第12話
ぼくはふっと真一郎の姿を見た。真一郎はそれまでに見せたことのないような眼差しで、職員さんたちの後ろ姿をずっとおっていた。
少しずつ、太陽が黒く蝕まれて行く。
と、同時に風が強くなった。空の雲がだんだん流されていく。これから大パノラマの幕が開けられるんだ。
空にはもう太陽と月だけしかない。黒い月と白い太陽。
ふうっと、あたりが暗くなった。太陽がもうほとんど黒くなっている。
黒い太陽のまわりに、赤い点が、一つ二つ見えた。
バシュッ! 巨大なフラッシュがたかれた。小さな太陽のかけらが消されるのを嫌がっているかのように猛烈に輝く。強い風がザザーッと通りぬけた。
次の瞬間、真っ黒になった太陽のまわりに真珠色の光がヴァーと広がった。
だめだ。
ぼくはなぜか下を向いてしまった。何か変な感じがするんだ。何かよくわからないけど、涙が出そうな気持ち。今はたしかに昼なのに夜なんだ。明るいのに真っ暗なんだ。こんなことってよくわかんないよ。こんなことが本当なら何でも本当になるじゃない。ぼくの知っていた昼ってなんだったの。夜ってなんだったの。いやだなぁ。なんかいやだなぁ。とっても静かで……。
どうしてこんなに静かなの。こんなに人がいるのに。日食に気を取られて動くのも忘れるってこともわかるけど、……。いや、何となくちがう。みんなのからだも腕も、指も、息も止まっている……。
ああ! 時間が、止まってるんだ。
ぼくは?
ぼくの時間も止まっているのだろうか?
ぼくは、指を動かした。動く。動いている指が見える。両腕を上げる。なんなく上がった。ぼくの時間は、止まって無いようだ。安心していいのか、心配すべきなのか、よく分からない。
あっ! 何か動いた。
みんなが止まってしまっているあいだを影のようなものが、スススと走った。
何だろう?
ぼくは、影をじっくり目でおった。
「何見てるんだ」
影かがぼくに近づいてきて文句を言った。
影が、しゃべった。それも日本語で。これは、人間か動物か、いや、それよりも生き物かどうかもわからない。ぼくの頭の中がパニックっている。
「君は、何?」
ぼくは聞いた。
「何って……。オマエは本当にオレが見えるのか?」
「見えてるよ」
「ああ、マズった!」
影は、頭をかかえてうずくまってしまった。
「太陽が出ていたはずだよな。なんで急に夜になるんだ」
影は、頭をかきむしっているように見えた。
「どうしたの?」
この影は、なぜかぼくに危害をあたえそうにないように思えた。
「おいオマエ、今は、昼か夜かどっちだ」
「昼だよ」
「なんでこんなに暗いんだ」
「日食なんだ」
「日食? なんだ、それは?」
「太陽が月に隠されてしまったんだ」
「ええ! という事は、もう二度と昼は、明るくならないのか?」
「時間がたてば、また太陽が顔を出すはずだよ」
「どれぐらいの時間だ」
影にそう聞かれて、ぼくは困ってしまった。確かに時間が過ぎれば日食は終わり、太陽の光がまたさしてくるはずなんだけど、今、時間が止まってしまってる。いつになったら時間は、動き出すのか。どうすれば時間が動きだすのか。こんなわけのわからない影と二人でわけのわからない話しをし続けるのは、いやだ。
「わかんないよ!」
ぼくは、叫んだ。
「わかった」
ぼくがわからないと言っているのに、影はわかったと言った。
「何がわかったんだよ」
「太陽の光で、われわれは人の目をのがれていたのに、急に夜になったから、人の目にオレはさらされてしまったんだ。注意深く姿を消していたのに、ミスった」
また、影は頭をかかえた。
「だから、キミは、なんなんだよ」
ぼくは、イライラしながらもう一度聞いた。
「オレさまは、悪魔だ」
悪魔と名乗った影は、偉そうに腰に手を当てて胸を張った。
「悪魔?」
「そうだ」
悪魔がそう答えると、影が濃縮されて小さい悪魔の形になっていった。それも、東南アジアの悪魔じゃなく、マンガに出てくる耳のとがったシッポをもった黒い悪魔だ。それしても小さい。小さいから、悪魔と言われても、少しも恐ろしさは感じなかった。
