逃亡の理由

 護衛で一番困るのは相手の襲撃よりも、対象者が勝手な行動をすることだ。

 完璧な計画を立て、危険から遠ざけても、対象者が危険に向かって行ったらどうしようもない。

 勿論、ボディーガードとして制止するが、数階分の吹き抜けを飛び降りられては、追いかけられない。

 幾らダイナが戦争を戦い抜いた手練れの兵隊で、現役冒険者でも、人間の限界は超えられない。

 エリザベートは吸血鬼の身体能力で吹き抜けを落下しつつ飛び越える。

 反対側の僅かな出っ張りに足をかけ、再び跳躍し落下の勢いを殺しながら一階まで降りてデパートの外へ出て行って仕舞った。


「全く、こうやって勝手に行動されるのが一番困るんだ」


 下を見ながらダイナはぼやく。


「兎に角追いかけるしか無いな。手は?」

「打っているわよ。出来れば、黒幕とかにも会いたいし」


 ダイナの言葉にアイリはスマホを操作しながら答えた。


「上手くいっている」

「じゃあ、車で追いかけるか。駐車場へ」


 ダイナの言葉で三人は会談を伝って降りていく。


「あの、何か問題でもあったのでしょうか」


 カリナンが、ビクビクしながら尋ねてくる。

 出来るだけ精一杯の事をしてきたが、自分の腕が未熟で、不安を与えて逃げ出してしまったのでは無いか、と考えている。

 謙虚なのは良いことだが、自分に責任を求めすぎるのがカリナンの良くないところだ。


「心配するな、カリナンは悪くないよ」

「でも」

「エリザベートに嫌われてもいないよ。少なくともカリナンは嫌われていない。それより追いかけよう」

「は、はい」


 逃げ出した護衛対象に追いつくべく、ダイナ達は走り始めた。




 逃げ出したエリザベートはデパートを出ると人混みに紛れて歩いた。

 身体能力は人間より上だが、容姿は人間とほぼ変わらないため、紛れる事が出来る。

 美人のため顔が目立つが、サングラスやスカーフをかければよい。

 少数ながらエルフやドワーフなどの異種族が入ってきており、彼らが不埒な人間の勝手な撮影を避けるため、顔を隠している事もあって、目立ちはしなかった。

 そして予め、決められていた目的地、裏路地にある雑居ビルの一室へ向かう。


「お待ちしておりました、お嬢様」


 見慣れた叔父の配下であるペーターが恭しく頭を下げる。


「本当にこれでいいの?」

「はい、襲撃を受け、護衛の能力に不安を抱いて逃げ出したお嬢様は何も悪くありません。あとは、この件をネタに日本側に不始末を糾弾すれば交渉を優位に出来ます」

「そう」


 気乗りしない口調でエリザベートは答えた。

 確かに交渉を優位にするためには、なりふり構っていられない。

 だが、自らが引き起こすというのは不本意だ。

 ダイナとアイリの二人はともかく、未熟だが、ひたすら前向きなカリナンを謀るのは、心が痛む。


「でもやっぱり、不自然じゃない」

「どうしてですか」

「護衛を振り切ったのは私の落ち度よ。日本側へ糾弾する材料としては弱いと思うのだけど」


 疑問を尋ねようと振り返った瞬間、部屋の外から飛び込んできた一発の銃弾がエリザベートの肩に命中した。


「ぐはっ」


 吹き飛ばされた痛みに思わずエリザベートは悲鳴を上げる。


「うーん、狙撃手を配置しましたが上手くいきませんね。出来ればここで仕留めたかったのですが」

「どういうこと……」

「やはりお気づきですか。お嬢様でも頭は回りますね」


 ペーターは、見下すような笑みを浮かべる。


「こんなことをしてただで済むと思っているの」


 骨まで見える程、穿たれた傷口を押さえつつエリザベートは配下を睨み付けた。


「おや、自分で言ったのにまだ分かりませんか。まあ、すこし足りないようですし、説明しましょう。おっしゃるとおり、お嬢様が逃げただけでは日本側を糾弾する材料にはなりません」

「じゃあ、どうしようというの」

「糾弾するに足る、材料に仕上げれば良いのです。護衛対象が殺害されるなど十分な材料でしょう」

「そんなこと、許されると思っているの。私は当主代行よ」

「死んだら、そのような肩書きは我が主に変わります」

「まさか叔父は、当主になろうというの」

「ええ、今は日本側に頭を下げる必要がありますが、あなたの死をネタに有利な条件を引き出し、力を蓄え、いずれ反旗を翻します。これなら大丈夫でしょう」

「上手くいくと思っているの! 日本の力は別格よ! これだけの建築物を建てられる力を侮ってはならないわ」

「ですが、限界はある。そこを突けば良いのですよ」

「そんな事出来るの」

「そこまで言う必要は無いでしょう。さて、お別れの時間です」


 ペーターの背後から複数の人間、いや冒険者が現れた。

 彼らは鞄から銃を取り出すと、エリザベートに向けた。


「吸血鬼を狩りまくった部隊の元一員です。どれだけ強いかおわかりでしょう」


 彼らがにやつく表情を見てエリザベートの顔面は引きつる。


「この前の襲撃犯とは違い、彼らは確実に遂行してくれますよ。では、さよならですお嬢様」

「くっ、カリナン……」


 恐怖に怯え、小声で助けを求めたエリザベートの耳に銃声が響いた。

 

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