買い物

「凄い建物……」


 新門市の中心部へダイナの運転する車でやって来たエリザベートは、立ち並ぶビル群を見て絶句した。


「天へ繋がっているの」


 そんな感想を漏らしてしまうのも無理はなかった。

 石造りの城、数階建ての建物が今まで見た最大の建造物だったエリザベートにとって全てガラス張りの何十回もある超高層ビル群は、絶句する程のものだ。


「……ま、まあ魔王城の方が大きいし複雑だけれど」


 少しでも見栄を張ろうと言っている。

 だが魔王城攻略戦に参加したダイナにとっては、魔王城の複雑さも新門市や東京の地下街に比べれば、単純で分かりやすかった。


「けど、人が多いわね、何か祭りでもあるの?」

「いつもこんな感じですよ」


 渋谷のスクランブル交差点ほどではないが、新門市の中心街も人が多い。

 普段、異世界では見ない人の人並みが絶えず流れ、エリザベートを驚かせている。


「あの、大丈夫でしょうか」


 後ろの座席に座っているカリナンが尋ねてきた。


「なにが?」

「人通りの多いところだと多くの人を警戒しないといけませんので」


 人混みに紛れて襲撃してくることも考えられる。

 人が多いところに行くと全ての人を警戒する必要があるため、注意力が散漫になってしまう。出来るだけ、人が少ない場所が良かった。


「大丈夫、人の少ない場所だよ」


 ダイナはそう言うと車を、中心街のデパートに向かった。

 地下の駐車場に入れ、エントランスの前に車を止めると先にエリザベート達を降ろし、車を置きに行くと合流。

 上の階へ向かった。


「うわあ凄い」


 全館をぶち抜いた吹き抜けにきらびやかなシャンデリア。

 初めて見る豪華なデパートにカリナンは驚いた。

 しかも驚くほど人があ少ない。


「これなら、警戒する相手も少なくて済むだろう」

「はい」


 一番驚いたのは、これだけの施設と外の人混みにもかかわらず人が少ないことだ。

 おかげで、警戒対象が少なくて済むが、何故少ないのか、カリナンは疑問に思った。


「常に注意しろ。疑問点があったら、何故を常に問いかけろ。それが危険を回避する方法だ」


 ダンジョンでダイナに言われたことを思い出しカリナンは、何故か考えた。

 そしてすぐに答えを見つけた。

 カリナンも年頃の少女であり、ブティックなどに展示してある宝飾品や洋服などの商品に目が釘付けになった。

 だが、すぐに固まった。

 付いていた値札、その零の数に目を剥いたのだ。


「ここは値段というバリヤーのおかげで人が少ないんだ。そのバリヤーの前に長時間とどまれる人間なんて少ないからね」


 固まるカリナンにダイナは自嘲気味に言った。


「来たことあるんですか?」

「アイリと来たことがあってね。初めのうちはどうしてこんな値段なのか驚いたよ……ここの商品を気軽に買えるように頑張らないと……」


 最後の方の言葉は小声のためカリナンには聞き取れなかった。


「ここに入るのは勇気が要りますね」

「冷やかしでも挙動とかで分かりやすいからね。明らかな買い物客か冷やかし以外は目立つから見つけやすい」


 上級国民が多いおかげで、吸血鬼であるエリザベートをじろじろ見る人間は少ない。

 こういう点で百貨店は素晴らしい場所だ。

 品揃えもよく、エリザベートが興味津々に見ている。

 気に入ったものがあったら迎賓館に配送して貰える。

 アニメや漫画のように、身体が見えないほど荷物を抱えることなどない。

 その点は、非常に素晴らしい。

 ただ、煌びやかな商品にカリナンは目を奪われている。

 護衛の仕事を疎かにしていないがついつい視線が商品に向いてしまう。


「欲しいの?」


 最上階に行くエスカレーターの前で、視線を動かすカリナンにエリザベートが尋ねた。


「い、いいえ、仕事中ですから」

「それにしては人じゃなくて商品に目が向いているけど」

「ううっ」


 指摘されて恥ずかしがるカリナンを尻目に、エリザベートはカリナンの視線の先にあったネックレスを取ると、カリナンの胸元に持っていった。


「似合いそうね。これを」

「え、でも」

「心配しないで。私が支払うから」


 と言ってレジで支払いを済ませ、カリナンの首に付けた。


「あの」

「貰って、それとも私からのプレゼントは嫌なの?」

「いいえ、ありがとうございます」

「気にしないで、お詫びも込めてのことなんだから」


 どういう意味か聞こうとした瞬間、エリザベートは吹き抜けに向かって走り出し、仕切りを跳び越えていった。

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