3.試練

3.試練

 さて、そろそろ出発の準備を始めようかしら。


 今回は難解な事件みたいだね。


 ええ。移動時間も長いし、メライたちを連れて行けないけど、よろしくね。


 うん。こっちのことは気にせず、捜査に集中して大丈夫だよ。


 ありがとう。


夫の変化は一見わからない。子供の時から心優しく勇敢で頭脳明晰なのは、ほとんど変わらないのだが…。最初は"上"に洗脳されていると思っていた。独自に"上"のことを調べていけばいくほど、とんでもない事実が発覚する。一個人が挑むにはあまりにも高く分厚い壁。当然、最も頼りになる夫へ真っ先に相談したのだが、これまで見たことのない顔をしたまるで別人の男に豹変してしまった。しかし、その話題が終わればいつもの最愛の夫にすぐに戻る。だから、"上"のことを否定する者に反応するよう催眠がかけられているのかと推測したのだが、そうでもないようだ。洗脳でも催眠でもなく、ロンドは"上"を信じて疑わず、このままでは、いつ家族や周りの大切な人たちを傷つけることになるか分からない。この長期出張が終わったら、しばらく会社を休業にして夫と家族とだけ向き合う時間を作り、この最優先の問題を解決させると心に決めていた。


 慣れない土地だし気をつけて行ってきてほしい。あ、そういえば、資料にはまだ目を通せてないんだけど、どんな事件なんだい?


口角と目尻がくっついていると錯覚するくらい潔い笑顔だ。ほとんどの歯が見せ、眼球が一切見えないほどの垂れ目はいつも妻の心を和ませる。朝食後のコーヒーを楽しみながら、事件の話をすることは少なくない。妻が社長、夫が副社長を務める事件コンサルティング企業"エピソード"はオフィスを持たない。持つ必要がないのだ。全世界のクライアントとは直接出向くこともあればオンラインで面談もできる。それに、社員の"ほとんど"は家族で構成されていて、このように日々コミュニケーションを取ることは容易い。"上"からの100%出資で設立してから数年間、会計上どう処理するのかは不明だが、経費もすべて負担してくれている。さらには衣食住も保障されていて、社員は事件解決だけに集中できるのだ。ただ、エピソードと同じような子会社がいくつあるのか、"上"とは一体どのような組織なのか、ほとんどが闇に包まれている。


 そうね…もしかしたら、今回はみんなに助けを求めることがあるかも知れない。


 君がそんなことを言うなんて珍しいね。


 ええ…。


こうしてソナタの口から事件の概要が語られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る