最終話 元祖クールな母ですが。

「ただいまっ!」

 街に蔓延る女の子たちから逃げ切り、やっとの思いで僕は自宅に辿り着いた。かなり声を張り上げたと思うけれど、返事はない。寝ているのかな? 僕が首を傾げている間にも、リンは鍵とチェーンで厳重に施錠していた。

「変ね。悠哉のお母さん、まだ寝ているのかしら」

「え? こんな真っ昼間から?」

「日々のお仕事で疲れが溜まっているのかもしれません」

「専業主婦だけどね?」

「全国の専業主婦に謝りなさい!」

 はいはい、と軽くレーナをあしらい、リビングからお風呂場まで順に探していく。けれど、見つからない。

「……お風呂、狭いですね」

「え? なにかいった?」

「いえ、なんでもございません」


 残すは二階だけだ。二階は僕の部屋以外は物置部屋になっているため、もしも待ち伏せているのならば僕の部屋だろう。

 約一週間も家を留守にして、レーナを使ってまで僕を探すなんて、さぞかし怒っているだろうな……。でも。それよりも。彩菜が待っているという展開が一番怖い。

「なに怯えてるのよ。さ、開けるわよっ」

「あっちょ、レーナ!」

 無情にも開かれる部屋の扉。待っていたのは、冷たい眼差しを浮かべる母の姿だけだった。

「よかった……彩菜はいないみたい」

「喜ぶのは早計ですよ」

 リンの言葉に、僕は固唾を飲んだ。そうだ、まだどこかに隠れている可能性がある。常に周囲に気を配って――

「ねえ」

 母は、固く結んでいた口を開いた。

「……今までどこに行ってたのか、聞かないでおいてあげる。だけど、何か母さんに言うことがあるんじゃない?」

「え……? あっ……た、ただいま」

「はい。おかえりなさい、悠哉」

 長らく忘れていた安心感。実は、僕がクールな女性が好きなのはこの母のせいなんだ。普段は決して優しいとは言えない母だけれど、……弱っているときにかける鶴の一声が僕をダメにしているんだ。それを知っていてか否か、母の愛をあまり感じず落ち込んでいる僕にアイウィスを買うお金をくれた。

 気づいたんだ。リンは恋愛対象じゃなくてお母さん、いやお姉さんのような存在だって。

「そういえば、そちらのメイドさんは誰? この前は彩菜ちゃんを家にあげて、今度はレーナちゃんまであげるのね」

「自己紹介が遅れて申し訳ございません。私、悠哉様のメイドをさせていただいているリンと申します」

「おばさん、勝手に上がってごめんなさい!」

 いいのよ、と母は礼儀正しく頭を下げる二人に手を挙げた。

「あなたたちは何も悪くない。でも悠哉……あなた、この短期間で三人も女の子を連れ込むだなんてやりすぎじゃない?」

「あ、えっとこれは」

「言い訳は聞きたくないの。あなたはお母さんだけ見ていればいい。他の女の子のことなんか見ちゃダメ」

 とんでもない毒親発言――――。僕の大好きだったクールな母はヤンデレ……というか、メンヘラっぽくなってますね……。

「前はそうしてたよ………でもね母さん。僕にはもう、好きな人ができたんだ!」

「そう。ならその子を悲しませないようにちゃんとしなきゃダメね」

 てっきり包丁でも出されるかと思ったけれど。母はため息をつき、立ち上がった。

「母さんは少し出掛けてきます。だからあなたは……正直になりなさい」

 そう言って、母さんは部屋を出ていってしまった。逃亡生活は、あっけない最後を迎えた……けれど、僕にはまだやることが残っている。

 母さんの言う通り、僕は自分の気持ちを正直に吐き出さなくてはならない。

「レーナ、ちょっと聞いてほしいことがあるんだ」

 なによ、とツン全開のレーナ。言葉を発しなくとも、クールなリン。

「この3日間、ありがとう。僕に立ち上がる勇気をくれて。色々面倒もかけちゃったし」

「……ふん、いいわよそんなの。ほら、あんたの大好きなクーデレメイド様が待っているわよ」

「そのことなんだけど……」

 僕はレーナに向け、腰を直角に曲げた。

「君の気持ちを無下にするようなことばかりして、本当にごめん。でも、今なら言える……君が好きだ!」

「えっ!? き、急になんの冗談よっ」

 レーナは頬をピンク色に染め、あたふたと動き回った後に手で顔を隠していた。

「あんたが好きなのはリ、リンさん……でしょ? なのに、なんの真似よっ」

「『好き』と『タイプ』は違うんだ」

 目を丸くするレーナ。妙に納得したように、リンは頷いていた。

「ご主人様の仰る通りです。私は私の気持ちなど考えず、命令を下してくださる方がタイプですが、素直で甘えてくれる、頼り甲斐のないご主人様が好きでした」

 そんな設定つけたっけ僕? というか、もしもリンを粗末に扱うような冷徹な男になれば僕はリンと結ばれることができたのか……きっと、「でした」もそういうことなんだろう。

「今のご主人様は自信に満ち溢れているので恋愛対象としては見ておりません。あくまで主人とメイドという主従関係です」

 あーなるほど。リンはダメ男が好きなんですね、はい。リンに傷を負わせて、治療もせず洞窟に籠りっきりだったあのシチュエーションはリンにとってのご褒美だったんだね……謎に好感度が上がっていたことも納得、納得。

 今のリンの好感度は72。人として、家族として僕のことを好いてくれているということだろう。

 僕の無謀な挑戦は失敗……だけれど。

「ばっ……ばかねっ! 私は好きもタイプも、全部同じよっ!」

「どういうことでしょうか」

「っ……私も悠哉、あんたのことが好き! なの! 昔から、いつまで経っても! でもあの時の私に対する仕打ち……一生かけて償ってもらうんだから、覚悟しておきなさいよねっ!」

 ええーと、きっと壮絶なツンデレの勉強をしたんだろうな……。僕は恥ずかしがってそっぽを向くレーナの手を取った。

 暖かくて、柔らかい……彼女の好感度メーターには、大きく『計測不能』と書かれていた。

 僕の『クーデレメイドと結ばれるためにヤンデレと化した女の子たちから一週間逃げる生活』はこれにて終演。これまでの選択、出会い、決意――それらが僕とリンの物語に終わりを告げたのだ。


 かくして、僕らは結婚式を迎えた。彩菜は20代後半になった今でも、僕のような良い人を探しているらしい。

「ほら、時間ですよお二人共」

 リンはこうして今でも、僕たちのメイドをしてくれている。言葉の距離は縮まったかもしれない。

「さ、行こっ。悠哉」

「そうだね、行こっかっ」

 僕とレーナ。黒い正礼装と純白のウェディング姿の二人は、輝く先へと向かっていくのだった。

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クーデレ好きはヤンデレに追われたい! 今際たしあ @ren917

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