ゴブリンのガス対策
ダイナの言葉に麻衣は血の気が引いた。
ゴブリンが女にやる事など一つだけだからだ。
「さ、沙紀を! 沙紀を助けて!」
「……今なら間に合うか」
必死に頼み込む麻衣を見てダイナは呟くと奥を覗く。
「この先は?」
「行き止まり、何もいなかった」
「アイリ、ここで彼らを守れる?」
「一時間もすれば増援が来るから大丈夫」
ダイナに尋ねられてアイリは胸を張って答えた。
「じゃあ俺だけでも助けに行ってくるか。無理なようなら諦めるしかないが」
「わ、わたしも」
そこに麻衣が声を上げた。
「危険すぎるぞ」
付いてくると言う麻衣にダイナは言った。
「沙紀を見捨ててはおけない。手伝えることがあったら手伝う」
「わかった。手伝ってくれ。その代わり指示に従うように」
「わかったわ」
強く言う麻衣を見てダイナは、念押しすると麻衣は強く頷く。
「よし付いてこい」
ダイナは麻衣の同行を許可し、入り口に向かって歩き始める。
「でもどうしてゴブリンが後ろから襲撃してきたのかしら」
麻衣は疑問を口にした。
ダンジョンに入ったのは初めてだが自分たちは警戒を怠らなかった。
外の連中にありがちな横穴の見落としを警戒して、互いにダブルチェックトリプルチェックを行い、見落とさないようにしてきたはず。
麻衣もビビりということもあり、何度もチェックしていた。
なのにゴブリンはどこから来たのか不思議だった。
「ここだ」
ダイナが立ち止まった。
目の前には、行きに見た水たまりがあり、ダイナが覗く。
「ここが、なにか? うへえっ 虫がいる」
水面で足を動かすノミやダニを見て麻衣はのけぞる。
「ゴブリンはここから出てきたんだ」
「まさか、ここにいたの」
「変だと思わないか? 動物の血を好むノミやダニが水面に多数浮かんでいるなんて。それも生きている。ここにゴブリンは潜り込んだり出たりしていて、その時、身体に付いているノミやダニが落ちたんだ」
「そうかもしれないけど、ゴブリンって水の中でずっと住めるの?」
「いや、モンスターだが普通に呼吸するし溺死する」
「じゃあどうして」
その時、水面が揺れた。いや、中の水が盛り上がったような感じがした。
「離れろ」
「いっ」
ダイナは手榴弾を取り出すとピンを外しバーを開放すると水たまりの中に放り込み麻衣と共に逃げた。
四秒後、爆発が起こり水柱が上がる。そして何かが天井に当たり、地面に叩き付けられる音がした。
水の勢いが収まった後戻ってみるとゴブリンの死体があった。
「ひっ」
既に事切れていたが、全身を爆発の圧力、天井と床で叩きのめされたこともあって死体は見るも無惨な状態だった。
「ほ、本当にゴブリンがいた。でもどうして」
「水たまりじゃない。これはゴブリン達の通路だ」
「通路? でも水で塞がって」
「毒ガス対策だ。U字型になっている通路に水を入れておく。すると水が溜まった場所より先にはガスが行かない。ガスが充満している間は水たまりの中を潜ってこの先の安全な空間に逃げていたんだろう」
「じゃあ」
「ああ、ガスで全滅したと思って入ってきたところへこの水たまりから出てきて後ろから奇襲されたんだ」
ガスで全滅したと思い込み安易に入り、タダの水たまりと思い込んで碌に調べず警戒しなかった麻衣達のミスだった。
「ガスを使ったのは正解だ。ゴブリンの数が多かったからね。僕も数が多いとよくやるよ。でも詰めが甘かった。ゴブリンも無策じゃないんだ。対策を考え実行しているよ。その対策を念頭に行動しないと危険だ」
ゲームではオープニング近くに出てくる雑魚キャラの代名詞だが、現実のゴブリンは知恵もあり考える力がある。
こうして対策を施し逆襲してくることがあるほどに。
「良く知っているわね」
「……戦争で何度かやられた経験があるんで。それにベトナム戦を研究していた自衛官が上官だったからこの手の事は叩き込まれていたしね」
憎々しげな口調でダイナは言った。
粗暴で、口悪く、すぐ暴力に訴え、酒好き、女好き、スケベと禄でもない上官だったが、戦闘と実戦そして水面下の工作に異様に詳しく強い事もありダイナ達は生き残れた。
ゴブリンのガス対策もベトコンの地下陣地の毒ガス防御を思い出し調査したから見つけられた。
その前に何度かガスで死んだはずのゴブリンに反撃され痛い目に遭わされていただけにこの方法を見つけて以降は損害が減った。
他にも色々と教え込んでくれたお陰で、ダイナが単独でダンジョンに潜れる程技量を高めてくれたことには感謝している。
今でも粗暴な行いを根に持っていて殴りつけたい、と思うことはあるが。
「君の仲間、友達はこの先に連れて行かれたんだろう」
ダイナは麻衣に視線を向ける。
助けたいのか? と無言で尋ねた。
麻衣は小さく、だが強く頷いた。
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