第6話


6


庵司が俺を食い散らかす。


雪乃…と呼ばれる事に慣れなかった。

何故なら庵司はいつも悲しそうに名前をなぞるからだ。


『ここに越して来いよ。一緒に暮らそう』


出会ってから一か月。

庵司の簡単な言葉で同棲が始まった。

俺が自分の家を片付けて庵司の家に入る形で。それを申し出たのは意外にも彼の方だった。


それなのに、庵司は最初から俺に優しく無かった。

ただ、魅力的な事だけは確かで、俺はいつの間にか…いや、最初からすっかり惚れていたんだろうと思う。

気付いたら、庵司が全てだった。


誰にもカミングアウトする事なく生きて来たから、俺にとっては庵司が初めて出来た彼氏だった。

風俗や、出会い系アプリを使って一時的に身体を満たす事はあったけど、日常に本当の自分がある事なんて、無かったんだ…。

いつも偽り。

仮面の毎日。

女が好きな男を演じて…いつか街行く家庭を持つ父になるようにサラリーマンを勤める。

そんな毎日を


庵司は一瞬で壊してしまった。


仕事が終わって家に帰ると、庵司は咥え煙草で、コーヒーを淹れているところだった。

『お帰り。』

「…ただいま。ご飯、すぐ作るよ」

『雪乃…』

スーツを脱いでハンガーにジャケットをかける俺の後ろからハグをしてくる。

「庵司…」

『下、脱げよ』

「帰ったばっかだよ。シャワーだけでも…」

庵司の手は後ろからベルトを緩め、スラックスを引き下げた。

『雪乃、言う事聞けるだろ?』


庵司は   我儘だ。


そして、狡い。


冷たい目で睨みつけたかと思うと、まるで赤ん坊のように弱みを見せてくる。

俺が守らなくちゃ、生きて行けないんじゃないかとさえ、錯覚する。


同棲して一か月が経つ頃、庵司に家賃の支払いを迫られた。

一緒に住んでいるわけだし、勿論支払うつもりでいた。

折半。それが俺の漠然とした考えだった。

だけど、庵司は全額を要求した。

仕事を見つけるまでだから…

理由はそんな簡単な事で、俺はそれを承諾したんだ。

庵司が仕事をしていないのは薄々勘づいてはいたけれど、この時にやっと確信に変わった。


『雪乃が雪乃らしく生きられるようになったのは、俺のおかげだよな?』


俺が俺らしく…

その通りだった。

男として、男に恋をして、SEXをして、共に暮らし、愛に生きる。

諦めていた全てを庵司がくれた。


庵司は俺の全て。

馬鹿みたいに、初めての恋愛にズッポリハマって、もう身動きはとれなかった。


毎夜毎夜、庵司に触れて貰い、



俺は揺れて  喘ぎ狂う。




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