冒険で重要な事

「本当に大丈夫?」


「腫れはね」


 左の顎を氷嚢で押さえながらダイナは言う。


「でも、言葉の暴力、セクハラって何度も言われたのが痛い。俺は少なくともセクハラをしたつもりはないんだ。全部重要な事だ」


「カリナンも何度も謝っていたでしょう」


 頬に真っ赤な手形をつけたダイナは言った。


「迷宮に入る時に必要なことを言っただけだ」


「分かっているわよ」


 愛理が慰めるように言った。

 ダイナの言っていることは本当だ、中学のクソ餓鬼男子と違い、ダイナは素直だ。こういうときに嘘を吐くことはない。

 カリナンの話を聞いた限り、かつて自分、ダイナがアイリ自身に言ったのと同じことを伝えただけだ。


「埃が酷いところだと銃の機関部とかに砂埃が入るから、そういう細か砂埃から精密な部分を覆うのに必要なんだけどな」


 実際、機関部を保護出来ず、装填不良を起こして発砲出来なくなったことがある。

 その時は銃剣術でしのいだが、非常にキツかった。


「カリナンも最後には分かっていたでしょ あんなに謝ったんだから」


「それは分かってるけれど」


 ダイナは不満そうにアイリを少し恨みがましく見て尋ねる。


「どうして俺にカリナンを指導するを言ったんだよ。アイリがやった方が良かったろう」


 少なくともセンシティブな部分、体重やブラに関してはアイリの説明の方が受け入れやすい。

 ダイナが頬を叩かれるということはなかったはずだ。


「言ったでしょ。一緒に潜るんだから相方から話を聞いた方がいいでしょ。それに」


「それに?」


「この程度で嫌がってるようなら 迷宮に潜るのは冒険者なんて無理よ」


 冒険者や自衛官、特に異世界と戦争した人間は一般人とは違うところがある。

 社会に守られているお陰で、ルールを守れば少なくとも命は保証される。

 だが、冒険者や自衛官はそんな保護のない場所へ赴く。

 餌にしようと考えるモンスターや、致命的なトラップが待ち構える迷宮などの領域へ入り込むのだ。

 自分の命は自分で守るしかない。

 だから世間では必要ない知識も、命を守るために使えるなら覚えなければならない。

 今日教えているのはほんの一部であり、非常に重要な部分だ。


「まあね。それでアイリを見るところどう? これで冒険者になるの諦めてくれそう?


「いいえ。むしろ闘志に火がついちゃったみたいね」


 ダイナの頬を叩いた分、少しでも役に立とうとカリナンは気負いすぎているようだ。だが、アイリはあえて言わなかった。


「それであなたはどうなの?」


「どうって?」


「叩かれて連れて行きたくなくなった?」


 カリナンはそこを気にしている。

 ダイナが嫌がるようならカリナンには諦めて貰った方が良い。


「いや、むしろ連れて行かないと、また勝手に一人で入って行きかねない」


「同感」


 先日、カリナンが勝手に一人で迷宮に入っていったことを思い出し、アイリは同意する。

 また同じ事をしかねないので、自分たちの手元に置いておいた方が良い。


「それに……」


「それに?」


 アイリが照れて尻込みするダイナに尋ねる。


「……ほっとけないんだよね。なにか」


「それも同感」


 何か小動物のような可愛らしさがあり、ダイナもアイリもカリナンを放っておけないのだ。


「と言うわけで大丈夫よ」


 バーの奥の扉にアイリが話しかけると、扉が開き、カリナンが現れた。


「……ずっと聞いていたの?」


「ええ」


 アイリが、通話状態のスマホを取り出して肯定する。

 カリナンのスマホからアイリの声が流れていた。


「ごめんなさい。僕がわがままでした。学校とは全く違う場所、危険な場所に行くのにただ恥ずかしいから殴ってしまって」


「いや、こっちも言い過ぎた」


「あの……ちゃんと教えて貰えますか?」


「ああ、いいよ」


 上目遣いに目を潤ませながら見られたら拒絶など出来ない。


「じゃあ、排泄物の処理方法を」


 講習の続きを言おうとしたらアイリが背後から殴って止めた。


「続きは私がやっておくから」


 そう言ってアイリはダイナを追い出した。


「良いんですか?」


「良いのよ。十分だし。これ以上はセンシティブだし」


 チームを組んで迷宮へ潜り込むのだから、相性が良いか悪いか判断しないと致命的だ。

 特にダイナは人見知りが激しいし、カリナンは天然で世間知らずなところがある。

 二人の相性を見ておかないと危険なので、今回の講習を二人きりでさせて様子を見たのだ。

 それに、どんな関係になるのかアイリは気になっていた。

 今のところ、普通に仲間とか信頼出来る先輩後輩の間柄だ。

 センシティブな事を言って、関係が破綻するようならそれはそれで良いと思った。

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