第3話

「優っ!今日も原っぱ行こ!今日こそ優の竹馬習得ね!私が手伝うからっ!ね?」

 ……………やなんだけど…。

「ごめん。今日忙しいから。」

 ……………流石に3日連続で外に行くのは辛いんだが…。まず外ってだけで嫌いなのにカンカン照りで太陽が焼けつけてくる夏。とか。もう、無理。

「嘘つきぃ!そんなこと言って部屋でゴロゴロするだけでしょっ?なら遊ぼうよぉねぇ〜。」

 ……………うざ…。予想します!今から母が出てきて…

『「行ってきなさいよ。どうせ暇なんだから。」』

 ……………ほら、当たった…。………………え、めんど…。。

「ねっ! おばさんもこう言ってることだしさ!」

 あ…………おばさん呼びは………。

「ほら、行ってきなさいな。ごめんなさいねぇこんな息子で。どこで育て方を間違えたんだか…。こんな息子だけど、どうかよろしくね。あ、お菓子持ってく?今、用意するわ。」

 ……………は…?……………………もう、嫌だ…。

 僕は何も考えないように、心を無にする。………僕は良い子…僕は良い子…。

「少ないけどこれで許してね。行ってらっしゃい。」

「行ってきまぁす!」

 僕はただ金神かながみさんに手を引かれるままついて行く。………あぁもう抵抗するのも面倒だわ…。

 時々、親の言葉に無性に傷つくことがある。どうやったってこれが僕の全力なのに。僕は僕で頑張ってるのに。ただ、ダメ人間だって言われてるようで嫌になる。だから僕は自分に暗示をかける。僕はいい子で頑張ってるから大丈夫だと。でも本当は……僕は、良い子で、いたくない。だって良い子はつまらないから。褒められも、心配もされない。ただ、傷つけられるだけ。でも、僕は良い子でいなくちゃいけないんだ。だって………親が、それを望んでいるから。

 母は言う。

「学校ではしっかりした子だって言われてるのにどうして家だとこんなんなのかねぇ。」

 父は言う。

「お前はゲームばっかりして。勉強しろ勉強。」

 学校では自分を否定されて傷ついて。傷つきたくないからって逃げる僕は「僕」を隠す。ただ話に便乗して。面白くもない、知らない話をさも知ってるように振る舞って。そんな学校生活に疲れちゃだめ?嫌だと思っちゃだめ?家でぐらい「僕」でいたいと思ってもいけないの?

 僕の家ではゲームは親の許可がないと入れられない。友達が話すゲームを聞いて面白そうだと思って母に懇願すると、父は言うんだ。ゲームは二つまで。新しいものがやりたいのなら一つやめるんだな。って。父は二つ以上ゲームをやっているのに。父の方が断然ゲーム時間が長いのに…。

 理不尽に傷ついて、胸を裂かれて、小さな言葉も僕の前では刃物に変わる。何気なく放った言葉。その子にとっては普通の言葉。それでも、僕の胸に傷を作る。傷を抉る。それが痛くて痛くて、苦しくて仕方がなかった。傷は治らないし、痛みは忘れられない。だけど……今、僕は痛みは感じない。締め付けられるような痛みも、傷つけられた時の痛みも、苦しみも辛さも全部、全部消えた。のに。それなのに。怖さだけが、……消えてはくれない。今も、昔も、ずっと怖いまま。だから、僕は……

「あっ…!」

 金神かながみさんが手を伸ばす。その先に風に躍る黄色のリボンの麦わら帽子。急いで帽子を取りに行こうとするのに、金神かながみさんは僕の腕を離さなかった。離して、くれなかった。

 涙がこぼれそうになった。腕を離してくれないだけなのに。僕はここにいる。そう言ってくれてる気がしてどうしようもなかった。自意識過剰が過ぎて気持ち悪いだけなのにさ。

 ふと目の前の金神かながみさんの髪が目に入る。……………あれ…?金神かながみさんの髪って……

「黒じゃなかったっけ…?」

「っ…………。」

 金神かながみさんがらしくなく、顔を歪めて……止まった。

「あぁ………こ、これ、ねぇ…。」

 あからさまに狼狽える金神かながみさん。あぁ困らせることなら、言わなきゃよかったなぁと思いながらもふと頭に浮かんだ言葉を口に出していた。

「黒もいいけど金も金神かながみさんっぽくていいや。似合ってる。」

 泣きそうな顔をした金神かながみさんに僕は慌てる。これだから僕はいつも口をつぐんでるのに。肝心なとこでダダ漏れなの馬鹿がすぎるだろう…。

「ごめ、そういうつもりじゃな……あ、いやあの…。」

「……………………。。」

 麦わら帽子が落ちた。

 金神かながみさんは黙ってしまう。慌てふためく僕に背を向けて、俯く金神かながみさんは麦わら帽子を拾う。

「………………う…。」

「………ごめん…。もう一回言ってもらってもいいかな…?」

「ありがとうっ!」

 心配していた僕を他所に、振り返った君は笑っていた。麦わら帽子を抱えて、陽の光を受けてより一層輝く髪を靡かせて。

 ホッと胸を撫で下ろす僕に君はまた俯いてしまう。途端に当たりが暗くなった気がする。

「…………どうして、なんで色が変わったのかって……聞かないの…?」

「え…えっと………。」

 不思議ではあるけど……誰だって隠したいことはある。嫌がるものを無理矢理に聞くほど僕は堕ちてはいない。………もし今、ここに他の人がいたとして、その人がその理由を知っているのなら話は別だけど…。勝手に友達だと吹聴しといて僕だけ仲間はずれとか嫌なことこの上ない。

「………そ、っか…。やっぱり優は優なんだね。」

 一人納得したように頷いて、金神かながみさんは僕の手を取る。

「ありがとね、本当。よかったら……なんだけど、私の話、聞いてくれないかな…?」

「………金神かながみさんが話したいのなら、僕は聞くしかないよ。」

 僕は笑ってみせる。僕に聞く資格があるなんて思えない。思わないから。だからもし話を聞くことが君の救いになるのなら、その時は僕も聞くよ。聞くしかできないけれど、いいことも言えないけれど、僕の気持ちを少しだけ軽くしてくれた君の願いは聞き届けたいから。

「……じゃあ話させて。」

 金神かながみさんはどこか恥ずかしそうに頬を赤らめてそう言った。

「あ、……で、でもっ!心の準備が必要だから明日、明日はどうっ?優のことだしどうせ暇だよね?ね!私、明日も優の家行くからっ!明日は優の部屋開けといてね!優がどれだけ嫌だって言っても絶対入るからねっ!」

「え………。」

 僕は顔を顰める。何が悲しくて一回り以上年の離れた女子ロリを部屋にあげなくちゃ………。

「さっさ、気にしないで竹馬の習得に専念し〜ましょっ!ほらほら、行った行ったぁ。」

 僕の顔を見て笑った金神かながみさんは僕の背を押して急かす。……人の顔見て笑うたぁいい度胸じゃねえか…あぁ?

 アハハと楽しそうに笑う金神かながみさんに僕も結局気が抜けてしまって笑ってしまう。……………こんな日々も悪くはない、かもしれない。


 で、竹馬はというと、まず乗るところから始め、金神かながみさんの支えありでやっと乗れたのは日が暮れ始めた時だった。………こんな小さい女子に支えてもらえないと乗れない、しかも乗るまでに何時間もかかったことが屈辱で屈辱で仕方がありません神様…。

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