皆既日食

第11話



教室の中が朝から何となくざわざわしていた。運動場では、カメラをもったお父さんやお母さんの姿もちらちらしだした。

 ぼくらは、先生から黒いフィルムを配ってもらって、日食観測用のサングラスを作っていた。

「このボール紙の目の部分をくりぬくんだぞ。

そしてこんなふうに二枚の間に、このフィルムを二枚重ねてと、輪ゴムをここに通してっと」

香川先生の上げた手がだんだん下りていく。

ぼくは、先生の手が見えなくなって立ち上がった。

 先生はそんなことおかまいなしで、いっしょうけんめいボール紙のサングラスに輪ゴムを通していた。

「ほらできた」

 先生はうれしそうにサングラスをかけて、どうだというように腕を腰にあてた。

「にあうか? ウルトラマンになった気がするなぁ。シュワッチ、なんちゃって」

 先生は一人ではしゃいでいた。

 いいなぁ。ぼくもはやく作ろう。

「それにしてもちっとも見えんな」

 先生は窓から、空を見上げた。

「お、見える見える。太陽が見えるぞ。みんな、早く作れ」

「先生、輪ゴムのあなはどの辺にあけるんですか?」

「先生、ぼくの輪ゴムは?」

 教室の中がさわがしくなった。

「ああ、輪ゴムか? これこれ。あなはこの辺かな」

 先生はサングラスを取って、ぼくたちの間をうろうろしながら、一人ずつ説明して回っていた。

「先生。テレビで、日食を直接見ないようにって言ってましたが、だいじょうぶなんですか?」

 まゆみが手をあげて聞いた。

「だいじょうぶ。だいじょうぶ。こっちの人には宗教的なこととかいろいろあって、まずいらしいけど、ぼくたちはだいじょうぶだろう。だいじょうぶだと思う」

「うちのメードさんなんか、朝から窓に板をはってたいへんやったわ」

 友里が言った。

 ぼくんちのアニスもカーテンを閉め切っていたなとぼくは思った。

「ぼくも運転手さんに、さっき聞いたけど、ぜったい見ないって言ってた。ほんとにだいじょうぶかなぁ」

 卓也がたよりない声を出した。

「クククク……」

 ぼくのとなりで真一郎が笑った。

「なに笑ってんだよ」

「悪魔が出てくるかもな」

 真一郎がぼくだけに聞こえるように言った。

いやみなやつ。悪魔の話をぼくらが本気で信じているとバカにしているんだ。

「本当に出たらどうするんだよ」

 ぼくが言った。

「ぜひとも、写真に取りたいね。出てきそうだったら言ってよ。ぼくのお父さんはこの日のために、すごいカメラを日本から持って来てもらったったんだから。写真ができたら日本に帰ってみんなに見せてやるよ。みんな大喜びすると思うな。クククク……」

 真一郎は、顔を肩にうずめるようにして笑った。

「何にも知らないから、そんなこと言ってられるんだ。この国は不思議な国なんだからな。いつもどこかで不思議なことが起こってるんだ」

「不思議な国にいる人は不思議な人ですね。オオ、不思議なことって大好き」

 信じてない。信じてない。真一郎はぼくを完全にばかにしている。ぼくだって、本当に悪魔が出てくるなんて信じちゃいないけど、でも不思議なことって、ないっていいきれないじゃないか。

「こら、そこ、何をけんかしてるんだ」

 先生がこっちを見た。

「祐介が太陽がかくれたら悪魔が出てくるって、おどかすんです」

 ああ、ばかやろう。そんなこと言ってないじゃないか。

「祐介、それはちょっとマンガの読みすぎじゃないか」

 さっき、シュワッチなんてやってた先生に、マンガの読みすぎなんて言われたくないなぁ。

 ぼくは真一郎にベーッとしたをつき出した。

「わかった、わかった。ほら前を向いてろ」

 香川先生はぼくの頭をわしずかみにして前を向かせた。

「みんな、サングラスはできたか?」

「はぁーい」

「じゃ、そろそろ運動場に出るぞ」

 ぼくらは、がたがたとイスの音をさせながら立ち上がった。

 ろうかに出ると真一郎が、またぼくを見て笑った。

 ぼくはもう頭に来た。ぼくは真一郎のそばへ行って、言ってやった。

「悪魔って、どんなやつをねらうか知ってるか?」

 真一郎はぎくっとしたようにぼくを見た。

「ひとりぼっちのさびしいやつさ。仲間みんなに嫌われて、遊んでももらえないやつにつくんだ。だれのことかわかるだろ? そんなやつここには一人しかいないもんな。ハハハ、気をつけたほうがいいよ」

「忠告、ありがとう。迷信家!」

 かわいげのないやつ。ふん! ぼくはギュッと顔をしかめて運動場に飛び出した。

 運動場のはしっこのほうで、先生たちとインドネシア人の職員さんたちが、何かいっしょうけんめい話していた。

 ぼくがそばへ行くと、真一郎もぼくの後ろからやってきた。

「何、言ってるの?」

 真一郎がぼくに聞いた。

 ぼくはだまって、先生たちのほうを見た。

「今日の太陽を見ると目がつぶれます。太陽の消えるところを見ると、あとで災害が起きると言ってます」

 通訳の先生が言った。

「そんなことはないですよ。これは自然現象で、悪魔や神様がすることではないんです」

 理科の先生は、持っていた本を広げ、太陽と月の関係をくわしく説明した。

「そんなことはわかっていますよ。でも神様のおつげがあったというのです。自然現象は自然現象。神様のおつげはおつげです。太陽の消えるところは絶対見てはいけない。すぐにみんなを学校の中へ入れた方がいいと思うのです」

「こんなこと、信じられない」

 先生たちの話を聞いていた真一郎がつぶやいた。

 ぼくも信じられなかった。今は宇宙に人間が行くんだよ。そんな時に、大人が本気でぼくらに日食を見るなって注意をするなんて……。

 先生と現地の職員さんとの話し合いは三十分ぐらい続いていた。

「ああ……」

「おお……」

運動場に集まった日本人の中から、ため息とも歓声とも言えない声があがった。

 とうとう太陽がかけはじめた。

 運動場には百五十人ほどの日本人が集まっていた。その人たちが全員空を見上げている。

現地の職員さんは、おろおろしながら「それでは、私たちは部屋に入らせていただきます」と言った。

 現地の職員さんや運転手さんたちは、だまって空を見上げながら校舎のなかに入って行った。

 

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