ゴブリンも生き物

 御代に聞かれたダイナは、自分が考えた作戦を、反射的に答えた。


「連中が食料を求めて前進しているのであれば、与えないようにするべきです。餓えた兵力など脆いものです」


 生物は食べなければ生きて行けない。それは異世界であってもモンスターであっても同じだ。

 21世紀の軍隊だってそうだ。餓えると現地徴発、略奪を起こすことは、紛争地に嫌ほど例がある。

 ウクライナ侵攻で精強とされたロシア軍の不甲斐ない戦いぶりを見れば、自明の理だ。

 ゴブリンも食料を求めて動くのだ。

 そこを抑えれば彼らの動きは読めるし、罠にかけることも出来る。


「出来ればゴブリンを餓えさせるために、防衛線とその周辺の村は食料を含めて村人を引き上げさせるべきでしょう。防衛線へ送る兵士を送って空になった空のトラックを使えば手間は省けるはずです。他にもあえて食料を残すことでゴブリンを誘導する作戦も使えます」

「流石だな」


 御代がダイナを褒めた。

 こういう分析が、身を以て体験したことを元に意見を言うことが出来るから御代はダイナを重宝しているのだ。

 画面を見つめてばかりの分析官よりよほど信頼できる。

 ましてダイナは実戦を経験している。

 正確に下した情報が、最前線でどんな結果をもたらすのか理解しており、味方が良い結果になる方法を経験を元に進言する事が出来る。

 自邸隊を出て行っても御代がこうしてダイナを頼る理由だ。

 除隊前に昇進させて幹部にしてやったのに残らなかったことが本当に悔やまれる。


「すぐに偵察の準備を整える。それと早急に偵察を頼む」

「え?」


 突然の依頼にダイナは驚いた。


「私も偵察に行くんですか?」

「当然だ。人手が足りないんだ。連中を見つけ出すのにお前が一番適任だ」

「でも」

「今言った自分の作戦。実現してみたくないか?」

「うっ」


 御代の悪魔のような囁きにダイナは黙り込んだ。

 戦争なんて禄でもない、自分の指揮や作戦で人死が出るのは嫌だ。

 だが自分の経験を元に適切な作戦を考え出したとき、それを実現させたい、上手くいくところを見てみたいと思うのは、人間の本性だ。

 そこからダイナも逃れる事は出来ない。


「危険手当も含めて規定額の三倍だしてくださいよ」


 飛びつきたい本心を抑え、ダイナはビジネスを絡めて言う。


「二倍は払う。三倍になるかどうかは三日以内にゴブリン王の居場所を特定できたとき、ボーナスとして払う」

「基本報酬三倍、ボーナス含めて五倍」

「分かったよ。仕方ないな」


 御代は妥協した。

 ゴブリン王の討伐のために戦闘団規模、普通科連隊を中心に二〇〇〇名の隊員が動いている。

 それも複数の戦闘団が動いており総数は一万人に近い。

 空中機動部隊もいるし、一部は機甲部隊もいる。トラックや装甲車が中心とはいえ、彼らを動かすだけで一日に何億かかることか。

 移動するだけで故障や事故で失われる車両があるため、出動するだけで損失がでる。

 車両はトラックで数百万、戦車などの装備は億単位だ。

 人員の損失については考えたくもない。

 そして長期になればなるほど損害は嵩む。

 ならば、数百万程度で作戦行動が三日程度に抑えられるのであれば、割安と言える。

 戦争は最悪の事態、長期戦を想定しろと言うが、短期間で終わらせるに限る。

 費用対効果を考えれば、ダイナにそれだけの報酬を十分支払う価値はある、と御代は判断した。


「それじゃあ、早速行って貰おうか」

「まあ、ボーナスは支払う必要ないでしょう。上手くいっても見当を付けた本拠地へ到達するのに二日はかかりますから」


 ヘリがあるとはいえ、本拠地は敵の勢力圏の奥深くだ。

 見つからないよう行動するために、慎重な足取りが必要とされる。

 それに先のようなヘリを使った陽動も使えないし、支援もゴブリン王を見つけ出すまで望めない。

 ゴブリン退治に支援を必要としている部隊は多く、常にバックアップが来てくれるとは思えない。

 ライリーは勇者だが無尽蔵の体力を持っているわけでもないし、ゴブリン王退治が待っている。

 ここは交戦回数を減らすため潜入偵察、静かに近づくべきだとダイナは考えていた。

 日数はかかるが、安全優先だ。ボーナスはラッキー程度に考えるべきだ。

 本命は報酬を三倍に引き上げるためだ。

 金は欲しいががめつすぎると命を失う。

 ここは慎重に行こうとダイナは決めた


「大丈夫だ。本拠地の近くに降りられるから十分にボーナスを得られる機会はある」

「いや、無理でしょう」


 しかし御代は、壮絶な笑みを浮かべてダイナに言う。


「ここから想定される位置まで遠いですし、ヘリだと音でバレる。威力偵察ならともかく敵の奥地では隠密偵察じゃないと無理です」


 ダイナはすぐさま否定したがすぐに嫌な予感がよぎる。


「……まさか」


 一日で最前線どころか、敵の勢力の真っ只中は行ける移動手段がある事を、戦争中、何度も行ったことをダイナは思い出し顔を引きつらせた。

 その表情を見た御代は昏く凄惨な笑みを浮かべて告げた。


「そうだ。空から行けば良い。ヘリなんかより高い空から」

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