宿舎
「あの、大丈夫ですか?」
後部左の座席に座るカリナンが、疲れて窓にもたれかかる隣のエリザベートに尋ねた。
本来なら、アイリがエリザベートの隣に座るのだが、エリザベートが嫌がって、カリナンに代わりに座るよう命じたのだ。
仕方なく、カリナンが座り、アイリは助手席へ。
ダイナは予定通り運転を行っていた。
「平気……でもないわ。皆あたし達の領地を狙っているもの」
吸血鬼の領地の中にレアメタルの有望な鉱脈があった。
他にも希少生物が生息していたりするため、遺伝子情報の取得や品種改良の原種として有望である。
距離も近く魅力的なエリアだった。
日本政府も企業も何とか手に入れようと必死だった。
「人間なんて皆ハイエナよ。私たちから何もかも奪っていくわ」
「そんなことありません」
カリナンは思わず声を上げた。
「本当に」
「うっ」
だがエリザベートが睨み付けると黙り込んでしまった。
自分には何の力も無い小娘であり、企業をどうこうできる立場でないことは、カリナン自身が知っている。
何の力にもなれず、俯いてしまう。
「……ごめんなさい。あなたにあたっても仕方なかったわね」
「え?」
不意打ち気味にエリザベートが謝った事にカリナンは驚いた。
そのまま顔を逸らしてしまったが、窓ガラスには弱々しいエリザベートの表情が映っていた。
「着いたよ」
三十分もしないうちに、先ほどダイナ達が確認した屋敷に戻ってきた。
表玄関に車を止めて三人を下ろし、ダイナが車を車庫に入れていく。
アイリを先頭にカリナンとエリザベートは玄関に向かう。
「うん?」
「どしました?」
「玄関のドアが開けられたみたい」
地面に落ちた紙を見てアイリは警戒する。
念のため、誰か侵入したか確かめるため、ドアに挟んでいたのだ。
「下がっていて」
アイリは拳銃を取り出しつつ、周囲を警戒し、鍵を開ける。
車を止めたダイナもやって来て、アイリを援護するように屋敷の中に入った。
玄関の中には派手な包装に包まれた大きなプレゼントが置かれていた。
「全く、困ったものね」
差し込まれたカードに、今日の会談相手、日本企業の相手から、今後もごひいきにという意味のプレセントだということが書かれていた。
「念のために調べるからそこにいて」
「分かったわ。私も確認を取るから」
アイリは、本部に確認を取りつつ、ダイナが包装を調べ危険物がないか調べる。
「確認が取れたわ。私たちが迎賓館に戻っている間に、宅配便が来たみたい。本部の方で監視装置を切って入れている。私たちに伝えなかったのは連絡ミスだそうよ」
「そう」
と言いつつダイナは、調べることを止めない。
女性用の真っ赤なドレスだったが、ベタベタと触り、裏返すなどして調べている。
「うわ……」
それを見ていたカリナンはドン引きだった。
仕事の上で必要なのは分かっている。
しかし、ダイナのやり方は、やり過ぎに思えた。
それに綺麗な自分でも着てみたいと思うドレスを滅茶苦茶にしているのは、例え他人へのプレゼントだとしても気分が良くない。
だからつい注意してしまう。
「触りすぎですよ。それは、エリザベートさんへのプレゼントですよ」
「いらないわ」
「え?」
エリザベートの拒絶にカリナンは混乱する。
「捨てておいて」
「でも、綺麗ですよ。あ、ダイナさんが触ったのが嫌なら、クリーニングすれば」
「そいつに触られたのも嫌だし、嫌な奴から送られてきたプレゼントなんていらないわよ」
捨て台詞を残すと自分の部屋へ向かってしまった。
「嫌われているな」
エリザベートの後ろ姿を見てダイナは呟く。
「そんなに嫌われるような事をしたんですか?」
「戦った相手が嫌な事はあるのよ」
アイリは諭すようにカリナンに言った。
カリナンは何も言えなかった。
それからも屋敷の中にいたが、何とか交流しようにもエリザベートが心を閉ざしている。
唯一カリナンとだけ口をきいていた。
「ふう、終わりました」
「お疲れ様」
エリザベートの寝室から出てきたカリナンにアイリが労いの言葉をかける。
元々、吸血鬼は夜行性なので昼間は苦手だ。今回は会談相手が人間なので昼に会ったが本来なら寝ている時間だ。
無理をしており会談で疲れていたようだが緊張で眠れずにいた。
そのためカリナンが世話と話し相手をして緊張を解したお陰でようやく眠りについた。
「食事の準備が出来ているわ」
アイリが作った料理を見てカリナンは驚く。
まるでフルコースだ。
「良いんですか?」
エリザベート用に作ったのではないかと思った。
食事作りもこのチームで行う事になっていた。
「本番の前の試食も兼ねて食べて」
「でも」
「エネルギーを補充して万全の情愛にしておくのも仕事の内よ。そのための配慮も依頼した側の役目だしね」
「ではお言葉に甘えて頂きます」
メニューはレバーのステーキに、骨髄のスープ、ブラッディソーセージとほうれん草の和え物だ。
「何か鉄分が多いですね」
「そうね。吸血鬼は常人より数十倍の力を発揮するためにその分エネルギーが必要だから、カロリーやエネルギーの多い食事を好むわね。ああ、あと、薄味にしてあるから足りなかったら塩とかかけて」
「どうしてですか?」
「感覚が敏感な人が吸血鬼には多いのよ。濃いと苦痛を感じてしまうひともいるから薄味にしてあるの」
吸血鬼の好みも理解している点も買われてアイリ達が警護を任されたのだ。
コックを雇えないのも、吸血鬼の好物を知っているコックが少なく殆どが迎賓館勤務だからだ。
デリバリーを頼むことも出来るが、移送の時、毒を入れられる――その過程で配達員が襲撃されるのを避けたかった。
「レバーとか苦手だったら、別メニューがあるから」
「そんなに作れるんですか」
「ええ、人間の料理に興味を持って貰いたいし、ダイナがレバー苦手なのよ。ダイナ、ご飯よ」
話しかけると外を見ていたダイナが呟いた。
「まだ、布団が取り込まれていないな」
ダイナは、隣の家の庭を見て呟く。
「気になるからと言って、侵入しないでよ。不法侵入だから」
「分かっているよ」
ダイナはアイリに答えると、食卓へ向かい、席に着いた。
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