第12話 魔王様と高橋家

あらたが仕事で家に帰れなくなっていたころ、実は招かれざる客が屋敷に来ていた。

名乗りを聞いた執事が、確認を取ってからではないと…とやんわり追い返そうとしたが、罵声を浴びせられ、周囲の注目を引いてしまって屋敷の主に迷惑をかけてはいけないとやむ得ず客間に通した。


この屋敷の主の1人、宰相は今多忙を極め、日々の帰宅も困難になるほどと聞いている。

もう1人の主を呼ぶしかないが、夫人を相手させて良い物か判断に迷い、主、魔王ルクセルに連絡と相談をした。

ほどなくルクセルは帰宅し、しかし仕事の服のまま客間に向かった。

あらたの兄とほざく人間とは貴様の事か」

「……なんと無礼な」

「前触れもなくいきなり現れたとて、この国の宰相であるあらたとこんな昼間に会えるわけがなかろうに。そんな事もわからんのか」

「宰相!?あらたは王宮の事務員ではなかったのか?」

「お前が家督を継いだ頃には事務官で、今は宰相じゃ」

「私が家督を継いだ頃を何故知っている?調べさせたのか」

あらたが事務官になる前に帰省したら新しい執事が自分を知らず、母親はとっくに亡くなったと聞いて声をかけずに王宮に戻ったと聞いている。ああ、その後お前から婚約の解消の連絡を貰って、仕事に励んだ結果宰相になったそうだ。お前に感謝する事があるなら、その婚約解消ぐらいだろう」

「聞いていないぞ、そんな話し」

「執事の教育が足りていないだけじゃ。家を間違えたと言って帰る場所を失ったと悟ったあらたに何一つ罪はない」

「………」

「それで、何用であらたを訪ねに来た」

「……手紙を送っても全然返事がなく、領地を少し空けても大丈夫になったので様子を見に来た。母が死んでいるなんて事実ではない。婚約破棄の手紙も私は送った覚えはない」

「ん?死んでいないのか?ではお主の家の執事はあらたに偽りを教えたという事になるが」

「…確か、私が父の跡を継いでしばらくの間雇っていた執事が使えずクビにした事はある。もしかしてその者がまたやらかしたのかもしれん。全てはあらたに聞いてみない事には判断はつかんが」

「む~~~確かに、これはあらた本人に確認してみんとわからんが、今あらたは本当に忙しくて家に帰ってこれない程なのだ。帰ってきても疲労してるから寝込むだろうし、妻として今の状態で義兄に会わすわけにはいかん。帰宅ができるようになった時、私から話してそっちに行くというのはいかんのか?一度行った場所のはずだから空間移動で行けるし」

「……わかった。今回はこのまま引き上げる。あらたに伝えてくれ」

「うむ。……ところで、お主私が魔国2つを治める魔王というのはわかっておるのか?これが城内での対面だったら既に牢屋行きなのだが」

言われて初めて気が付いた、と言うようにあらたの兄が目を点にしてルクセルを見つめる。目を細めてじーっと見る。

「…お主目が悪いのか?」

「…失礼しました。実は書類など手元にある物は見えるのですが、この距離だとぼや~としたシルエットしか見えず…結婚したのも初めて聞いたので怒りと驚きでどなたなのかも確認…え、魔王…様?何故あらたが魔王様と??」

「…魔王軍とデンエン王国の戦争の際、私があらたに結婚を申し付けたからだ。……ふむ、ちょっと興味が出たぞ。そなたゲートで家まで空間移動できんか?」

「できますが…」

あらたの生まれた家や親を見てみたい。案内いたせ」

「お、お待ち下さい。当家は戦争も話で聞いた程度の田舎の領地です。魔族などの噂は聞きましたが実際に見た事もありません。家に案内したら家族は驚いて倒れるかもしれません」

「ん~いきなり行くのは急すぎるか。じゃぁあらたが戻ってきたら一緒に顔を出す。事前に説明しておいてくれ。あ、一応断っておくが、私の治める魔国とデンエンは平和条約や交易をしておる。とはいえあらたの妻としてお邪魔するつもりでおるので恐縮する必要はない」






