第2話



香川先生がふり返って「入って」と言った。

やっぱり、転校生がいるんだ。ぼくらはビビッと緊張した。

背の高い香川先生の後ろから姿を現したのは、真っ白のポロシャツを着た男の子だった。

香川先生の肩ぐらいの背で、ぼくより少し高いみたいだけど、シャツから出たうでは関節の骨が見えるほど、ほそかった。下むきかげんの顔からうわ目づかいで、ぼくらを見ている。

ぼくらは、なにか嫌な感じをうけて、じっと転校生を見ていた。

「何をぼんやり見てるんだぁ」

先生はみんなの顔を見わたして言った。

「起立!」

まゆみが思い出したように号令をかけた。

「おはようございます」

「おはようございます。今日は、新しい仲間を紹介します。名前は石上真一郎君。きのうこっちへ来たところだそうだぁ。お父さんはこっちに単身赴任されて長いらしいけど、真一郎君は初めてだそうだから、みんな、いろいろ親切に教えてあげてください」

「はぁい」

みんなは、さっきの嫌な感じをふりはらうように、いい子の返事をした。

香川先生は友里のほうを見て言った。

「そっちから自己紹介してくれるかぁ」

友里がちょっともじもじしながら立ち上がって「笹谷友里です。趣味はマンガ」って言って、ペロッて舌を出した。

「私、渡辺まゆみ、よろしくね。今、テニスにこっています」

 まゆみがストンと座って、つづいて香織。

「松山香織です。趣味は、ピアノを弾くことです」

「ぼく、近藤卓也。趣味はゲーム。家はちょっと遠いけど、家に卓球台を置いたから、遊びにきてください。おわり」

「池田浩司です。趣味って別にないんだけど、まぁ言えば、勉強かな」

みんな、よく言うよってげらげら笑った。

「おまえの番だよ」

浩司がちょっとてれながらぼくを押した。「織本祐介。ぼくも趣味ってないけど、ここでは一年中泳がされるので、水の中につかってるのが好きになってしまいました」

ぼくらは、新しい仲間に、特別の笑顔をつくって、次々と自分のことを話していった。

本当ならその時から、ぼくらも気づくべきだったんだ。真一郎が何か変だってことを。

真一郎は、さぁっとみんなの顔をながめると、ハイビスカスの花が見える窓のほうに目をそらしたんだ。その時は、ただ真一郎がはずかしがているだけなんだと思っていたんだけど、そんなこと、ふつうはしないよな。

先生が「おまえもあいさつしろ」って言っても、真一郎はぺこって頭をさげただけなんだ。

「おまえな、名前と興味のあるものぐらい言えよ」

先生が、真一郎の態度を見かねて言った。

「石上真一郎。趣味は、無い」

真一郎はそう言うと、急にかかってこいというように、ぼくらをにらみつけた。

「もう、しかたないなぁ。ほら、祐介のとなりが、おまえの席だ」

先生が、ぼくのとなりに真一郎を座らせた。

真一郎はちらっとぼくを見ると、すぐにぼくを無視した。

「始める。教科書、二十三ページ」

先生はいつものように授業を進めた。

けれど、ぼくはとなりが気になって授業どころではなかった。何か真一郎から変なエネルギーが出ているんじゃないかと思うぐらい、ぼくのからだの右半分がぴりぴりしていた。


一時間目の授業が終わって、当然のように真一郎の回りにぼくらは集まった。

「ねぇ、家、どこ?」

まゆみが、あいさつがわりに聞いた。

「ヒガシ通」

真一郎がぶっきらぼうに答えた。

「あっ、ぼくの家の近くだ」

ぼくは、うれしくなってさけんだ。

「そう。それがどうした?」

「どうしたって、近くだったらいつでも遊べるじゃないか」

「そう、そういうことか。でも悪いね。ぼくは長くこんな所にいる気はないんだ。日食が終わったら日本へ帰るんだ。ぼくは中学受験があるから……。君たちは、こんな所にいて、どうするわけ?」

ぼくらは、ぽかんと口を開けたままつっ立ってしまった。


ぼくは受験のことなんか考えていない。けれど、日本に帰ることは本気で考えている。早く帰りたいという気持ちはうそじゃない。でも、日本へ帰るという言葉は、ここではかんたんに使ってはいけないんだ。友だちが日本へ帰るって聞いたときの何ともいえないうらやましさと、さびしさを、ぼくらは何回も経験しているんだ。

「じゃ、あなたは日食を見るだけのために、ここへ転校してきたっていうの?」

まゆみが信じられないというように、まゆをひそめた。

「そういうこと」

「いやなやつだな。受験だってさ。ぼくはそんなことより、この国で思いっきり楽しむよ。受験なんて、バカみたい」

卓也が、ぶらぶらと自分の席にもどっていった。

「ええ、楽しむ? 信じられない。やっぱり塾の先生の言ってたとおりだ。こんな所にいたら緊張感がつづかないんだ」

真一郎のつぶやきを聞いたまゆみが、長い髪をさらりと手で振り払いながら言った。

「そうね。あなたの言う通りだわ。ほんと、あなた、バカみたい。ちょっと考えたらわかるはずよ。本気で受験を考えてるなら、この時期に日本を離れるわけないじゃない。不利なのが分かっていてここに転校してくるなんて、信じられないわ。あなたは、きっと本気じゃないのよね。笑っちゃうわ」

「なんとでも言え。ぼくは、君たちとは違うんだ。日食が終わったら、こんな所にはいない。すぐに日本に帰って、受験するんだ」

 真一郎が顔を真っ赤にして言った。

 ぼくは、何かおかしいと思った。あれだけクールにふるまっていたやつが、こんなに興奮することなんだろうか。ひょっとして真一郎は、何か隠してるのではないかと思った。

「こんなとこで悪かったな。おまえ、ほんとうに日食のことを知ってんのかよ」

 卓也がつかつかと真一郎に近づき、ドンと机に手をついた。

「知ってるさ。月が太陽をかくすんだ。今回の日食は皆既日食で、五分以上続くっていわれている」

「それだけ?」

「それだけって、どういうことだよ」

卓也はニヤニヤ笑ってる。

ぼくは、この先どうなるんだろうとどきどきしていた。

「日食のとき、何が起こるか……?」

「太陽がかくれて、コロナが……」

「だからそうなると、どうなるかだよ」

卓也がいどむように、真一郎のほうに身をのりだした。

ぼくは、ああそうかと思った。確かにこの国に来たばかりの日本人にはわからない。メイドさんたちがうわさしているあのことだけは……。

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