第10話 魔王様と旦那様の記念日
サキュバスの侍女を捕まえて話ができたのは翌日だった。
大きな会議はほとんどなく、魔王国内の治安維持に何カ所か領地内を巡って仕事は終了。
時間の空きがあったので、侍女長に申し付けて私室で話しを聞いた。
「魔王様はまだお若いので、今は竜王様の血が強く出ていますが、結婚したのでサキュバスの開花は近いと思われます」
「開花と子供ができるのとはまた別問題か?」
「多分関係があると思います。サキュバスの開花は大人になった証と言えます。魔王様はハーフなのでサキュバスとしての成長がまだ済んでいないだけかと」
「ん~成長ってどうすればできるのだ?もっと食べて動くとか?」
「魔王様は結婚しており、ご夫婦の仲は睦まじいようなので既に何かをする必要はありません。強いていうなら、サキュバスの開花の儀式は旦那様のご協力が不可欠です。事前に説明しておいた方が無難なので、一度お時間がある時にこちらに来て頂けると…私がお邪魔するには人間の国は誘惑が多くて悪さをしてしまいそうなので」
少し困り顔でサキュバスの侍女は言う。
「わかった。
「そういえば魔王様、先日おっしゃっていた変化の魔術ですが…」
「あ、そういえば使いたいがコツがわからんと言っておったな」
「ダークエルフのローブ様が、最近仕入れた魔石を使って付与石を用意できたそうですよ」
「そうか!貰いに行ってくる!!」
「魔王様がお越し頂かなくてもお持ちしておりますよ~」
私室の外で、のんびりとした口調のダークエルフが声をかけてきた。
「ローブか、入ってくれ」
「失礼いたします」
口調と同様にのんびりした動作で、ダークエルフはトレイに載せた小ぶりの、宝石の様な物が入った石をを持ってきた。
「魔王様の魔力を少し流せば、思い描く姿になれます~」
「ほぉ!」
「……魔王様、それで人間のお姿になって旦那様を驚かせるとか考えていませんよね?」
「ギクッ!」
「…あの旦那様がびっくりした、と驚いて笑うような方には見えないのですが…」
「………う、うん。そうだな」
「あららぁ~それじゃあこの付与石は不要ですか~?」
「いや、使う。いたずらはせんが、やってみたい事がある」
夕食の準備はしたし、後は
門番にも聞いて、早く終わって外出していないのも確認済み。
帰宅前に少し一緒に帰るだけなのだが、門前広場で椅子に座って大人しく待つ。
「あの、誰かと待ち合わせですか?」
見知らぬ人間が話しかけてきた。
「そうだが?」
「なかなか来ないみたいですね」
「仕事中じゃからな」
「……もしかして魔王様ですか?」
「そうだ」
人間の男は飛び上がるようにびっくりした。
外見はルクセルのままだが、違いがあるとすれば角がない。
ただ、ルクセルにしてみれば重要だった。
角の形はそこまで大きくもなく、多少注意する必要はあるが、1点問題があった。人間がよくかぶっている帽子がかぶれない。
たまたま城下町でみかけた帽子が、持っている人間の服に合わせると良い感じな気がしたが、角が邪魔でかぶれなかったのだ。
変化の術で角だけ消せばかぶれる。
その為何度か試したが、普段あまり使わない魔術なので角だけ消すのが難しく、ダークエルフの付与石でなんとか消せるようになった。
「角が無いから人間だとおもっちゃいましたよ。なれなれしく声をかけて済みません」
「かまわん。今気分が良い…
城門から出た
「ルクセル………」
角がない状態を見て、しばらく黙り込んだ。
「生え代わりの時期ですか?」
「私は鹿か!!変化の術で少し消しているだけだ」
「そうですか、額の角跡も無くなったので、魔族は角が生え変わったり抜ける物だと思っていました」
「あれはよくわからんが、医者が治療で引っこ抜いてくれただけだぞ」
本来角があった場所の空を触ってみる。
「角だけ見えないのではなく、形を変えて無くしているんですね」
ほぉ~と感心気に見た。
「丁度注文していた商品ができているので、寄り道していいでしょうか?」
「かまわん」
ルクセルは上機嫌で
「おい、さっき声かけた美人ってまさか…」
