4.怪訝

4.怪訝

妻は牛乳を買いに夜道を急いだ。風呂上がりに牛乳を飲むのがルーティンで、これがないと何をしでかすか分からない夫のためだ。これまで切らせたことはないのだが、最近かなり疲れが溜まっているせいだろう。朝から晩まで働き、クタクタになって帰宅すると膨大な家事が出迎える。この繰り返しだ。元俳優の夫は夢を諦めたあと、定職に就かず燻っている。就かないのか就けないのかも、もはやよく分からない。とにかくこの時間、周辺で唯一空いてる店で牛乳を買って急いで戻り、早く眠りにつきたい。こんなことを考えながら、見慣れた風景の中、乗り慣れた車を走らせていた。


しかし、いつもと違うことが起きた。木の影から人が飛び出してきたのだ。ほんの少し距離がありブレーキを踏むことはできたが、間に合わなかった。人は吹き飛び、ぶつかった衝撃で車の前方は破損した。急いでいたので気づかぬうちにかなりスピードが出ていたらしい。すぐに車を止め、路上に投げ出された被害者の元へ駆け寄ると共に、救急車と警察を呼んだ。妻の行動は冷静沈着そのものであり、正しかったのだが、被害者は救護の甲斐なく息を引き取った。警察は本件を事故として処理しようとしたが、強く不服を申し立てる者がいた。


被害者は世界的な舞台演出家であった。彼が有する劇団もまた、グローバルで知名度が高い。その劇団員の一人が今回のクライアントだ。事件の顛末には腑に落ちない点が多く、警察に何度も再捜査を要請するも取り入ってもらえなかったと言う。

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