第三話 塩素ガス

第三話 プロローグ

 重苦しい空気が、そのダンジョンには流れていた。

 息を吸っただけで死にそうだ。

 実際、吸ったら死ぬ。周りに毒ガス、塩素ガスが充満しているからだ。

 だからダイナはガスマスクを被って歩いていた。

 背中には背嚢の他に自動霧吹き機があり水霧を出している。

 重たいが、後始末には必要なので背負っている。


「ガスを使うのは、嫌なんだよな」


 ダイナはガスマスクが嫌いだった。

 息苦しいし、視野は狭い。

 足下を見るのも難しい。

 床に転がっていた塩素系漂白剤のポリタンクに気が付かず蹴り上げてしまった。

 タンクは放物線を描いて飛び、酸性の洗剤のタンクに当たり鈍い音を立てる。

 周囲では気泡を立てる液体が広がる。

 その中で両目を手で覆い、涎を垂らし、もがき苦しんで死んでいるゴブリンが倒れていた。

 ダイナはその死体に向けて銃剣を突き立てた。

 十分な時間と濃度であり死んでいるはずだが、万が一を考えて確認の為に突き刺す。

 気が重いがやるしかない。確認を怠って襲撃されるのは嫌だ。

 だが数十匹のゴブリンとなると気が重い。

 しかし千里の道も一歩から。

 ダイナは、作業のように銃剣を突き刺していき、ゴブリンを駆除した。


「さて、他に見落としはないかな」


 ダイナは周囲を確認する。


「うん?」


 奥の方の物陰に、鏡のような一角があった。


「水たまりか……」


 ダイナは覗き込むと確かに水面だった。

 ノミやダニが浮き上がっており、少し濁っている。

 周囲も大量の水で濡れている。


「厄介だな」


 水たまりとその周辺を見たダイナは溜息を吐いた。




 新門戦争が終わって一年あまり。

 戦火は激しかったが、異世界との唯一の接点となった新門市は異世界との交易と交流の需要で急速に発展していた。

 人口が流入し都市機能が整えられた。

 戦災の跡は、消えていったが皆無になった訳ではない。

 公立新門高校近くの通学路を歩く高校生の話の中にもそれは現れる。


「なあなあ、またゴブリンの巣が出来たってさ」

「またあ。新しいダンジョンが出来たの?」

「ダンジョンの跡に住み着いたみたいだ」


 新門戦争の時、魔王がばらまいたダンジョンコア。それが自己複製増殖し新門市を中心にダンジョンが各所に出来ていた。

 見つけ次第自衛隊と警察が、制圧しダンジョンコアを回収している。

 しかし、成長が止まったダンジョンはそのまま残される。

 そこに他のダンジョンから溢れたモンスターが住み着くことがある。


「全く困るのよね。つきまとわれたりすると」


 明るい髪色に浅黒い肌を持ち付け爪にネイルを施した女子高校生、山瀬麻衣が溜息を吐く。

 時折出てくるゴブリンに遭遇し、つきまとわれることがある。


「確かにな」


 隣にいた男子高校生、沢田秀夫が言う。

 お調子者で、騒がしいのが玉に瑕だが、やんちゃで色々と行動力のあるところがクラスで好まれていた。


「けど叩きのめせるだろう。俺もこの前も一匹仕留めたし」


 ダンジョンもモンスターも新門市の住民は慣れっこになっていた。

 入居当初こそ騒ぎになったが、ゴブリン一体程度なら町の住人が集まってたたきのめすことは日常となっている。


「ゴブリンが出たって」

「うわっ! って木戸か」


 二人が話してると木戸、ダイナが話しに割り込んだ。


「この前見つけたダンジョン跡に住み着いたゴブリンの群れの話しだよ。昨日、冒険者が処理したそうだけど」

「そうか」


 沢田の言葉にダイナは、ほっとしたような表情になる。


「廃ダンジョンのモンスターも危険だ見つけたら通報しろよ」

「分かっているって」


 ダイナは疑わしげに男子高校生を見たが、離れていった。


「あれA組の木戸だな」

「知っているの?」

「多少有名だからね。戦争帰りで今でもダンジョンに潜っているって噂」

「へー、一緒に入ってくれたら良いな」

「馬鹿、ダンジョンは怖いところだぞ。入ったら死ぬかもしれない。この前も外から来た連中が武器を持たせて貰えるからと行って入って自滅したって話し聞いているだろう」

「そうね」


 ダンジョンは危険だ。

 モンスターを生み出したりトラップがあったりと危険だ。

 そのため新門市の住民は近くにダンジョンを見つけても入る事はないし教育されている。

 先日何も知らない市外の高校生が武器を与えられて喜んで入り、自滅したという話が学校で話されたばかりだ。

 そんな馬鹿を起こさないよう教育で徹底されていた。


「でだ。そのゴブリンが入っている廃ダンジョンに行かないか?」

「え?」


 麻衣は沢田の言葉に驚いた。


「何を行っているのよダンジョンに入るだなんて。危険すぎるわよ。そう言ったのはあんたじゃないの」

「普通のダンジョンなら危険だ。だが、廃ダンジョンなら大丈夫だろう」


 ダンジョンコアが抜かれたダンジョンは機能を停止し、モンスターを生み出さないしトラップも作動しない。

 比較的安全と言える。


「何か冒険者が見落としたアイテムがあるかもしれない。見つけたら小遣い稼ぎになる。アクセ欲しいって言っていただろう」

「そうだけど、モンスターがいたらどうするのよ」


 ダンジョンの危険は常日頃から学校で言われている。

 中は入り組んでおり見通しが悪くモンスターの数も分からない。

 思わぬ物陰から回り込まれ前後から襲撃されることもある。

 だから絶対にダンジョンに入るな、廃ダンジョンでも危険だ、と言われていた。

 麻衣はたった一匹でもゴブリンにつきまとわれた事がありモンスターが怖い。前後を挟まれ、集団で襲われるなど絶対に嫌だった。


「なに、方法はある」


 怖がる麻衣に対して、自信満々な沢田はにんまりと笑った。

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