そして先日、やっと帰宅できたあらたが十分な睡眠で疲労回復した頃、あらたの兄が訪ねて来た事を説明した。

「…兄が失礼な態度を取ったりしませんでしたか?」

「最初は知らない相手だからか威圧的だったが、目が悪いらしいのぉ。私が人間ではない事に気が付いてもおらんかった。自己紹介したら礼儀正しくなったから面白かったぞ」

「そうでしたか。気に障らないのなら結構ですが…正直あの家の事は忘れてしまいたかったのですが……そのような事情や私に届いていない手紙を考えると、行くしかなさそうですね」

「多少話しを聞きに行くだけでも最後の義理と考えて、行くべきだと思う」

「…そうですね。私も家庭を持った事ですし、いつまでも放置しているわけにはいきませんね」


ため息は出たものの、あらたは実家に帰る準備をした。


「私も顔を出すと言っておいたが、本当に行っても良いのか少々悩むんだが」

「私の妻を紹介するのに本人が居なくてどうします」

「…そうだな」

ルクセルは照れながら笑った。



ゲートで移動した先は、領主の館らしく森に囲まれた古くも大きな建物だった。

王都より少し寒い風が吹き、小高い場所に建てられているからか、治めていると思える街が見える。

門番に声をかけると、また見た事のない執事が出てきた。

「旦那様から伺っております。初めまして。弟様のあらた様とその奥様ですね。こちらへどうぞ」

丁寧で腰の低く、さらにルクセルを見て怯える事もない。

門番は一瞬ぎょっとしたが、執事はしっかり事前に言い聞かせているのだろう。

執事が館の入り口の扉を開けると、兄とその妻とおぼしき人が出迎えてくれた。

あらた!……お帰り」

「……ただいま帰りました」

「初めまして。あらたさん、奥様。私はクラウと申します」

「私はあらたの妻、ルクセルと申します」

本来、魔王のルクセルが謙譲語を使う必要はないが、今回はあらたの妻として行くと言っていたので、メイド長に頼んで言葉遣いを習っておいた。

あらたに説明していなかったため、あらたは少しルクセルに何か言いたげな目で見たが、あえて言わず、兄の案内で客間に移動した。


「今父上と母上を呼んで来させている。奥方から聞いたが、以前クビにした執事が、母が死んだなどと伝えたらしいが元気に過ごされている。手紙が届かなくなったのはいつ頃からだ?」

「そうですね…最後の手紙は婚約破棄をしたという事後報告ですが、その前……事務員時代の頃です。時期的に何年前だったか……10年は経過していないかと」

「…そうか、では私が結婚をするから帰省しろと言う手紙や、子供が生まれたという手紙は届いていないのか?」

「ええ、子供に関しては以前伺った際に執事から聞いたのみです」

「…そうなると、私が丁度家督を継ぐ直前ぐらいからの手紙が届かなくなったという事か……いったい誰が………」

「悩む必要はありませんよ。そんな事ができる人物は限りがあります。父上か母上、どちらかでしょう」

そう言って、開かれた扉から姿を現したばかりの親を見た。

「…私はむしろ、兄上がそこまで手紙を書いて下さったり、気にかけて下さっていた事を知って驚いているぐらいです」


「客人と聞いて来たが、お前だったのか。今更何の用だ?」

「私が用があって来た訳ではありません。兄上が連絡の取れない弟を心配して下さってわざわざ家にまで来て下さったので、お邪魔しに来ました」

「お前が手紙の返事を出さないのが悪いんじゃないのか?兄に心配をかけるなど情けない」

「届いていない手紙にどう返事をしろと?」

「何?」

父親は顔をしかめた。届いていない事を知らなかった顔だ。

「つまり手紙を届かないようにしていたの母上という事になりますね」

「母上!?」

その場にいたすべての者が母親を見る。


「一応理由をうかがってもよろしいでしょうか?」

あらたは無表情の母親に尋ねる。

あらたが出世して、嗣治つぐはるがそれを聞いたら不快に思うわ。あらたが事務官になると手紙をくれて以来、あらたの手紙も、嗣治つぐはるの手紙も、全て焼却するよう執事に命じておいたのよ」

「母上!そんな幼い子供の癇癪が今もあると思われたのですか!?」

「だって、嗣治つぐはるは跡継ぎですもの。連絡さえ取らなければ不快な事は耳に入らないのよ。なのに何度もあらたに手紙を書いて、連絡が取れないのを心配までして…あらたは貴方が無事育てばいらない子なのよ。もう気にしなくて良いのよ」

