ヘリの中での準備

「それで、アイリ現地の情報は?」


 二人が乗り込み上昇を始めた大型輸送ヘリの中でダイナはアイリにに尋ねた。

 いつの間にか、二人はバディ時代の呼び方に戻っていた。

 スイッチが入り、ダンジョンモードとなり、ダイナは授業をサボり気味の高校生から武器を操る現代冒険者となり臨戦態勢になった。


「これよ」


 アイリから渡された資料をダイナはざっと読む。


「比較的大きいね。前からあったようだな。調べなかったの?」

「人手不足だし、知識のある人が少ないから小規模ダンジョンと判断されて放置されていたみたい」

「周りに被害は出ていないのか?」

「ええ、今のところは」


 そう言うと広い貨物室の一角をカーテンでアイリは閉めきった。


「他に情報は?」


 尋ねようとダイナは視線をカーテン越しにアイリに向けたがすぐにそらした。

 カーテンの向こうでアイリが制服を脱ぎ始めた。

 顔を背けても、激しいロータ音が響く機内なのに布が擦れる音がダイナの耳に届き、顔を赤く染めていく。


「今のところ、入っている情報は比較的大規模なダンジョンで中が広いということ。外に出てくるモンスターはまだ少ないわ。定期的な情報の洗い直しで大規模なことが分かって改めて調査することが決定したの」


 説明してくれているが、着替えながらなので頭がオーバーヒートしそうだった。

 途中でダイナはチラリと横目で見たがカーテン越しでも照明に照らされたアイリの身体のラインが、特徴的な曲線がシルエットでもハッキリわかる。

 戦争中に生で見た時も美しさに耐えられず目を背けてしまった。いや覚えているからこそ、その時の記憶とダブってしまい余計に見る事が出来ない。


「でもいずれ多数のモンスターが出てくると予想しているから今のうちに叩いておきたいの」


 着替えている間にもアイリの説明は続く。

 そのため耳を傾ける必要があり、どうしても衣擦れの音まで拾ってしまう。


「それとなるべく早く片付けたいの」

「どうしてだ?」

「米軍あたりが嗅ぎつけて動き出しそうなの。ダンジョンコア目当てで」


 異世界の物は高値で取引される。

 特にモンスターや未知の生物は遺伝情報、バイオテクノロジーを扱う会社にとっては非常に大きな利益を生む金の卵だ。

 世界中から異世界の物を得ようと新門市に集まってきている。

 特に魔力を集め、エネルギーにするダンジョンコアは各国が求めている。

 何処の国も確保しようと必死だ。時に非合法な方法で得ようとするほどに。


「在日米軍の一部が部隊を動員して奪取しようとしているみたい」

「日本国内だろう。日本政府の承認は?」

「政府は承認していない。けど、事後なら何とでもなるわ」


 何とか気を逸らそうとダイナはアイリに話しかけるが、衣擦れの音が絶えず響くため雑念は振りほどけない。

 機内にいる機上整備員が目を大きく見開いてカーテンをガン見していた。

 ダイナは、何故か腹が立ち、殺意を込めた視線を整備員に送る。

 整備員はダイナより年上だが、ダンジョンに潜っている上、戦争中も最前線で戦い続けたダイナの迫力にすくみ上がり、ガタガタと震えて視線を逸らし窓の外を見続けた。


「今回は偵察だから、奥まで行かなくて良いわ」


 着替え終わったアイリがカーテンを開けた。

 ホッと一息吐いてダイナは視線を向けたが、固まった。

 白の身体のラインがピッチリ出るボディスーツに身を包んでいたからだ。


「なんだそれは?」

「これ? 試作のスーツよ。狭い場所とかだと衣服が弛んでいると危険だし、めくれて素肌を晒さないようにするためのものよ。薄いけどある程度の衝撃や斬撃も吸収してくれるものよ」

「そう」


 ダイナは生返事するだけで精一杯だった。

 制作者は、バディを組む相手のことも考えてほしいものだ。


「ダイナも着てみる?」

「……慣れている方が良い」

「そうね。ダイナはいつもと同じ物がいいのよね」


 姉のような笑みを浮かべて思い出しながらアイリは言う。

 ダイナは感覚が鋭く、神経質で、昔から、同じものを好む。違うものや状況だとストレスがかかり疲れやすい。

 お陰で一寸した異変に気がついたダイナの機転で戦場など助かった事が多い。

 普段でも少しでも気分良く過ごそうとするダイナの一寸した工夫を真似してストレスが減り気分良く過ごせる。

 それでいて気分屋で、さみしがり屋。

 猫みたいなダイナのことを、アイリは好んでいた。


「着替える?」

「そうする」


 少しでも視線を外そうとアイリと入れ替わりにダイナは着替える。

 いつもダンジョンに潜るときに着る暗色系の緩い上着にジャケットを着た姿になり、装備を点検する。


「目的地まであと一分」


 準備が終わった時、パイロットが言った。目的地に到着したのだ。

 ダイナとアイリは小銃とサブウェポンの薬室に初弾を装填。確認すると安全装置を付けてハッチに向かった。


「じゃあ、降りるわよ」

「おう」


 ずっと外を見ていた機上整備員が太いロープを下ろし、地上に垂れていることを確認すると二人に合図を送る。

 ダイナが先にロープを両手で掴み、ファストロープ降下していった。

 両手のみで装備を含めた重量を支えつつ、降下。地上に近づくと両足でロープを絡め、減速。

 地上に着くと、ロープから離れ、両手で小銃を構え周囲を見渡し、安全を確認する。

 異常が無いのを確認して、右手で小銃を構えつつアイリに左手で合図を送ると彼女もファストロープ降下で降りてきた。

 カラビナを使った懸垂降下が安全だが準備と降りてからロープをほどくのに時間が掛かる。

 一本のロープを使い短時間で複数の人員が降りれるファストロープの方が降下に掛かる時間を――降下の間、無防備になる時間を短縮出来るのでダイナたちは好んでいた。

 無事に降下するとアイリは、ヘリに合図をして問題なしと伝える。

 ヘリは旋回しつつ上昇しパイロットは二人の無事を祈って敬礼し、飛び去っていった。


「さあ、ダンジョンの入り口はこの先よ」


 ダイナの前に立ってアイリは歩き出した。

 場所はアイリだけが知っているので仕方ないが、身体のラインが、ふくよかな腰のラインが常に視界に入り、ダイナは目のやり場に困った。

 アイリの姿を見失わないよう追いかけていくので精一杯だった。

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