第5話

「え…?もう一回言って?」

 私はため息をつく。まあ人間にとったら理解しにくい話かもだけど……流石さすがに理解できなすぎ……。これで3回目ですが?私も流暢りゅうちょうに話せるようになってきたんだけど?………もう少し詳しく喋った方がいいかな…?

「私は妖狐ようこっていうきつね妖怪ようかいなの。」

「うんそれで?」

『そこはわかってきたんだけど…。その事情が難し過ぎて………。』

 優ったら口に出さな過ぎ。ほんとコミュ症なんだから。

 フフッと笑う私に優は不審がる。そ、そんなに変ですか…?あ、う……ま、まあ優は人間だし。私達の普通も知るはずがない。だ、だから、私が変なわけでは……。

妖狐ようこには五種類の種族がいてね、白狐びゃっこ黒狐こくこ赤狐せきこそして……太陽をつかさど金狐きんこと月をつかさど銀狐ぎんこ。私はこの金狐きんこ銀狐ぎんこのハーフなの。」

「うん。」

 ほら、やっぱり優は優しい。普通こんなわざわざ相槌あいづちなんてしないよ。

「これは私が生まれるよりずっと前の、妖狐ようこの五種族を作った五妖ごようの話。」

『誤用ってなんだ…?』

「あ、五妖っていうのは五人ってことね。私達は「にん」の代わりに「よう」を使うの。」

「ふぅ〜ん…。」

『そういうことか…。確かに妖怪なのに人っておかしいもんな…。』

 ほんと頭の中ではお喋りだなぁ〜。

白狐びゃっこ狐白こはく黒狐こくこ狐黒こぐろ赤狐せきこ狐赤こせき金狐きんこ狐太陽こたいよう銀狐ぎんこ狐月こづき。この五妖ごようはある一つの神に仕えていたの。因みに全員女子ね。もちろん男もいたんだけど、神が先に作ったのが女子だったから女子の方が強かったの。」

『……ここがややこしいんだよ……「こ」しかねぇ……。』

「「こ」が多いのはね、妖怪は自分の種族を名前の始めに付けてるからだよ。ほら、私の名前、「狐天こあめ」だって言ったでしょ?「こ」がきつね、「あめ」がてんって漢字だからその種族の名前をとって「あま」なの。」

『………わかったけどわからんわ……。これ耳で理解するのは無理かもしれない…。』

 私はクスッと笑う。そうならそうと言ってくれればいいのに。……やっぱり妖怪ようかい同士と同じようにはいかないね…。

「……何かいらない紙とかくれたら書くよ。」

「ほ、ほんとか?……これお願いします。」

 すごく嬉しそうにするじゃん。それなら最初からこうしてあげればよかったなぁ…。

 私は紙に種族とこの話に出てくる名前、そして私の名前を書く。金神かながみ 狐天こあめ……っと。

「これが私の名前。こう隠せば……あまになるでしょ?」

「ほんとだ…。」

「だから例えば……この狐白こはくはみんなにはくって呼ばれてたらしいよ。」

「へえ………。」

 言われてみれば不思議だよね、種族を名前にって言っても白狐びゃっこ黒狐こくこ赤狐せきこもつけるのは「きつね」だしね。結構いい加減…。

「で、この五妖ごようの中でも私の血に流れている狐太陽こたいようさまと狐月こづきさまの話をするね。」

 私は紙に書いた名前を丸で囲む。……私が水色が嫌いな理由。

「それぞれ太陽と月を司っている金狐きんこ銀狐ぎんこなんだけど、太陽、月と司ってるだけあって、金狐きんこは夜が苦手、銀狐ぎんこは昼が苦手なの。だからこそ、狐太陽こたいようさまと狐月こづきさまは上手く仕事を回してたらしいんだけど。」

 これが始まり。……私一妖で済むような簡単な話だったらよかったのになぁ…。

「性格もやんちゃな狐太陽こたいようさまと冷静沈着の狐月こづきさまと、正反対の二妖は次第に惹かれあっていったの。性別を超えて愛し合うほどに……。今で言えば百合ゆりってところかな?でも神は許さなかった。二妖ふたようの交際を。結ばれることを。だから二妖ふたようは交際することを諦めた。自分達が最初の金狐きんこ銀狐ぎんこだから仕方ないってね。純血も、子孫もやっぱり必要だから。」

『純潔……は必要…?』

「純血って、他の種族が混ざっていない血ね。金狐きんこ金狐きんこの間の子は純血だよ。と言っても親の金狐きんこが混ざってたら純血ではないけど。つまり私なんかは混血だよねぇ。」

 別に純血が偉いわけでも強いわけでもない。なんなら混血の方が平等に強くなる可能性が高いかも。ただ純血も必要なのは確かなの。突出した、その種族特有の能力を持つからね。ほら、例えば雪女とか。他の妖と混ざった子だと、吹雪だったり、凍らせたりっていうのはできる可能性がすごく低くなる。人間にとってはいらない能力かもだけど…。

