ボディーガードのTPO

「え? どうして着替えを」


 アイリに着替えを求められダイナは困惑した。


「護衛は、対象に相応しい服装が必要でしょう」

「でも、グラサンにスーツって似合わないだろう」

「あくまでTPOに相応しい衣装を着なさいということよ」


 ボディーガードと聞くとサングラスにスーツという格好を思い浮かべるが、物語のステレオタイプだ。

 現実でもそのようなコーディネイトが多いが、スーツがどのようなシチュエーションでも無難であるためだ。

 サングラスは視線が分からないようにするためだけだ。

 この辺りは、ボディーガードの好みや状況で変わる。

 警護対象が威圧的な服装を好まないことがあるのでカジュアルな服装になる事もある。

 また、山登りが好きな対象なら山の服装、ランニングを行うと言えばランナーの格好をする。

 勿論警護に必要な装備、防弾チョッキや警棒、時に拳銃などを身につけるが、時と場合で変わるのだ。


「少なくとも、学校の制服だと問題よ」


 ただ、学校の制服だと相手が学校の関係者などと言われる可能性があり変なところでトラブルになりかねない。

 ボディーガードは対処の身の安全を守るためであり、その行動を制限することではない。

 危害を加えられたくないのなら、引きこもるのが一番安全だが、それが出来ないから、人前に出ていく必要があるからボディーガードを付ける。

 緊急時には従って貰うし不必要かつ危険な行動は避けて貰うが、出来るだけ対象の生活や行動を制限しないのが警護の基本だ。

 ボディーガードが問題を起こすなど以ての外だ。


「それに学校に報復処置がなされたらどうするの」


 襲撃を撃退されて逆恨みしたグループが学校へ報復処置を、他の生徒を襲撃する可能性もあった。

 学校に迷惑はかけたくない。


「だから、着替えなさい」


 そう言われて、アイリに服を渡されてしまった。

 抗議しようにも、聞いてくれそうもなくダイナは、渋々、着替えに向かった。


「何か、変な感じだな」


 紺色のシャツに同色で左の丈が長い上着にズボン。

 何処かの学校の制服のようだが、これといったモデルの無いものだ。


「よく似合っていますよ」


 一方のカリナンは、茜色のシャツに左の丈が長い上着、流石に女子なのでスカートだが、何時もの制服とは違う格好なので新鮮だ。


「二人とも問題ないようね」


 アイリもカリナンと同じ服を着て出てきた。

 カリナンより控えめだが落ち着きがあり、ずっと年上のように見える。

 年を食っていると言うより気品溢れる姿で、暫しダイナは見とれた。


「どうしたの?」

「いいや」


 ダイナは顔を逸らしてごまかした。

 その間にエリザベートの会談が終わったようで、彼女が出てきた。

 相変わらず、周囲を睨み付けるように目を細く鋭くして威圧している。


「先ほどと服が違いますね」


 冷たい口調でダイナ達に言う。

 愛想を振りまくことなど考えていないようだ。


「警護のために必要ですから。ご迷惑をかけないようにするためです。会談が終わりました宿舎に向かいます」

「そう」


 素っ気なくエリザベートが答える。

 ダイナとアイリの方へ隔意がありそうだった。

 ただ、アイリとダイナの方にもエリザベート、いや、吸血鬼に対して特別な感情が、敵意というか不気味な感情がありそうにカリナンは見えた。


「では、お送りします」


 用意された車の所まで来ると、カリナンがドアを開けてエリザベートを乗せようとする。

 護衛は社会のマナーも身につけないとダメだ。

 車の席順にもマナーがあり、運転手の後ろが最上位の人が座る。

 これは危険が発生したとき運転手が自分に迫る危険から逃れようと咄嗟に回避するので、運転手の真後ろが一番安全と考えられるから、と言われている。

 理由はともかく、運転手の真後ろ、右側の窓側が最上席になっている。

 次がその反対側の左の窓側の席。

 人数が多い場合、その次が後席の真ん中。

 一番下が助手席だ。

 移動中に車のマナーをカリナンは叩き込まれ、指示に従ってドアを開け、エリザベートを右奥の席へ誘導する。

 その後に、アイリが続き、ダイナは運転席へ。

 周囲を警戒しつつ、ドアを閉めたら、カリナンは助手席へ行くのだ。

 エリザベートも分かっているようで、そのままカリナンが開いたドアから車内へ滑り込む。

 そしてアイリが後に続こうとした。


「あ、来ないでくれる」


 だが、入ろうとしたアイリをエリザベートが拒否した。


「しかし、同じ車で行きませんと」

「嫌なのよ」


 エリザベートが、露骨にアイリを嫌悪している。


「ですが、新たに車の調達をするにも時間が」


 車の手配が大変だし、駐車の時間も掛かる。出来れば一台で済ませたかった。


「なら、ドアの横の彼女を」

「わ、私ですか」


 突然指名されたカリナンは驚いた。


「あなたが代わりに私の横に座り、彼女が助手席に座れば良いでしょう」


 カリナンは言われたマナーと違うことに戸惑いどうすれば良いかアイリに視線を送って助けを求めた。


「依頼を受けて、私が助手席に行くから」

「で、でも、お相手できないですよ」


 一般庶民出身のカリナンに高貴な身分の方を相手にした経験が無く気遅れしてしまう。


「少なくとも私よりあなたが近くに居た方が良いみたいだから。特別なことはしなくて良いの。横に座ってあげて」

「は、はい、失礼します」


 カリナンは恐る恐るエリザベートの横に座る。

 アイリがドアを閉め、助手席に座ると、ダイナが車を走らせ始めた。

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