅行楽しんでおいで」
そう言って、国王は馬車に乗って国に帰って行った。
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