吸血鬼エリザベート

 吸血鬼。

 人間とほぼ同じ外見ながら十数倍の力を持ち、人の血をすすり、眷属、あるいはグールにして使役する。

 ダイナ達は新門戦争で何度も相手にして戦闘をこなしてきており、死者を含む損害も出していた。

 だが戦争が終わり、和平が結ばれており互いに交流が生まれている。

 しかし、個々人が内心でどう思うかはまた別問題だ。

 警護対象となる相手が待つ施設へ向かう途中のダイナも心の中で、様々な感情が巡っていた。


「あのう、なんか済みません」


 黙り込んでいるダイナにカリナンが申し訳なさそうに言う。

 やりたくない仕事を引き受けさせてしまったと思っているようだ。


「心配ない。引き受けると自分で決めたんだから、カリナンが悩むことじゃない」


 ダイナは努めて明るく言うが、どこか声に緊張の張りがあった。


「ううっ」


 その声を聞いてカリナンの罪悪感はより深くなる。


「怒っていないって」

「分かっていますけど」


 カリナンはその言葉を理解しているし嘘は吐いていないと思っている。

 しかし、ダイナの言葉に何処か違和感をカリナンは感じていた。


「それで相手の具体的なプロフィールは?」


 ダイナは車を運転するアイリに尋ねた。

 アイリは未成年だが、戦争中は車両の運転が出来ないと困るため最低限の訓練を受け、実戦で腕を磨いてきた。

 勿論ダイナも運転できる。

 そして戦争が終わった後、復員者への社会復帰のため、特例で試験を受けた後、未成年でも車の運転免許が与えられた。

 ただし、運転できるのは新門市の中と異世界の日本領の中だけだ。

 それでも社会活動に必要だし、逼迫する物流業界には歓迎されており、全国へ適用するべき、免許の年齢を引き下げるべきだという声が上がっていた。


「相手は吸血鬼の族長一族の娘エリザベート様。新門戦争にも参加したことがあるわ」


 アイリは、説明しつつ信号待ちの間にハンドルのボタンを操作し、後部座席のモニターに相手のプロフィールを見せる。


「ほう凄い」


 画面を見ていたダイナが感嘆の声を上げた。

 吸血鬼と死闘を繰り広げたことを思い出したのかダイナの目つきが鋭いものになった。


「なるべく失礼の無いようにね」

「分かっているよ」



「どうだか」


 忠告にダイナは軽く答えるのを聞いてアイリは呆れるように言う。

 そうこう言っている間に彼らが乗り込んだ車が、目的の施設、門の近くに設けられた迎賓館に到着した。

 車を降りて、厳重なセキュリティを通った後、相手が待つ部屋に向かう。


「エリザベート様、アイリです」

「入りなさい」


 アイリの問いかけに凛とした声が答えた。

 ドアが開かれ、三人は中に入っていく。


「うわあっ」


 部屋に通されたとき、カリナンは部屋にいた少女の、同年代なのに見たこともないような美人だったことに驚きの声を上げた。

 ボンネットという長いツバの付いた大きな帽子の下には堀が深く、筋の整った顔。

 目は細く切れ長で、瞳の色は吸い込まれそうなほど深い赤。

 長い銀髪で少しウェーブが掛かっている。

 体つきは華奢だが出るところは出ているが大きすぎない。

 一部が大きすぎて目立っている、あるいは卑猥に思っているカリナンと比べると慎ましく寄進に溢れている。

 それでもボリュームがないわけではない。

 無数のフリルの付いた黒いドレスに身を包んでいるため、華やかに見える。

 それでいて余り主張せずむしろ気品の良さが見える。

 一般家庭出身のカリナンが気後れするほどだった。

 だが隣のダイナは背筋を伸ばして挨拶をした。


「今回、警護の依頼を受けましたダイナです」

「か、カリナンです」


 遅れてカリナンも挨拶をする。


「人間の警護など必要ありませんわ」


 だが返事は、拒絶。それも睨み付け、キツい口調で言う。


「で、でも警護が必要って」

「これでも私強いんですのよ」


 戸惑い気味にカリナンが言うとエリザベート自信満々に言った。

 それが、ハッタリではないことはカリナンにも良く分かった。

 まだダンジョンに入って僅かだが、気配などからモンスターの強さをある程度想像する事が出来るようになっており、エリザベートが遙かに強いことは肌身で分かった。

 それだけに戸惑っていた。

 何処か虚勢を、精一杯威嚇しているように思えた。


「エリザベート様」


 拒むエリザベートにアイリが話しかけた。


「これから数日間、会談が行われます。その間の宿泊施設と往復に警護が必要です。どうかご理解を」

「私は強いのよ」

「襲撃で会談を潰されないようにするためです」


 もし襲撃事件があったら、最悪会談をキャンセルする必要が出てくる。

 それを防ぐためにも警護が、襲撃を防ぐためにも必要だった。


「どうか、ご理解を」

「……分かったわ」


 アイリの迫力の前にエリザベートは渋々認めた。

 ただ、カリナンの方も引き気味だった。

 普段は優しいアイリだが、ダイナのような雰囲気を出していたからだ。


「では、エリザベート様、本日の会談のあと、滞在するお屋敷へ向かう際、我々が警護します」

「……よろしく」


 アイリが笑顔で挨拶するがエリザベートは相変わらず硬い表情のままで、三人が退出するまで硬い表情だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る