第九話 QRコード

ダイナの趣味

 異世界というと流行のネット小説などのお馴染みの題材と思われていた。

 だが、本物のゲートが日本に現れ異世界の魔物が現れた時、現実である事を思い知らされた。

 魔物は人々を襲撃し、ゲートが現れた関東を中心に大きな被害を受けた。

 しかし、戦いが終わり、復興が進むと、そのような痕跡は消え去り、新たな町が作られかつての激戦地は華やかな繁華街となった。


「拙い拙い」


 出来たばかりの繁華街を女子高生が大きな鞄を持って走っていた。

 小柄な体型の割に多き案鞄を持っているが、それ以上に一部の成長が著しく、人々の注目はそこへ集まった。

 だが少女は、視線を気にしている余裕はなかった。

 全力で駆け抜けて目的地のレストランに駆け込んでいった。


「遅れて済みません」


 店内に少女の声が響くと、客が一斉に注目した。

 誰がこのような美少女と合うのだろうか。


「あ、カリナンこっちよ」


 奥の個室から凛とした女性の声が響いた。

 来店客が振り向くと、声の主が目が覚めるような顔を持つ明るい顔の女性だと分かり、更に驚く。

 胸は慎ましいが、それ以上に立ち居振る舞いが洗練されていて魅力的だった。


「済みません、アイリさん。遅れました」


「大丈夫よカリナン。まだ時間じゃないし」


 入ってきた少女カリナンをアイリは、落ち着かせ、水の入ったコップを手渡す。


「あなたの方が先よ」


 対照的な二人の女性を見て店内の客、場所が場所のため女性が多いが、思わず見とれて仕舞った。

 そして一体誰と会うのかと、全員が注目し、好奇心を抱いた。

 その時、再び扉が開いた。


「遅れたか」


 入ってきたのはヨレヨレのシャツにボサボサの頭をした、十代後半の少年だった。

 思春期にしては容姿にこだわりがなく、背に大きな鞄を背負っていることもあり、オタクのような姿に見えてしまう。


「いらっしゃいダイナ」


 入ってきた少年にアイリが声をかけたことに店内の客は驚いた。

 どう見ても釣り合いがとれていない。

 しかし二人は気にせず話す。


「時間はまだあるけど、どうしたの? 昨日は休みでしょう」


「東京でゲームの集まりがあって出たんだ。反省会も参加したから帰りが終電だったから眠い」


「またゲーム? よく行くわね」


 関東圏とはいえ、東京までは遠く、乗り換えを考えると二時間は考えなくてはならない。

 夜遅かったのも当然だ。


「そんなにネットゲームが楽しいの?」


「いいや、ボードゲームアフリカ戦線のボードゲーム。ドイツ側だったんだけど最後、連合軍側の増強が凄くて兵力差が付きすぎ。アメリカ南北戦争でマクレランに挑むリー将軍の気分になった」


「意味が分からないわよ」


 時代が百年くらい離れている歴史上の出来事を同列に語る時点でおかしい。


「そんな事言って理解出来る人いる?」


「少なくとも伊東さん、主催者の方は喜んでいたけど」


「あ、そう」


 アイリは、


「けど、よく面倒なゲームやるわね」


 駒とサイコロを使って、人の手で動かすのがボードゲームだ。

 プレイ時間が長いものが多く、代替一時間ぐらい。駒が多いゲームだと虹感三時間、あるいはそれ以上が当たり前だ。


「性に合っているんだよ。サイコロ振ったり、相手とゲームの後語り合ったりするのが。呼んでくれた伊東さんもいい人だし」


「変な人じゃないでしょうね」


「人の良いおじいさんだよ。知識も豊富で話が面白い。まあ勢いが付きすぎて長話になるけど、興味深いから聞いちゃうんだよね」


「そう」


 アイリは溜息を吐いたが、同時に安堵もしており、優しい笑顔で言った。


「意外だわ、非社交的だと思っていたのに」


 ダイナとは長く深い付き合いであるアイリは、ダイナが人と馴染みにくいことを良く知っている。

 これまでの趣味と言えばソロ登山で人との関わり方が全くなかった。

 ゲームとはいえ人と遊ぶ、共通の趣味を持つようになったのは大きな成長だ。


「田代の紹介。最初は押しつけられたと思ったけど、会ってみると中々良い人達でね」


「そう、良かったわね」


 笑顔で話す大成を見てアイリはホッとした。

 自分たち以外に話せる人間を持っていること、社会と接点をダイナが持ったことにアイリは感動していた。

 だが、別の不安も生まれる。


「その人達に失礼なことしていないでしょうね」


 人付き合いが極端に少ない為、ダイナが何か失礼な事をしていないか、気が気ではなかった。

 ダイナはむっとした表情で言う。


「一応社交やマナーは身につけているよ。まあ、伊東さんに、一般人じゃない、とか言われたことあるけど」


「何か失礼なこと言ったの? 冒険者じゃ一般から離れているけど」


「していない。僕は礼儀正しいんだ。それに冒険者と言うだけで差別する人じゃないけどさ」


「じゃあ、なんで言われたのよ」


「今度やるゲーム、ワーテルローにするかバルジにするか聞かれた時、アウステルリッツでも第三次ハリコフ攻防戦でも良いですよと答えたら、一般人じゃないと言われた」


「分かった。どんな戦いか知らないけど、ドマイナーでマニアの琴線に触れる事柄なのね」


「そういうこと」


 一般常識がかなり欠けたところがあるが、変なところで、特に軍事面で知識の深いダイナだ。

 そんなダイナと付き合えるなど、余程、戦争知識の豊富な人間だろう。

 いや、ダイナを引きつけるのだから更に知識豊富なのだろう。


「あまり趣味に走りすぎないでね。時間をかけすぎよ」


 狭い範囲の付き合いでは、今後が不安になるアイリだ。

 だから言ってしまったが、ダイナは心外だ、とばかりに反論する。


「仕方ないだろう。時間かかるゲームなんだから。それにゲーム仲間の話しも面白いし、反省会でもゲーム以外の話題も出るし、例えば」


「店の中で立ち話は感心しませんわ」


 個室から新たな女性が現れた。

 店内の客は思わず目を見開いて驚いた。

 金髪に縦ロールのいかにもお嬢様という、女性だったからだ。


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