第11話 旦那様はご多忙です

デンエン国王が倒れたのは、春も近い時期だった。

医師たちの見立てでは、不治の病と呼ばれるもので、魔法使いによる回復や、神聖魔法と呼ばれる病気やけがの回復も効果がなく、薬で痛みを除きながら、進行を抑えるしかない病だという。


通常国王が動けなくなった場合、王太子や宰相が代行を務める。

そこで宰相の高橋あらたは、他国に留学中の王太子に戻るよう連絡をしたが、王太子の弟と彼の養育を務めた貴族のイジュラクト家が出てきた。

「ダグラス様は元々国王様の兄、前国王様の一人息子です。本来なら王位継承権1位のはずですが、現国王様は王太子をご自分のお子様に決めました。ですが国王様もダグラス様の国王代行の執政姿をご覧になれば、王太子を変更するかもしれません」

「そうですか。では責任はイジュラクト様で負ってもらう代わりに許可しましょう」

「許可?いくら宰相でも次期国王に不敬では?」

「既に確定されているのは王太子殿下の方です。国王陛下の負担を減らすために一時的に私には国王代理の権限を預からせて頂いておりますので許可と言いました。問題発言とは思えません」

サウワ・イジュラクトは反論につまり、苦々し気に高橋を睨んでフイっと背を向け、ダグラス王子にうやうやしく礼をする。

「ダグラス国王陛下代理様、いつもの通りで良いんですよ。あなた様の国王としての素質はこのサウワがしっかり見てきました。陛下も尊敬されていた兄上の御子が国王にふさわしいと思うでしょう。私もおります。ご安心下さい」

「あ、イジュラクト様はお帰り下さい。国家機密を一貴族のあなただけが見るのはよろしくありませんから」

「「え!?」」

「え?じゃありませんよ。普段国政に関わっていないのですから、お見せできる仕事はありませんよ?」

「し、しかしダグラス様はまだ学生でありますし…」

「そのダグラス様を国王代理にしろと言ったのは貴方ですよね?王太子殿下なら既に国王代理の仕事が務まるよう教育されています。夏休みなどの休日を利用し、事務官長の元で学んだり、私の元でも学んでいます。ダグラス王子殿下はまだお若いので、これからお教えする予定だったのですが」





「まずはこれらの書類に目を通して下さい」

イジュラクトが強制的に帰宅させられ、執政室には宰相高橋とダグラス王子と宰相補佐官1人となる。

もう1人の補佐官は宰相の仕事をしに行っている。

「私の方から普段国王陛下が目を通すべきと判断した案件の書類です。全て承認となっていますが、これは私が許可をしただけで、国王陛下が却下したら不採用となります」

目の前に置かれた書類の束。

ダグラス王子はその中の一番上の書類に目を通した。

「国内における穀物の供給量と消費量と輸出入のデーター…」

「冬が終わりに近づいているので、1年間の穀物に関するデーターの報告です。これを確認したら来年度の輸出量や輸入量をどうするのか決めます」

「輸出量が多いという事は、国内での消費量が供給量で足りており、輸出できるほど余裕がある、という事ですか?」

「正解です。ですが輸入量はどう考えますか?」

「輸出できるほど穀物があるのに、輸入量……同じ穀物でも種類が違う物が輸入されているのではないでしょうか?」

「正解です。デンエンは稲や小麦が豊富に取れますが、大麦は少ない為輸入しています。大麦はお酒の材料になるのでその下にある書類、『酒類の製造と販売量』を確認して下さい」

理解力もあり、判断能力もある。


ただ、このあたりの範囲は王太子がダグラス王子より幼い頃から学んでいた。

何故ダグラス王子の方が学ぶのが遅かったかと言うと、イジュラクト家が教育していると言ってあまり城に連れてこなかった点も多い。


イジュラクト家は前国王の妻の出身家で、その前王妃も他界している。

残されたダグラス王子を不憫に思って我が子の弟として育てようとしたが、姉の忘れ形見なので、とイジュラクト家が養育を引き受け連れて行ったまま、なかなか返さなかったのが原因である。


しかしこれから育てれるほど時間はない。

王太子がデンエン王国に戻れるまで海路を使うので、最低5日はかかる。

陸路に着けばこちらからの迎えの魔法使いがゲートを作って一瞬だが、これも時期悪く、王太子の護衛につけた魔法使いが急病で他界し、その代わりになる人物を送り出そうとした頃にデンエン国王が病気で倒れたからだ。



宰相補佐官に、時間があまりないので補足説明を任せ、高橋はそのまま国王代理として近くで仕事をしつつ、時折フォローを入れる。

宰相の仕事+国王の仕事の為、必然的に普段終わらせている時間に仕事を終わらす事ができず、初日は泊まり込みで仕事をこなした。


翌日、仮眠をとって前日の続きをする。


翌日も仮眠をとって前日の続きをする。


さらに翌日も…(略)


