ぼくらの悪魔祓い

麻々子

転校生

第1話

 

バリ島といえば神々が住む島とかなんとかいわれているけど、それは本当なんだ。ちょっとした街角とか大きな木のかげとかには、神様が身をかくしているんだ。

それが神様だけならいいんだ。でも悪いことに、そんな所には悪魔っていうやつもちゃんとかくれていたりする。

そんなバリ島の伝説とよく似た伝説を持つ東南アジアの小さな国。ぼくはそんな国の日本人学校小学六年生だった。


野原の真ん中に、まわりをブーゲンビリヤやハイビスカスに囲まれた学校がある。これがぼくの通っている学校、S日本人学校である。

ぼくの名前は、織本祐介。S日本人学校の六年生。今年で五年とちょっと住んでいる。

S日本人学校には、お父さんの仕事の関係で、日本からこの国についてきた子供たちが通っている。先生は日本から来た日本人。教科書も日本と同じものを使っている。外国にいても、日本の教育に遅れないようにっていうことらしい。小学一年生から中学三年生まで、全校生徒五十人ぐらいの学校である。

ぼくのクラスは男三人女三人という小さいものだけど、みんな仲がよくて快適だった。ただし、あいつが転校してくるまでのことである。


その日、朝のチャイムがなったのに、ぼくらの担任の香川先生は、なかなか教室に現れなかった。

香川先生は、大学出たての若い先生。本当のことをいうと、日本では先生じゃないらしい。まあいわば、アルバイト先生だそうだ。

「その机、きっと転校生よね」

渡辺まゆみが、長い髪をサラッとゆらして、ぼくの横におかれている新しい机を指さした。

「女の子やろか?」

笹村友里が、目をいっぱいひらいて興味しんしんという顔をした。

「その、関西弁やめろよ」

近藤卓也が顔をしかめる。

「ええやん。関西出身やから関西弁つこてるだけやんか。九州出身の卓也がなんで九州弁しゃべらへんのか、私にはそっちのほうが不思議やわ」

「またやってる。だれが、どこの出身で、何弁使おうともいいじゃない。今、私は転校生の話をしてるのよ」

まゆみが、ふたりの中に割って入った。

「職員室には来てるはずだよな。ぼくのぞいてこようかなぁ」

卓也が、待ちきれないっていうように立ち上がった。

「やめなさいよ。校長先生に怒られるわよ」

まゆみが卓也の赤いTシャツをひっぱった。

いつも口数の少ない池谷浩司も、ちょっと引っ込み思案の松山香織も、笑っている。

まゆみ、卓也、友里、浩司、香織、そしてぼく。これがぼくのクラスの仲間たちだ。

ここでは友だちが限られているから、転校生があるときは、みんなうきうきしてどうも落ちついていられない。新しい日本の情報に触れられることも楽しい。どきどきしてたまらなくうれしくなる。

「ねぇ、今度みんなで、動物園に行ってみない? 転校生の歓迎会をかねて」

何かを提案するのはいつも、まゆみである。

「でも、おれ、三回も行ちゃったよ」

文句を言うのが卓也。

「ぼくも、三回行ったなぁ。祐介は?」

おっとりした口調で、浩司がぼくのほうにふりかえった。

「二回」

ぼくはサッとVサインを出した。

ぼくは、動物園にはここへ来てすぐに一回と、お母さんの友だちが日本から来た時に一回行っている。一回目は雨季だったので、道がぬかるんで気持ち悪かった。二回目は乾季だったけど、動物たちは昼寝ばっかりしていた。どちらにしても、ぼくには、動物園がおもしろいところという印象はない。

「朝早く行くとさ、コモドドラゴンがえさを食べるところが見られるんだって。すごいらしいわよ。迫力満点だって」

コモドドラゴンって、怪獣のごとき大トカゲって、旅行のカイドブックにでているやつ。

たしかに不気味だけど、あんまり動かないんだ。ぼくなんて、始め見たとき、丸太ん棒じゃないかって思った。形も色もにている。

「えさって、生肉なんでしょ。まゆみ、恐くないの?」

香織が顔をしかめた。

「生肉って、ひょっとして……」

 友里がそう言ったとき、教室の戸がらがらがらと開いて、担任の香川先生の姿が見えた。

みんなは、イスをがたがたいわせて、前に向きなおった。

教室に入ってきた香川先生は、相変わらずTシャツと短パン姿である。先生は参観日にもこのかっこうしているから、お母さんたちに、あまり評判がよくない。ぼくは、そのことを香川先生に言ってあげたことがある。

 すると、先生は「着るもんかえても、中身がかわんなきゃ同じだろう。それに、ここは暑い国なんだぜ。がまんしてスーツ着てる方がおかしいと思わないか? おれ、がまんするのはきらいなんだ」

て言いうと、ニッと笑ったんだ。

ぼく、よくわからなかったけど、「うん」ってうなずいて、へへへと笑っちゃった。確かにこの国の正装は、綿のシャツである。スーツは、ちょっと暑過ぎる。

でも、お母さんたちに評判が良くなくっても、香川先生の授業はとっても楽しい。

 機械の勉強だっていって、運動場に自動車を入れてぼくらに運転させてくれたり、中庭にカメレオンが出てきたというと、何の勉強をしていても理科の観察の時間になったりする。

 だからぼくらは、香川先生が大好きなんだ。

だけど、そんなぼくらが楽しいと思う授業のあと、香川先生は必ず校長先生に呼ばれるんだ。きっと怒られてるんだと思う。だって、自動車に乗ったときはぼくが運動場の金網やぶっちゃったし、カメレオンのときは毒へび捕獲作戦にまでエスカレートしちゃったんだもん。

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