「だから狐太陽こたいようさまと狐月こづきさまは未来に託した。いつの日にか自分達と同じように惹かれ合う者が現れることを願って。」

『………これ、便利だな…。』

 唐突な優に私は笑う。確かにこの能力は便利だと人間を見ていると私も思う。

「二妖の思惑通り同じように惹かれ合う者は現れた。今度は男女なのもあってきっと許してくれる。そう思って神に聞きに行った。……神は、二妖のことを許さなかった。それどころか狐太陽こたいようさま、狐月こづきさまに引き続き、そんなあやかしが現れたことに激怒なさった。そして、元々金狐きんこが苦手だった夜を、銀狐ぎんこが苦手だった昼を、消してしまわれた。金狐きんこを昼に、銀狐ぎんこを夜に縛りつけたの。どうやったって金狐きんこは夜に起きていることはできなくなり、銀狐ぎんこは昼に起きていることはできなくなった。そして二種族が出会うことはできなくなった。」

 ………神も意地悪だ。私でさえ、金狐きんこの間で流れる銀狐ぎんこの話に耳を傾けずにはいられない。できないことを、会えないことを、やりたいと、会いたいと強く求めてしまう。そんな心理を神は知りも、気付きもしなかったからこんなことをしたんだろうな…。

「でも二種族は互いに互いを知りたくなってしまうのか、どうにかして抜け道を見つけ出そうとして……見つけた。見つけてしまったの。それが逢魔時おうまがどきだった。」

『おうまがどき……?』

「昼と夜の移り変わる時刻のことだよ。それなら昼も夜も起きていられるでしょ?」

 簡単に言えば夕方だね。

「そして出会って、惹かれあって………禁忌を犯したのが私の父と母。禁忌の末にできたのが私ってことね。」

「禁忌ってそれ、お、お前………。」

 優が目を見開いて驚きを見せる。似たようなことずっと話してたんだけどやっと理解できたの?かわいいなぁ…。優と会う時、いつも優より背、低いからこうやって見下ろすの不思議な感じだし。フフッ。

 あ、いいこと思いついた。もっと意地悪し〜ちゃおっと。

「大丈夫。神は私のことは許してくれたから。それに禁忌って言ったて神が怒るだけでそれほど大事じゃないんだよ。ただ……私はお父さんにはもう二度と会えないだろうけどねぇ〜。」

「え?そ、それって……『殺されたってこと…?』

 その優の顔が面白い〜。いいですねぇ〜。ニマッと笑う私に優は私を白い目で見る。

「違う違う。お母さんもお父さんも種族の監視下に置かれてもう会うことできないってこと。私は幸いにも金狐だったから金神かながみ家においてもらってるけどね。」

 …………今でも怖い。もし……私が金狐きんこでも銀狐ぎんこでもなかったらって。時々いるんだよね、別の純血の血の間に生まれた子が、どちらでもないことが。その子はなんなのかって?ただ、そこに「存在」してるだけ。あやかしではあるのに、種族がないの。

「でもほら、私の目って水色でしょ?個人差はあるんだけど、銀狐ぎんこの目って青系なんだよね、金狐きんこの橙色系と違って。だからどんなに親のこと隠してもすぐバレて仲間はずれなんてしょっちゅうされて………。それで嫌になって人間界に来たんだけど、運悪く雨でさぁ。」

「あ、そうだよ。雨。どうして倒れてたのさ。変なこと聞かされて忘れてた。」

「さっき金狐きんこは夜を封印されて、銀狐ぎんこは昼を封印されたって話したでしょ?でも私はその二種族の間の子だから、どちらも起きていられるの。昼も夜も思いのまま。でも……その代わりに私は、光がないと生きられない。だから雨は苦手なの。黒い雲が光を隠しちゃうでしょ?」

 生きられないって言っても死ぬわけではない。ただ苦しいの。

 一時期光が嫌になって真っ暗な部屋に閉じこもったことがある。でも苦しくてたまらなくて一時間ともたなかった。

 私、わからないよ…。神は私の存在を許してくれた。でも、それでも。私が二妖の間から生まれたってことに変わりはなくて。お父さんなんて知らないのに、私は鏡を見るたびにお父さんの面影を見る。他にも銀狐ぎんこの面影はあるっていうのに一番目立つのはこの目。みんな私が顔をあげると離れていくんだ。「狐天こあめだ」って。

 どうして………どうして、私の髪の毛は金髪なのかな?どうして私の目は水色なのかな?どうして銀髪じゃなかったのかな?どうして黄色じゃなかったのかな?どうして……どうしてっ……。

 私の目に映る自分の手にそっと乗せられた温かいそれは、私の手を優しく包み込む。顔をあげて飛び込んでくる貴方の優しい顔に、何かが溢れてきてもうどうしようもなかった。涙が溢れてどうしようもなかった。

 どうにかその涙を誤魔化したくて私は口を開く。

「神が許さないのは金狐きんこ銀狐ぎんこの間だけなんだ。白狐びゃっこ黒狐こくこには結ばれてるところがあるのに。金狐きんこ黒狐こくこも、赤狐せきこ銀狐ぎんこも。全部許されてるのに。どうして、私だけ、異色なんだろう…。もうやだよ…。」

 誤魔化そうとしただけなのに。出てきたのは普段言わない泣き言。ただ、相手に迷惑かけるだけだから。私を快く思ってくれる妖はいないから。だから私は強く有ろうとした。誰の手も煩わせないように。誰の目にも止まらないように。それなのに………。

「優ぅ………っ。」

 とっくに忘れてしまったと思っていた自分以外の温もりは、とても暖かくて…。私はまた貴方に救われてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る