気が付くと、寝不足で目の下にクマができていた。

補佐官は交互で帰宅させている分、高橋の仕事は増えるが、幸いダグラス王子が仕事を覚え始めたので、一部の仕事を任せられるようになっていた。

それでも帰宅できない日々が続き、ストレスも溜まっていく。

普段から表情が読めない、常に無表情で何を考えているかわからない人が、クマと疲労によって怯える者もでてきたが、仕事をせねば国が回らなくなるので高橋は無言で仕事を続ける。


一度帰った方が…と周囲も言いたいが、現状仕事を完全に任せられる人がいないので言えない代わりに少しでも負担をかけない様気を配った。


しかし気を配らない者が来客として執務室に入ろうとする。

「イジュラクト様、執務室は現在入室禁止です。ダグラス王子殿下がお帰りになる頃に来て下さい、と昨日も言いましたよね?」

執務室を守る衛兵が、強引にイジュラクトの入室を拒む。

「昨日も言ったが、私は仕事をしているダグラス国王陛下代理様を見に来ているんだよ?」

「執務室で仕事をされている方々の邪魔になります」

「私一人、扉から殿下を眺めるぐらいで邪魔になるわけがないだろう?」

「もっと小声で話して下さい。宰相様も無理をして仕事をされているんです。今あの方が倒れたらこの国の色んな部分に支障が出て大変な事になりますよ」

「ちょっと覗く事でそこまで大事にはならんよ。私に早く帰って欲しかったらさっさと扉を開ける事だね」


すぅ、とイジュラクトの背後に近付く者がいた。そしてイジュラクトが気が付く前にその影を踏む。

「影踏んだ!!」

衛兵もイジュラクトとのやり取りで気が付かなかったが、確かにイジュラクトの影を踏んでいる者がいた。

「ま、魔王陛下!?」

高橋が走り、扉を開ける。

「ルクセ…」

口を開けた瞬間、あらたの口の中に何かが入った。

ルクセルはあらたに目線を合わせて指を一本、口元で立てた。

「飲みこめ」

言われるまま、あらたは何かを飲みこむ。

すぅ、と喉を通り過ぎた後、溶けた感じがした。

「さて、お前ジグロードの魔族だな」

影を踏んだまま、サウワ・イジュラクトに言う。

「な、何を…魔王陛下……」

ルクセルは足で踏んでいる影をさらにグリグリと踏みつぶす。

「ぎゃっ、やめろ、汚い足で私を踏むな!!」

「そうか、ではこれは?」

小さいが重厚そうなナイフを影の上に落とそうとした。

「ひっ!!」

ルクセルを蹴飛ばそうとイジュラクトが足を延ばす。ルクセルはその足に一瞬乗り、再び影を踏む。

「ぎゃ!」

ナイフが影を差すと、イジュラクトが短い悲鳴を上げ、倒れた。

そのまま中身が解けたように影の中に吸い込まれ、外身の皮だけが残る。

影の部分が盛り上がり、ナイフが刺さって青い血を流す魔族が現れた。

「おのれ…ゴルデン魔王め……」

「人間を殺し、その皮をかぶっていれば、確かに人間には感知されんからな。だが同じ魔族なら分かる。ふむ。王国内にいる同じような魔族を潰そう」

手の平を上えにかざし、その手から光が伸び、一瞬で王国に結界が張られると同時に、イジュラクトの様に人を殺して皮をかぶった魔族が小さな悲鳴を上げて消滅していった。



「こやつはゴルデンに連れて行く」

イジュラクトだった魔族は、ルクセルが呼び出したゴルデンの魔族に捕まえられて消えた。


あらた、国王は無事だ。人間の手に余る事は一言ぐらい魔国に相談して欲しい」

「しかし、魔族に人間の回復は向いていないのでは?」

「さっきあらたに飲ませた物を少しづつ時間かけて与えると、人間の言う不治の病も癒せるのだ。その代わりかなり希少な物なので私自身が与えるしかできないからな」

「そうですか…国王様が無事なら良かったです」

「それと、王太子が王城に到着したぞ。今国王の部屋にいる」

「そうですか。良かっ……」

倒れこむあらたを、ルクセルが支えた。

あらたを連れて帰らせてもらうぞ。国王は明日から仕事に復帰できそうだし、王太子はこの後仕事を引き継ぐらしいから」

ルクセルはゲートを開き、そのまま自宅の寝室にあらたを移動させ、寝かせた。

そのまま魔法を使ってあらたの服を寝やすいパジャマと交換すると、そっと布団をかける。

あらたのいない夜なんて、ファラガリスに行った日以来だった。

安らかな寝息を立てているあらたの横に寝そべり、甘えるようにそっと体をくっつける。

しばらくあらたの鼓動を聞いて、なかなか帰ってこれなかった期間を埋めるように密着する。

寝返りを打って、あらたがルクセルを抱きしめた。

眠っているのに、無意識にその手がルクセルの髪を撫でる。


その日はそのまま、朝まで眠り続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る