「…それは誰に言われたのじゃ?」

何を言えば良いのか考えあぐねている兄弟の代わりに、ルクセルが口を開いた。

「…ひっ!!」

自分の子供達しか見ていなかった母親が恐怖で座り込む。初めて見る魔族に怯えていた。

「自分に言い聞かせているように見えた。あらたの母上が自分で考えていない、そう言い聞かされていたから言っているように見えたのだ」

そう言われ、あらたは記憶をたどる。

分け隔てなく育ててくれていた母が、実は誰かに言われ続けて根負けし、学生の頃帰省した自分を予備と言う存在と認めさせたのだとしたら…。

「お祖母ばあ様ですか」

ただ一人しかない。父母の更に上であり、この家の事に指示できる存在。

「高橋家はデンエン王国に移住した、今は滅亡した東の国の王族の末裔ですもの!尊い血筋を絶やさず、でも無くす事もなく育てなければいけない!!私の様な東の国の平民でも、東の国の血筋を残せる偉大な勤めを果たせたのに、同じ東の国の民が居ないからって、デンエン王国の者を妻にし、混血の子を作ってしまってどれだけご先祖様に申し訳ないか……」

「むしろ先祖が国を滅ぼしたのですから、王族ならばなおさら滅んでも文句も言えないと思いますが」

「そ、そうですよ。それにお祖母ばあ様はもう亡くなりました。もう血筋だって考える必要ありません。私の子を混血の子だなんて酷いじゃありませんか」

「世界は広いわ!私の様にどこか遠くの国に、ひっそり生きている東の国の民がいるかもしれない!ずっと探させているから私の様に見つかるかもしれないわ」

「見つかってどうするんですか?兄上を離婚させてその人と結婚でもさせるんですか?」

「当り前じゃない!!できれば何人も子供を産んでもらって、その間にまた探しておけば数を増やせるし、あらただって東の国の民を見つけて子供を産ませたら、いとこ同士で結婚して数を増やせるのよ!!」

「つまり、母上は異国で生活していたところを父上の親に見つかり、妻になって子供を産ませる為に連れてこられたんですね」

「………そうよ。たった1人しかいなかったから、たった2人しか子供を産まなかったけど跡継ぎを産んだので許してもらえたわ」

「そうですか。母上の様な犠牲者を今後出さない様、この事は私たちの代で終わらせましょう。幸い私も兄上も自分で考え、選ぶことができますから」

「そんなの!そんなの!!……」

叫ぶように言葉を続けようとして、母親は床を叩いて体を震わせた。

「子として、一つだけ言いたい事があります。不本意な結婚と子を産むことを強いられたとは思いますが、私達を産んで頂きありがとうございました。感謝しています」


静かな客間に、母の嗚咽の声だけが響く。


「母上の今後のサポートは父上に任せてよろしいでしょうか」

「……わしに何ができると言うんだ」

「さぁ?それを考える時間はあると思いますので」


「……なぁ、あらたの母上よ、何に嘆いているんだ?親元から離されて1人この家に嫁いできた事か?妻としてではなく、子を産む道具として扱われた事か?東の国の王族の末を託された事か?」

床にうつ伏せた状態の母に、両ひざを抱えてしゃがんだルクセルが聞いた。

「私は弱い者の気持ちは分からぬ。だが、そなたが産んでくれなかったらあらたはおらん。だから私も感謝しておる。東の国なぞ知らんが、魔王が感謝するなど世界で極わずかだぞ?」

う~ん、とルクセルなりに何かフォローできないか、考え方が異なる人間の思考を悩みながら声をかけたが良い言葉が浮かばない。

「ルクセル、母上の事は父上に任せるべきです。あなたが悩む必要はないんですよ」

そっと手を持ち、しゃがむルクセルを立たせる。


「私達は失礼します。兄上、また手紙を書きます。王都に来られる際はうちをご利用下さい」

「…ああ。あ、ちょっと待ってくれ」

兄は別の扉を開け、そこから誰かを呼んだ。

しばらくして、小さな足音がいくつか駆けてくる。

「とーさま、おきゃくさまとのおはなしはおわったの?」

愛らしい黒髪の少女が一番最初に登場した。

次に同じく愛らしいさらに小さな男の子、最後にしっかりとした足取りで最年長と思われる男の子が礼儀正しく礼をした。

「お客様、はじめまして」

「上から清太せいた真里まりしょうだ」

「お子さんは3人いましたか。初めまして。お父さんの弟のあらたです。あなた方の叔父になります」

あらたはしゃがんで目線を合わせ、紙で作られた小さな封筒を1人2個ずつ渡す。

「お小遣いですが、一度お父さんに渡して下さいね」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「あーとぉ」

