第3話



  真一郎のおかげで、ぼくの楽しかったI国の生活もだんだんつまんないものになってきた。だって、今までだと、だれかが何かをしようと言ったら、みんなでいっしょにやってこれたんだ。なのにそういう話がでると決まって、鼻で笑うやつがでてきたんだよ。

たとえばさ、土曜日の夜にどこかの家に集まって勉強しようなんてことを言いだすじゃない。すると「ぼくはもうすぐ日本へ帰るから、そんなこといいよ」なんて言うんだよ。それもふふんて笑ったあとでさ。まったく、やなやつ。

真一郎は本当にやなやつだったけど、日食のことになるとがぜん興味をしめした。

真一郎はいつでも、ぼくらと日食の話をしたがった。でも、ぼくらはその話だけはするものかって、みんなで相談したわけじゃないけど、そう思っていた。

「今度の日食さぁ」

「何だよ」

業間の休み時間、とうとつに真一郎に話しかけられたぼくは、つっけんどんに答えた。

「皆既日食なんだよなぁ」

真一郎は、最後の言葉を誰に言うでもなくこそこそと言った。

「カイキニッショク?」

ぼくは思わず聞き返していた。

六月に日食があるってことは、真一郎がここへ来る前から、ぼくらの中でも、かなり話題になっていた。でもそれは『日食』というぼんやりとしたもので、太陽が月にかくれるんだっていうぐらいのものだった。そこに始めて聞く、いや、どこかで聞いたことはあるような気はするが、カイキニッショクっていう科学的な言葉に、ぼくは反応してしまった。

「知らないの?」

真一郎がうれしそうな顔をした。

ぼくはしまった、と思ったけれどもうおそかった。

「日食にはさ、皆既食と金環食と部分食っていうのがあるの。本当に知らないの?」

 真一郎は、ニヤニヤしながら聞いた。

「知ってるよ。くわしくは知らないけど」

ぼくは口をとがらせた。

ぼくがだまっていると、真一郎は続けて話しだした。

「部分食っていうのは部分的に太陽がかくれるやつで、皆既食は全部かくれるやつ」

「全部かくれるって、夜になっちゃうの?」

しまった、また、聞いちゃった。

「夜とは少し違うみたい。でも、その時は星が見えるって言うんだ。皆既食もすごいと思うんだけど、金環食も見てみたいなぁ」

真一郎が夢でも見ているような、気持ち良さそうな顔をした。

くやしいけど、もういい。ぼく、次ぎ聞いちゃうもんね。

「キンカンショクって?」

「太陽の縁がリング状に見えるの」

「へぇー」

ぼくは感心してしまった。

「何感心してんだよ」

卓也がぼくの頭をぽかりとたたいた。

「こいつが次ぎにいう言葉は、決まってんだろ。それが終われば、ぼくは日本に帰るんだ、だろ。どうぞどうぞ、お帰りください。さようならー」

卓也は両手を広げて飛行機の飛ぶまねをしながら、教室を走りまわった。

 それを見て、みんなはギャーギャー笑った。

ぼくはちょっと真一郎がかわいそうになった。さびしそうな顔をしていたら、ぼくが友だちになってやってもいいなぁ、て思って真一郎を見た。そしたらさ、またからだだけ置いて心が日本へ飛んでちゃった顔してるの。もちろん平気な顔してるっていうことだけど。

 ほんと、こりないやつ!

「おまえ、本当に知ってんのか?」

卓也飛行機が真一郎の前で止まった。

「何だよ」

「日食のことさ」

真一郎なんて、ほっとけばいいのに卓也もこりないやつ。

「知ってるよ。ぼくはそれを見るためにこんな所まで来たんだもん」

「こんなとこでわるかったなぁ」

「そんなこと言ってるんじゃないよ」

「それじゃ、言ってみな。その時、何がおこるか」

「月が太陽をかくすんだ」

「だからそうなると、どうなるかだよ」

卓也が、いどむように真一郎のほうに身をのりだし、ドンと机に手をついた。

「今回の日食は皆既日食で、五分以上続くっていわれている」

「それだけ?」

「それだけって、どういうことだよ」

卓也はニヤニヤ笑ってる。

ぼくは、この先どうなるんだろうとどきどきしていた。

「日食のとき、何が起こるか……?」

「太陽がかくれて、コロナが……」

「だからそうなると、どうなるかだよ」

卓也がグィッと真一郎のほうに身をのりだした。

「教えてやろうか」

「何だよ」

「この国では太陽がかくれると」

 卓也は、言葉を切った。

「かくれると、何だよ」

「悪魔が、でてくるんだよ。ほんものの悪魔だ。よーく、おぼえとけ」

ガン、卓也が机をけった。

  ぼくらは、それが合図であったかというように、それぞれの席にもどっていった。

 その時、ぼくは何が窓からこちらを見ているような気がした。それが何か、その時のぼくには考えも及ばなかった。

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