第9話 魔王様しか知らない旦那様の秘密

ゴルデン魔王国でジグロードの話しを聞いてから一ヵ月が経過していた。

ジグロードの情報はなかなかつかめず、とりあえず他国にはシグとジグの危険性だけは伝えてある。人間の国家相手なら色々やりようがあるが、相手が魔族の魔王国ともなると、高橋もうかつに手を出せない。

多分、自分とルクセルはジグロードにとって最も処理したい対象であるはず。

それは分かっている。



結婚当初から夜間魔族が侵入してこようとする事が多かった。

全部高橋が事前に仕掛けておいた魔法によって捕まえてゴルデンの魔族に引き渡してある。

当時はファラガリスかジグロードの魔族という事で処分もゴルデンに任せた。


ファラガリスが落ちてからはジグロードのみが時々来るので、同じ魔法ばかりでは解析されてしまう事から、いくつもの種類を実験の様に試す気分で設置した。


今では捕まえたら自動でゴルデンの魔族が回収できるシステムにしてあるので、高橋が一々起きる事も無くなった。

家も幾重にも張り巡らせた結界によって守り、それでも侵入できたところで捕獲システムが自動でゴルデンに移送させる。


高橋は朝起きてシステムの発動履歴を確認し、その後設定しなおしたり、新しく考えたシステムに変更させるのが日課になっている。

当然罠の種類は多岐に増えすぎ、趣味の領域になっていた。




そのおかげで、夜はゆっくり眠れるはずだったが、進展しないジグロード

の件を考えてなかなか寝付けず、やっと眠れた頃、あまり見たくない夢を見た。




あらた

母は優しい人だった。

幼い頃からあまり感情の起伏を表に出さないあらたの心が分かり、表情に出せなければ言葉で伝える用教えてくれた。

とはいえあらたも一応貴族の子。

実の親が居てもほとんど乳母か家庭教師が側にいて、英才教育を施される。

男の子なのでそこに剣術も入り、年の近い同じレベルの貴族の子達との交流も、普段の勉強の成果を出す場所になる。


11歳で全寮制の学園に入り、そこでも勉強や社交術、剣術などを学ぶ。

叱責されることはほとんどないが、その代わり成績と言う形で評価が決まり、必死になるしかなかった。

自分は兄の予備なのだから。


あらたが兄の予備として生まれてきた事を教えたのは父だった。

あらたと同じ感情の起伏がすくなく、貴族の心得を教え込んだ本人でもある。

学園での成績がトップになったと夏休みの帰省で報告をしようとしたら、執事から大きな声を出さず、部屋に移動して下さい。と告げられた。


事前に情報を入手していたのか、父は帰宅をしたら部屋から出ない様命じていた。

兄は学年は違えども歳が近い事もあり、僕の予備の分際で僕より良い成績を取った事が気に入らないと泣きついたのだ。

家の中の王様は兄だった。

父はあらたに中の上の成績を出し、しっかり勉学に励めとしか言わなかった。

母はお兄様の機嫌を損ねるのは良くない事なのよ。あらたはそんなに成績が良いのだから、お父様の言う中の上ぐらいキープできるでしょう。


母も兄の味方だった。


いつかの為に、兄の為に、良い成績を取るのだと何故頑張ってきたのだろう。

でも頑張るしかなかった。

誰一人本当にほめてくれる人のいない世界で。


婚約者と挨拶しなさい。

次の帰省の時、突然紹介された婚約者。

どこかの貴族の一人娘だという。

兄は学園を卒業し、軍部に就職している。

たくましく育ってはいるが、跡目を継ぐまで油断はできない。

兄が跡を継いだら、あらたは婚約者の家に婿入りする事になる。

形ばかりの挨拶と、形ばかりの婚約。


紹介されてからずっと、あらたが学園を卒業して事務員として王宮仕えになっても会う事も手紙を書く事ももらう事もなかった。

結婚の話しが出ると、自分には親が決めた婚約者がいますので、と断れるのが便利としか思っていなかった。


たまたまもうすぐ事務官に昇進する事もあり、一度家に戻ってみるかと帰ってみたら、代替わりした執事は自分を知らなかった。

母が死んでいた事も、兄が跡を継いでいた事も知らなかった。

そのまま訪ねる家を間違えた事にして、あらたは王宮にある宿舎に戻った。


それから数日もせず、突然兄から手紙が届いた。

『お前の婚約者、好きな人ができたから婚約解消して欲しいと言ってきたので解消しておいたから』



あらたはその手紙を細かくちぎって捨てた。

ふぅ。

もう自分には何もない。

自由なのだと考えた。


それからは全力で仕事に精を出し、老齢で跡継ぎを探していた宰相の目に留まった。


「お前さんはそれで良いのかい?」

「良いも何もありません。今はここで仕事ができる事に感謝しています」

「家族を恨んではおらんのか?」

「…恨んではいませんが、取り換えれるなら取り換えてもらいたいですね」

「ああ、だが取り換える事はできんからのぉ。代わりに今後お前さんが家族を作れば良いんじゃよ」

「私が?」

「自分がこうして欲しかった、こんな家庭で育ちたかった。そんな願いを、自分の家族で叶えるんじゃ。そうすれば満足できる。お主はどんな家庭を持ちたいんじゃ?」

「私は……誰かの予備ではなく、そのまま育って良い、と子供に言いたいですね。子供は愛情という物を与えてあげたいです。私は親の愛情というのを何となくしか理解できないので自信はないですが…」

「妻はどうするんじゃ?」

「…私の身分ではなく、私自身をちゃんと見てくれて、子供を大切にしてくれる方が良いですね。もちろん私も妻となってくれる方の身分を考えたりしません」

「お主は素朴で暖かな家庭が欲しいんじゃな……それは今叶っておるのか?」

前宰相があらたの横に視線をやる。

隣を見ると、妻ルクセルがいて微笑んでいた。

「…半分は叶っています。残り半分は…叶わなくても構いません。子供は授かりものです。今のままで十分です」

「そうか。だがそのうち叶うと思うぞ。お前さんはそれぐらいの幸運を貰ってもお釣りがくる事をしているからなぁ」





ふっ、と目が覚める。

視線に気が付くと隣で寝ているはずのルクセルが新≪あらた≫を見つめていた。

「…眠れなかったのですか?」

「少し目が覚めたので、寝顔を見ていただけだ」

ふふっと笑ってルクセルが答える。

「そういえば、ルクセルのサキュバスの力を見た事がないのですが、ハーフなので、ということでしょうか?」

「サキュバスは開花という儀式をせねば発現せんらしい。私は父上の竜王の血の方が強いからのぅ。あ、でもこーゆー事はできるぞ」

そう言ってあらたに近付いて腕に手を絡めくっつく。

何をできるのかは分からなかったが、あらたは再び眠り始めた。

(こーやって眠らせる事と、悪い夢を良い夢に変える事なんだが…あらたは寝言で会話できるの知らんだろな)



先ほど、前宰相と夢の中でしていた会話。

実は寝言が始まったあらたとルクセルの会話となる。

(疲れがたまっているぐらいにでるっぽいが……子供かぁ)

ルクセルは生まれてまだ100年ほどしか経っていない。

魔族としては若い方で、人間で言う20代に届くか届かないか程度である。

父は千年以上生きていると言っていたし、母も千年は経っていないが、何百年生きてたかしら~と忘れてる。

あらたが生きている間に産めるだろうか…というか授かれるだろうか……。

明日サキュバスの侍女に聞いてみよう。


ルクセルも眠りについた。

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