第七話 新人冒険者
冒険者高校生への生活指導
異世界への門が通じた現代日本において冒険者として活躍するダイナ。
毎日のようにダンジョンに潜るが、高校二年生であり、新門市の公立高校に通っている。
成績はまあまあ優秀で、授業態度は居眠り以外は大人しい。
だがこの日は生活指導の先生に呼ばれた。
「何の用ですか?」
生活指導室の席に座り正面に座っている眼鏡をかけ髪型を整えたスーツ姿の若い女性教員、国語の坂田先生に尋ねる。
二十代前半と生徒と年が近くて美人で密かに男子に人気があるが、お嬢様で少し融通が利かない。
過酷な教員にならずとも一流企業で受付嬢、いや総合職でもバリバリのキャリアとして活躍しただろう。
にも関わらず教員を選んだのは、真っ当な職業という観念と教育への深い情熱があるからだ。
そのため正義感が強く、規則や世間の常識に当てはめすぎる融通の利かないところが欠点で近寄りづらい先生だ。
ダイナも苦手なので、作った表情で尋ねた。
「冒険者を止めなさい」
坂田先生は教師然とした態度で真面目に、言った。
「まだ高校生でしょう。前から言っているようにダンジョンなんて危険な所に行っちゃいけないのよ」
予想通りのいつもの話にダイナはうんざりし、いつものように渋々答える。
「他に稼ぐ手段がないので」
「授業料は無料だし、特別法によって従軍者には十分な恩給が出ているはずよ」
新門戦争初期、出動した自衛隊は大損害を受けた。
万年人員不足の為、前線への補充は殆どなかった。
そのため現場部隊では民間人から志願者を募り、そのまま実戦に投入した。
避難が遅れ孤立状態だったため、民間人も仕方なく武器を取って戦っていた例もあり、彼らが戦後に罪に問われないよう――民間人が武器を保有し発砲するなど犯罪であるため自衛隊に志願した形をとった。
彼らのおかげで何とか戦争に勝つ事は出来た。しかし、膨れ上がった彼らを隊内に置いておくことは出来なかったし、彼らにも元の仕事がある。
かといって戦争で活躍した彼らを、そのまま放り出すのは、ためらわれる。
珍しく自衛隊から声を上げ、彼らの功績に報いるべく政府は様々な恩典を与えた。
主に除隊前の昇進と恩給だが、各種特典や減税控除、企業時の無利子の融資などもある。
ダイナのような未成年者も多かったため、進学先の授業料の免除、生活費の一定期間の支給もその一つだ。
元から授業料無償を目標にしていた事もありすんなり通った。
政府としても、戦場帰りが生活に困窮して犯罪行為に、それも戦場での経験を生かして武装強盗など行われたら対処に困る。
実際、食い詰めて犯罪に走ったり、外国の組織に雇われ傭兵まがいの活動に走る元隊員もいた。
彼らを非難するのは簡単だが、未曾有の脅威に巻き込まれながらも銃をとり、立ち向かい国に尽くしてくれたのに何もしないのは上に立つ者としてどうかしている。
事件を阻止するためにも、この手の支援策が出来ており、ダイナも多大な恩恵を受けていた。
「やれる事をしておきたいんですよ」
ダイナは溜息交じりに答えた。
確かに貰っている恩給だけで、今でも一人で生活は出来る。
だが、それ以上の事は出来ない。
恩給も何時までもあるとは思えない。
政府の機嫌一つ、緊縮財政を良しとして出費を抑えたい財務省、不公平だと言って声高にいう不平屋、与党との違いを見せたい野党。
何かあったら、すぐにこれらの支援策を廃止しかねない。
受験業者と同じで、金を貰ったらそれでお終い、成績が上がらなかったり、不合格だったら「残念でしたね」の一言で済ませる様な連中と同類だ。
年金さえ減額しているのに、明るい未来など見えない。
なら、冒険者が出来る間に稼げるだけ稼いで将来に備えて貯めておきたい、というのがダイナの本音だ。
「ダンジョンに入って危ないことをして死んじゃったり、怪我したらどうするの。死んじゃった子もいるんだよ」
「知ってますよ。現場にいましたから」
とは口にしなかった。
言ったら金切り声を上げて叫ぶのは目に見えているからだ。
「戦争ではしょっちゅうでしたよ」
だから控えめに自分のかつての話をした。それでも坂田先生はトーンを上げて言う。
「だからといって、自ら危険なダンジョンの中に入る事なんてないでしょう。他に仕事があるんだから。卒業すればいろんな職業に、大学に入ったらもっと良い仕事に就けるのよ。それにアルバイトだってあるでしょう」
「絶対の保証なんてないでしょう。それにアルバイトは稼ぎが少ないんですよ」
中学受験経験者で、受験後に力尽きて成績低迷で退学したダイナとしては頑張れば何とかなる、我慢しろ、辞めなさい、といった文言は塾でも家でも学校でも聞いてきたのでうんざりだった。
ルサンチマン、過去への怨念が噴き出し、反発心が反射的に生まれてしまう。
「私は、あなたの心配をしているのよ」
「と言って言い訳したいだけなんだろう」
吐き捨てるようにダイナは返した。
坂田先生は教師としてはある種の理想的な方だ。だが、あまりにも型にはまりすぎて、自分が正しいと思うばかり、相手に自分の考えを押しつける。
この手の言葉をダイナは小学校時代に浴びて勉強漬け以外の人生を歩めず中学は退学し自宅に引きこもっていた。
坂田先生が本気で言っていたとしても罵声も同然だ。
いや盲進して言っているなら余計に腹が立つ。
だから言い返したし悔いはなかった。
坂田先生に金切り声を上げさせ、「もういい!」と怒らせようやくダイナは生活指導から逃れることが出来た。
心配しているのだろうが、向き合う気がない人間はいやだ。
自分のやり方が正しいと思い他人に強要するなどゴミ屑でしかない。
まして、責任をとらない人間などに付き合う気はない。
受験と戦争で嫌という程、魂に刻まれるレベルで知り尽くしているダイナにとって自由というのは大切なのだ。
「今日は無理かな」
本当ならダンジョンに入りたかったが、呼び出しを食らったためになしだ。
本当に厄日だ。
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