「本当に悪魔なの?」
「そうだ」
悪魔は、ぼくを見上げて言った。
「本当?」
「ごちゃごちゃ言うんじゃない。オレが悪魔じゃないなら、なんだというんだ」
「ここは、東南アジアだよ。そんなマンガに出てくるような西洋の悪魔なんて、変じゃない?」
「うるさい。おまえに取り憑いてやろうと思ったのに、姿を見られたら取り憑け無いじゃないか。おまえ、日食って、今、言ったよな。この黒い太陽がわるいのか? ふーん。たしかにな。なんだ、この自然現象。昼と夜のごちゃごちゃごちゃ加減……。ああ、理解に苦しむ」
ぼくは、悪魔も苦しむことがあるんだとすこしおもしろかった。
「ねぇ、しってる? 皆既日食の時に悪魔が出て来るって話」
ぼくが聞いた。
「知るわけないだろう、そんな話。オレたちは、いつもどこかにちゃんといる。ただ、人間には見えないだけだ。こんな自然現象の時だけ出てくるわけじゃない」
ぼくは、へぇ、そうなんだと思った。悪魔は、皆既日食だから出て来るわけじゃないんだ。迷信で出てくるんじゃないんだ。でも、不思議なことに悪魔は、ちゃんと目の前にいる。
「そうなんだ。アニスが言ったとうりだ……」
ぼくはつぶやいた。
「アニス? ああ、あのおばさんか。あいつは、嫌なやつだな」
「知ってるの?」
「ああ、知ってるさ。いつもオレたちの邪魔をしやがる。神を信じているから、タチがわるいんだよな」
ぼくは、アニスがいつも言ってる「悪魔はどこにでもいる」という言葉を思い出した。だから、ふっとした瞬間に事故をおこしたり、病気になったりするということも悪魔の所為だという。
そこまで考えて、ぼくは目を見張った。
「さっき、おまえは、ぼくに取り憑こうとしてたと言ったよね」
「ああ、言ったよ」
「どうして?」
「理由はない」
理由は無いなんて気軽に言われても困る。
「いい加減にしろよ。なんで人間に取り憑いたりするんだよ」
「それが悪魔の仕事だもん、仕方ないだろう。オマエに取り憑いて、仲間割れをさす。仲間割れしてる姿がオレは大好物なんだ」
悪魔は、うっとりほほえんだ。
「大好物なんて、気持ち悪いことをいうな。でも、ぼくはもうおまえの正体を見てしまったから、ぼくには取り憑いたりしないよな」
「まぁな。オマエの心の中に入るのは少し骨が折れそうだな。いいところまでいってたんだがなぁ。それにオマエの近くにはアニスがいるんだろ。アイツは神を信じている。そういう人間は、面倒くさいからなぁ。こんな日食が無かったらオマエに取り憑くなんて楽ちんだったんだがなぁ。まぁ、いいか、やっぱりオマエに取り憑く」
悪魔は、キッとぼくをにらんだ。
「やめろ!」
「いやだ。オマエに取り憑いてやる」
「やめろ。ぼくに取り憑いたら、アニスにいいつけるぞ。そしたらすぐに助けてくれるよ。もう、ぼくは、おまえがアニスに弱いらしいということを知ってしまったからな」
「な、何言ってんだ」
悪魔がブルっとふるえた。
「ぼくにはアニスがついてるんだ、おまえなんてすぐに追い払ってしまうさ」
「うーん」
悪魔は考え込んで、黒い太陽をにらんだ。
「ほら、ぼくよりあいつはどう?」
ぼくは周りを見渡して、校舎の横にぽつんと一人で立っている真一郎を指差した。
「ほ、ほう。いいね」
悪魔がニヤリと笑った。
ぼくは、しまったと思った。本当に真一郎に悪魔が取り憑けばいいと思ったわけではない。
「や、やめろ!」
「どうしたの?」
浩司の声がした。
浩司の顔が、曲がり角で出くわした人のように突然現れた。
ぼくの腕を浩司がしっかりにぎって言った。
「日食、終わったよ」
「えっ」
ぼくは太陽を見上げた。
ワァ! まぶしい。
「真一郎は?」
ぼくはなぜか真一郎が心配になった。
「あそこ」
浩司の指の先に、真一郎がひとりポツンと立っていた。
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