長男は礼儀正しく、長女は嬉しそうにはにかみながら、次男は何か分からないけど兄姉を見て真似をする。

「……か、かわいい……」

あらたの少し後ろで距離をあけつつ、ルクセルもしゃがんで子供達を見た。

「彼女は私の妻なので叔母にあたりますね」

「…おば……おばさんになるのか、私は」

衝撃を受けている。

「叔母ですので、叔母さんですね」

「叔母様は魔族の方なんですか?」

清太せいたが戸惑うことなく質問してきた。

「う、うむ。私は魔王だ」

「え!もしかして国を救った英雄って叔父様なんですか!?学校で習いました」

「ええ、そうなりますね」

長男が少し子供らしく、尊敬のまなざしであらたを見た。

「迫りくる魔物達をバトルアックスで倒し、魔王を妻にする事で国を救った英雄!その方が叔父様なんて…感激です!!」

「…何か端折った伝聞のようですが…大体間違ってはいません」

「魔王様ってもっと怖いイメージでしたが、こんなに優しそうで美しい叔母様で怖くなくなりました」

「そ、そうか」叔母様がどうしてもひっかかる。

だが子供達の嬉しそうな顔は悪くはない。

「この辺りに魔物はおらんのか?」

「この辺りでは見たという話しもありません」

「そうか、では」

パチン、と指を鳴らすと、近くの床に召喚の魔法陣が光り、そこから長靴をはいた猫が1匹出てきた。

「魔王様、何か御用でしょうか」

「うむ、そなた普段猫の姿でこの家を守れ。何かあれば即連絡をせよ。そなたに何かあればすぐ分かるようにしてある」

「かしこまりました」

そう言ってケットシーはぽふっと音と共にどこから見ても普通の、長毛種のかわいらしい猫になった。


「今、他国で別の魔王軍との戦争が続いておる。それにあらたの身内が狙われる可能性も高い。ケットシーは魔物ではあるが妖精族に近い。他の近所の獣を率いて縄張りをつくり、その中で妖精たちの協力を得て、人に害をなす魔物の侵入や攻撃からそなた達家族を守ってくれる。普段猫の姿をしていてもアレルギーも出んしな」

子供達はもう、初めて家に来た猫に夢中であった。

兄、嗣治つぐはる夫妻はルクセルの配慮に礼を言う。


あらたとルクセルは実家から自宅へと戻った。



あらた、東の国の事は知っておったのか?」

「王宮の書庫で偶然発見した事があります。デンエン王国は元々田園という国名で、東の国から流れて来た王家の傍系と付いて来た者達が作った国であり、周囲の国家に合わせてデンエンと変わった事、高橋家は王家の末裔ではない事、デンエン国王の方が末裔です」

「…そこまで知ってて教え…れんか。」

「そもそも私の目が赤い時点で混血である証なのに、無かった事にされているんですよ。兄が赤い目であったら廃嫡していたでしょうし。東の国の純血者は黒髪黒瞳なんです。国王陛下がそうなんですが、あの方も混血の中で偶然先祖返りしているだけですし」

「つまり純血の者はもうおらんということか」

「そうですね。母には申し訳ありませんが、今後は同じ過ちを繰り返さない様兄にだけ事情を説明しておきます」

「うむ……あらたの一族の名がかなり独特で他に聞かない理由が分かったが…人間はやはり複雑だな」

「魔族では魔族の種族によっての結婚など強制されたりはないのですか?」

「あるぞ。ただし大体強いオスがメスに対してプロポーズをするし、弱ければ相手にもされん。弱肉強食だから強いオスなら異種族でもメスは喜ぶしな」

「シンプルですが、強いことが重要な魔族らしいですし、それで双方納得しての結婚なら幸せですね」

「うむ」

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