吸血鬼の現状

「くれぐれも当主代行であり姪であるエリザベートを頼むぞ。何かあったら交渉は見直しだ」


 短いオールバックの初老の男性、いや肌が青白いところから吸血鬼のようだ。

 日本の担当者に向かって強く言っている。


「勿論ですブラド様。不快な思いをしないように年の近い護衛を手配しております」


 担当者は日本人的な愛想笑いを浮かべて宥めようとするが初老の男性は怒りを鎮めようとしない。


「あ、丁度彼らが来ました」


 ダイナ達を見つけた担当者は渡りに船とばかりにダイナ達に近寄る。


「こちらがエリザベート様の護衛です」

「ダイナです」

「アイリです」

「か、カリナンです」


 哨戒された三人は仕方ない、とばかりに自己紹介した。


「このような年少者にやらせるとは、日本は我らを軽んじているのか」

「いえ、そういうわけでは」

「失礼ながら」


 ダイナは口を開いた。

 向こうから年の近い人間と求めておいて、呼び出したら難癖を付ける。

 そんな人物がダイナは一番嫌いであり、言い返さないと気が済まなかった。


「私とアイリは先の戦争で戦いましたよ。吸血鬼相手もしたことがあります」

「どうせ集団で囲んでのことだろう」

「私は前線で偵察なども行いました。単独で交戦となったこともあります」


 本来は集団で相手をするのが軍隊だが、密かに偵察することもありダイナはその任務についていた。

 そして感覚の鋭い吸血鬼に見つかり、交戦する羽目になったことなど数知れず、単独で始末したことも多い。


「なんなら試して見せますか?」


 薄笑いを浮かべながらダイナは尋ねた。

 担当者もカリナンも、険悪な雰囲気に狼狽える。


「……ふんっ、しくじるなよ」


 だが、ブラドは鼻を鳴らして、引き返していった。


「勿論です」


 ダイナは恭しく頭を下げて見送ったが声をかける事はなかった。

 代わりに、アイリのチョップがダイナの後頭部に炸裂する。


「いたっ、何するんだよ」

「それはこっちの台詞よ。依頼者に、護衛対象の叔父に喧嘩をふっかけないで」

「でも」

「言い訳はなし」

「……はい」


 姉のような口調でアイリは叱り、ダイナは、黙って従った。

 その様子を、カリナンはほっとしながら見ると共に、ダンジョンの中で勇敢なダイナがアイリに叱られてシュンとしている姿を見て面白く思った。

 同時に、そんな関係を羨ましく思った。


「しかし、叔父が来ているのに、姪もやってくるなんてどういうことだ。叔父だけで交渉は十分だろう」

「何社か、興味を持っていて個別交渉を行う必要があるみたい」

「ランク付けしているのか?」


 当主代行とはいえ社会経験の無い少女に交渉など無理だろう。

 脈名しか、条件が悪いと思った会社には、エリザベートを会わせて顔合わせの実績だけを作る。

 そして、吸血鬼族に有利な条件を提示する相手にはヴラドが実務的な交渉を進めるというやり方をしているのかとダイナは思った。


「それとも短時間で契約を済ませたいの?」


 条件を素早く提示させると共に交渉相手を焦らせ、交渉を迅速に進めようとしているように見えた。


「両方でしょう」


 アイリはあっさりと答えた。


「吸血鬼も大分損害を受けて勢力が弱まっているから」


 吸血鬼との戦闘で自衛隊は大損害を受けたが、吸血鬼側も大きな損害を受けた。勢力が弱まっている事もあり、回復のためには日本政府と協定を結び、天然資源や生物資源を売りつつ、その利益で領地を発展させるしかなかった。

 同時に日本政府と結びつきを強め、日本の利益となるように――吸血鬼の領域を守ろうとする方向へ向くように仕向けているだろう。

 力を失ったら、取り戻す球での間、庇護が必要なのだ。


「でも、自分たちが弱っていることを当の吸血鬼達は理解しているのかな」


 冷笑的にダイナは言った。

 確かに回復するまでの庇護が必要だが、プライドの高い吸血鬼がそれを良しとするだろうか。

 実力も根拠も無い自信の塊の中学生みたいなものだ。

 先ほどのヴラドを見ていれば分かる。


「護衛対象も同じみたいだしね」


 初対面の時の事を思い出しながらダイナは言う。

 気位の高そうで、精一杯、背伸びをしているような雰囲気だった。


「護衛対象を批判しないの。おとしめるような事は止めなさい」

「分かっているって」

「なら、着替えてきなさい」

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