マスター

「止めないか!」


 カウンターにいた喫茶店のマスターが銃口から硝煙が燻る散弾銃、レミントンM870を手にして叫ぶ。


「店内で騒ぎを起こすのは御法度!」

「こいつが殴ってきたんだ! 俺は悪くねえぞ」


 山本は自分は悪くないと言わんばかりに大きな身振り手振りで訴える。

 嘘は言っていない。狂言ではなく、心の底から山本は、そう思っている。

 自分が上でダイナが下。

 ダイナには何をしても良いが自分に刃向かうなど、殴り返されて当然と心から思っていた。


「先に手を出してきたのはお前だろう。お連れさんにも悪態を放っていた、殴られて当然だ」


 だがマスターは山本の価値観に同意するつもりはなく、吐き捨てた。


「おい、手を出したのはこいつだろう!」


 自分の言い分を、自分の価値観を理解しないマスターに山本は苛立ち声を荒げる。


「暴言も暴力だ。ウチの店で暴力行為は御法度だ。お前が悪いんだ」

「何だとテメエ」


 自分の考えを理解せず、面と向かって悪いと言われた山本は声を荒げた。


 ジャコンッ


 だが、マスターが散弾銃を派手な音が出るように、ポンプアクションで次弾を込めたのを聞いて黙った。


「今は警告用の空砲だが今度は実弾だ。これ以上文句があるなら鉛玉を食らわすぞ」

「や、やれるのかよ」

「試してみるか?」


 マスターは山本に向かって銃口を向けた。

 まだ煙硝が燻る銃口も怖いが、マスターの殺意の籠もった視線を浴びて山本は縮み上がった。


「……けっ、覚えていろよ!」


 捨て台詞を吐くと、山本は仲間と共に出て行った。


「まったく、トラブルは止めてくれ」

「済まないマスター。迷惑をかけた」

「かける前に止めただけだ。殺す気だっただろう」


 マスターはダイナとアイリを見ていった。

 二人とも持っていた拳銃に手をかけている。

 店に入ったときから、二人の行動を見ていて要注意人物、トラブルが起きたときもっとも危険だと判断して見ていた。


「絨毯の洗濯にどれくらい掛かると思っているんだ。人間の血脂は落ちにくいんだぞ」


 喫茶店で銃撃戦が行われたら店の迷惑だと言わんばかりに二人に言う。

 ダイナとアイリは本気で山本達を撃ち殺そうとしていた。

 向こうからの攻撃であり正当防衛は成立する。

 新門市は武装した冒険者が多く、暴行事件には厳罰を以て対処している。一方が暴言を含む暴力で襲いかかってきたら銃で返り討ち、殺されても文句は言えない。

 新門市は特別行政区であり、独自の法律で運用されてる。

 今の場合でも山本達に対して大成達が銃を撃って射殺しても正当防衛が成立する。

 最悪相手が死んだとしても事情聴取だけで即日解放される。

 新門市は日本だが、騒動の多い新門市特有の事情に対応するための処置であり外の法律では無く中の法律で動いている。

 だが外の人間、新門市以外で分かっている人間は少ない。

 そして、ダイナは本気で山本を殺す気だった。

 虐められていたときの記憶で動かなかったが、アイリへの乱暴を見て、山本を敵対的と判断し手が出た。なおも攻撃してきたのでモンスターレベル――即座に排除と認識して行動していた。

 アイリもダイナへの暴行で頭にきており、血が上ると手を出しやすい性格もあって銃に手を掛けていた。


「あんなチンピラのために店が閉まるのは剛腹だ」


 二人の行動を予測しマスターは牽制の為に散弾銃を発砲したのだ。

 それに、また来るか分からない流れ者と何度か来てくれそうな地元の人間。

 店にとってどちらが重要かは明らかだ。


「マスターは従軍経験者?」

「ああ、集成第五〇二連隊にいた」

「ポイントマンを務めていたんですか?」

「そうだ」


 ダイナの言葉にマスターは頷いた。

 ポイントマン、分隊の先頭に立ち、部隊の進路を決める重要なポジションで分隊の中でも特に優秀なベテラン兵が配置される。

 いきなりモンスターに襲われる危険があるので、連射する小銃ではなく、一発で広範囲に弾が散らばる散弾銃を持つことが多い。

 M870の扱いが上手いのは、ポイントマンを何度も務めたからだろう。

 ダイナも何度か務めた事があるので、扱い方からマスターの技量を正確に見抜きベテランと判断。

 心証が良くなり、笑みがこぼれる。


「僕たちは集成第五〇三連隊」

「五〇三か精鋭だな」

「そちらも」


 出会ったことのないモンスター相手の戦争で戦ったという経験は、戦った者にしか分からない。

 瞬時の判断や、信頼できるかどうか、あの激戦を生き延びるには、生きてなお普段の生活を送るにはあまりに異質すぎる。

 マスターが瞬時に二人が拳銃を持っている、発砲すると判断しカウンターの下から――万が一モンスターが現れた時に発砲するために置いている散弾銃を出したのはその時の経験の賜物だ。

 同時に共感しうるものがある。

 部隊は違っても同じ戦争を戦い抜いた三人は旧友に会ったような気分になった。


「何か一つ、奢らせてくれ」

「いや、戦友だからといって、たかるつもりはない。迷惑かけたんだし何か一つ頼むよ」

「遠慮するな。旧友に会えたようで気分が良いんだ。あんな奴に酷い気分にされたからな」

「昔の知り合いがやらかした、わびも含めて注文させてくれ」

「ならうちの自慢の逸品を出すぞ」

「じゃあ、それで」


 マスターがウキウキしながら奥へ向かった。

 だが取り残された二人の間には気まずい雰囲気が流れた。

 楽しいデートだったのに、あのぶしつけな山本が現れて台無しだ。

 気を取り直して会話しようにも、あの汚い笑い声を思い出してしまう。

 そのため席にもどったダイナとアイリの間には沈黙が流れた。


「……そういえば仕事って?」


 ダイナが話を振ってみた。

 共通する話題など仕事、ダンジョンかモンスター関係くらいしかない。

 話のネタにしようとダイナは聞いてみた。


「……そうね」


 ダイナの不器用なことを知っているアイリは、話題転換のきっかけになれば、と思い話し始めた。


「二〇式改が裏で流通しているって話」

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