第一話 エピローグ

「あ、アイリ」


 突然抱き付かれてダイナは戸惑って尋ねるが、アイリは何も言わず腕に力を入れて抱き寄せる。

 背中に柔らかいものが押しつけられ、髪から甘い良い香りが、先ほどまで泣いて激しかった息が静かに耳朶にかかる。

 何より触れる全てが柔らかい。


「ど、どうしたの?」


 それだけ言うのが精一杯だった

 十代後半の少年には異性の刺激は強すぎる。


「放してくれたない?」

「だめ」

「何で」

「また飛び出して無茶しそうだから」


 母性に溢れる抱擁でアイリはダイナを抱きしめる。

 まるで赤ん坊か、聞き分けのない仔犬のような扱いだ。


「それに」

「それに?」

「ダイナが無事なのを確かめたいの」


 アイリは呟くと更に一段と腕の力を強め、ダイナの首筋に顔をこすりつける。


「……」


 ダイナはアイリにされるがままだった。

 前からこうだった。

 戦争中も寂しかったり不安だと背後から抱き付いて顔を埋めてきた。

 今回は、無鉄砲な事、単身でドラゴンのブレスに突っ込んむなど、無茶をした自覚、アイリを心配させたと思っていたダイナは、返す言葉もなかった。


「……何か、欲しいものとかある?」

「……今度報酬渡すとき、美味しい店でお願い」

「食事?」

「パフェが良い」

「何処かの喫茶店で食べられないか、調べておくよ」

「楽しみにしている」


 その後もアイリは満足するまでダイナを抱きしめ続けた。




「任務ご苦労様、アイリ」


 司令部に戻ったアイリは、友人の陽美に出迎えられた。

 人当たりの良い、赤いショートカットの少女で司令部勤務をしているアイリの同僚であり友人だ。

 戦争中からの友人で心から語り合える友人だった。


「大変だったわね」

「うん、予定通りにはいかなかったわ。陽美に余計な仕事を増やしてゴメン」

「いいわよ。当直だし、どうせダンジョンの報告を処理する必要があったんだから。それよりデート台無しだったね」


 今回のダンジョン、いや計画を立てたのは陽美だ。

 中々、ダイナと会う機会が無いため、今回の調査を使って二人きりの時間を作ろうと陽美が手を回してくれたのだ。

 偵察など早々に切り上げて二人での時間を作ろうと考えた。

 だが、予想以上に大きなダンジョンだった。


「仕方ないわ。思ったより成長していたし。それにダイナの評価も上がっているし。これまで通りよ」

「甲斐甲斐しいね」


 ダイナに良い案件を渡すのも、隊内での評価、冒険者としての評判を良くしたいと思っていた。


「それに、全く無駄じゃなかったわ。今回の件の報酬を渡すとき、パフェ奢ってくれる事になったの」

「やったじゃん。大収穫よ」

「ええ、良かったわ」


 ダンジョンに潜る以外に興味を示さないあの唐変木に会う予定、事実上のデートを約束させただけでも大金星だ。


「でも、どうしてあんなのが良いの? 無茶をするし」


 陽美はアイリに聞いた。

 二人とも戦争中からの知り合いであり、性格はよくしっている。

 特にダイナは無鉄砲なところが多く、ヒヤヒヤする。


「そうね。でも頼りがいがあるのよね。どんなモンスターでも立ち向かっていくから」

「確かに」


 アイリの言葉に陽美は頷いた。

 戦争中、何度も強力なモンスターに襲われてピンチになったが、ダイナの活躍で幾度も窮地を乗り切った。

 その戦いぶりから陽美がダイナに惚れた、好意こともあった。


「まるで巨大な狼みたい、孤高で強いの」


 のろけるようにアイリが的確に言う。


「だけど、本人無茶をやっている自覚があるの。そしてそのことを窘めるとまるで叱られた子犬のように、しゅん、と落ち込むの。それが可愛くてつい抱きしめちゃうの」

「ああ、わかる」


 そのギャップが良いのだ。

 陽美も、ダイナのその点は可愛いと思う。

 だが陽美は後方勤務が多いため、前線でバディを組んでいるアイリの方がチャンスは多いしお似合いだと思っている。なので、アイリに遠慮して陽美は一歩下がっている。

 その代わり、割の良いダンジョンを知らせたり、今回のように手助けしている。

 もっとも陽美はダイナを諦めているわけではなく、アイリが尻込みするようなら自分が横からかすめ取るつもりだ。

 そのことはアイリにも伝えており、仲が進展するようにハッパをかけている。


「我ながらお人好ね」

「どうしたの? 陽美」

「ううん、何でもないわ。それじゃあ、仕事の方は私がやっておくから、アイリは報告書書いておいて」

「何かあったの?」

「うん。別件で武器の流通に変なところがあるって通報があったの。戦場で回収された武器みたいなんだけど冒険者の方へ流れていなくて。変な事に使いそうな気配だから警務隊とか、警察とかと調べようとしていたの」

「こっちの仕事が終わったら陽美の手伝うわよ」

「いいわよ。ダンジョンから帰ったばかりで疲れているでしょう」

「仕事回してくれて仕事が詰まっているでしょう。手伝うわよ。それに夜食を食べて疲れは取れたから平気よ」

「ふーん、夜食ね」


 陽美はニヤニヤ笑いながら言う。


「? どうしたの?」

「うふふ、なんでもない。それよりお言葉に甘えて仕事手伝って貰おうかな」

「ええ、早速始めましょう」


 陽美としては当事者であるアイリが処理してくれるのなら事情を知るだけに仕事が手早く終わる。

 ダンジョンのような現場だけでなく、こうした事務処理も得意なアイリが手伝ってくれるのは大助かりなのだ。


(しかし、こんなに良い子のアイリを放っておくなって、ダイナも意気地なしね)


 甲斐甲斐しい同僚にして友人を放置しているダイナに、陽美は少し憤慨した。

 何とか、くっつけようとまた新たな方法はないか、そしてその方法を伝えるときアイリを赤面させて楽しめないか、と仕事をしつつ考え始めた。

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