ルクセルに声をかけた男が仲間の所に戻って聞かれる。
「ああ、魔王様だった。角がないだけであの破壊力はすげーなぁ」
「宰相様って角があっても妻にしたんだろ?やっぱ只者じゃねーわ」
「こちらです」
本来なら貴族の家に直接御用聞きで行くのだが、
最もこの国の宰相が買い物をするとなれば高額な買い物となるだろうから、断る店などなかったのだが。
「いらっしゃいませ。商品はご用意できております。すぐお持ちしますのでこちらでお待ち下さい」
案内されたのは入り口から別の扉で入れる個室の一つであった。
高貴なお客様用に広く、調度品もそれに合わせた上等な物を置いてある。
魔国にも宝石店はあるが、魔王の娘であり、現魔王のルクセルは城に来た商人が広げる宝石しか知らず、お店がある事を知らなかった。
「お待たせしました」
飲み物が出されてから一口ほど口を付けた程度の時間で商品が持って来られた。
店主の後ろに三人がそれぞれトレーを持って
赤い宝石がいくつか使われたネックレス、黒い宝石のピアス、金地の三角ピアス。それとピアスを開ける道具が2つ。
「事前に確認していませんでしたが、ピアスの穴を開けるのは嫌でしたか?」
「特に考えた事がなかったから嫌ではないが…この宝石は?」
「魔族の方に、魔族のプロポーズは高価な宝石を送ると聞きましたので、用意しました」
すっ、と店主が
赤い宝石のネックレスを「こちらは希少価値の高いピジョン・ブラッドのルビーでございます。
黒い宝石のピアスは「こちらも希少価値が高い天然ブラックダイヤでございます」
金地の三角ピアスは「こちらは24Kのピアスでございます」
と、一つ一つ丁寧に紹介してくれた。
「どうぞ、お手に取ってご覧下さい」
そう言われ、ルクセルはトレーのままルビーのネックレスを見る。
「チェーンはこちらも24Kで、チェーン部分のルビーはそれぞれ3カラットとなっており、中央はスタールビーとなっております。またその下のルビーは10カラットで、全て非加熱の物となっております」
ルクセルは宝石を見る目を持っている。
父は竜王なのでキラキラした宝石は好きな物の一つであった。
金も銀より好み、父が魔王の時は私室の一角に宝物庫があり、ルクセルはその価値を知らずおはじきにしたりと玩具にしていた。
少し成長してその価格を知った時も特に驚いたりしなかった。
父の私物ではあるが、魔王なら国中の宝石を集めようが誰も文句を言わない。
むしろ献上品として、少しでも珍しくてきれいな宝石を、皆必死に集めては魔王様へ、と献上されていた。
ルクセルの代になって、それらはやめさせた。
先ほど
高価で、希少な宝石をいかに持っているかアピールする事によって、メスはオスからの愛情を受けていると優越感を持つのも習性の一つだったりする。
その為、
「こちらのブラックダイヤのピアスはルクセルにつけてもらいます。金のピアスは私が付けます。その後魔法を付与しますので、お互いの場所を感知したり、行った事のある場所なら隣に飛べたり、後清潔さを保つ魔法も入れるので取り外す必要がありません」
「……
「ええ、どのような宝石が良いのか分かりませんでしたが、色は私の瞳や髪と同じにするのが重要と聞きましたので」
そろそろ湯気が出るのでは?と思うほど顔が赤くなっている。
あの戦乱のさなか、
店主は微笑みながら一礼して、店員達と共に部屋から出た。
「ルクセルからのプロポーズがなければ今の結婚生活は無かったのですが、やはり魔国でも人間の方でも男性から女性へプロポーズをするのが一般的ですし、何より私がそうしたいのです」
「ルクセル、既に結婚していますが、私と結婚してくれませんか?」
すっと、ルクセルの手を取る。
ルクセルは
「はい」
ぽろり、ルクセルの目から涙が一粒こぼれ、そのまま鉱石化した。
それがソファーに落ちて跳ね、床に小さな音を立てたが、二人は唇を重ねたまま動かなかった。
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