愛里

「どうしてここに?」


 ギルドに入ってきたアイリに大成は尋ねた。

 彼女もたまたま門の近くの親戚を尋ねてやって来たとき新門戦争で共に巻き込まれた。他の人と同じように分断され、孤立する中、自らを守る為に自衛隊に入り戦い、終戦を迎えた。

 大成も愛里も自衛隊から離れたが、大成はソロの冒険者をはじめると、愛里は嘱託として自衛隊に戻った。

 現在は陸上自衛隊新門方面隊に属しながら新門統合任務部隊司令部で働いている。

 予備自衛官ながら民間人、事務官扱いで、服務規程が緩く、腰まである長い髪もあまりうるさく言われない。

 また、門の周辺の防衛、日本だけで無く異世界側の守備を任されている新門統合任務部隊と新門方面隊は、常日頃からモンスターやダンジョンを相手に戦っている。

 多種多様なモンスターを相手にするため、かなり自由、よく言えば柔軟性があり、悪く言えば独立愚連隊のような場所のため規律が緩い。

 そのため、アイリのような姿でも、うるさく言われなかった。

 かなり融通が利くし、日本を守る為、色々行う。


「ダイナ君が居ると聞いて、頼みたいことがあって」


 冒険者に頼み込む事が多いのも新門方面隊の特徴だ。

 戦争から兵力不足は相変わらず、むしろ、戦争が終わったため急速に数を減らされている。

 だがダンジョンの脅威は増大しているため、冒険者に依頼する事が多い。

 鹿やイノシシなどの害獣で被害が出ているにもかかわらず猟銃さえ規制を強めている警察は民間人が武装、それも自動小銃やグレネードを持つ事を好まなかった。

 だから冒険者への風当たりも強い。

 しかし、増大するモンスターとダンジョンの脅威の前に背に腹は代えられず、警察の反対を無視して新門方面隊は積極的に冒険者を使っていた。

 警察に対して実績を誇示するためにも、冒険者達は積極的に新門方面隊の依頼を受けるようになっていた。


「断れないな」


 大成も拒否しづらい。

 ダンジョン攻略の依頼や情報をアイリが持ってきてくれるのだ。

 前回のダンジョンも彼女が持ってきてくれた情報で見つける事が出来たのだ。


「受けるよ」

「良かった」


 大成の返事アイリは喜ぶと、紙の資料を取り出して見せた。


「新門市の外に少し大きめのダンジョンが出来ているようなの。モンスターも外に出始めていて早急に対処する必要があるわ。そのためには情報が必要なんだけど偵察して収集してくれない?」

「新門市の外なら東部方面隊の管轄だろう」


 門の近くは、都道府県ではなく政府直轄の新門特別行政区の管轄に置かれている。

 ただ新門区と書くとスマホなどのメッセージで変換の時、「新文句」と出てしまうので、正式な文書が新門特別区と書き、一般では新門市と言うことが多い。

 異世界への通路近くという立地は、周辺へ多大な経済波及効果を及ぼす。

 ダンジョンコアが高値で取引され、新門市の経済発展に著しいのが証拠だ。

 だが、同時にダンジョンの出現や門から出てくるモンスター、不良冒険者への対応など、既存の自治体では難しい事態へ対応する必要がある。

 そこで新門市が作られ政府が管理し様々な問題に対処している。

 自衛隊でも対応するため新門市と異世界を管轄する新門統合任務部隊と所属下に各種部隊を作り対応していた。

 しかし、新門市の外は別の部隊、関東甲信越を守る東部方面隊の管轄だ。


「そうだけど、モンスターに対応できる隊員は殆ど新門方面隊に配備されているから」

「また減らされたか」


 戦争前からの傾向だが、自衛隊には予算が回されない。

 新門戦争の前には十兆円の防衛費とか騒がせたが、定員が増えなかったり、給与が増えなかったりで人手不足だ。

 そして門が出来たあとは、向こう側の異世界と日本国内に出来たダンジョンへの対応が追加された。

 戦争で膨大な戦費を使われたため財務省が財布の紐を絞っていることもあり、自衛隊もやりくりが大変だ。

 本来なら予算と人員を拡大するべきだが、出来ない。

 そのため従軍経験があるとはいえ一般人の愛理が嘱託司令部要員を務めたり、大成のような冒険者に依頼したりして自衛隊は増大する業務と人数不足を補い、対処しようとしていた。


「そういうわけで、引き受けてくれない? いつものように偵察だけでもいいから」

「分かった受けるよ」


 愛理がダンジョンの情報をくれるおかげでダイナはソロで潜れるのだ。

 入ってみたら本当にやばいダンジョンでも、収集した範囲の情報――内部の地図やモンスターの数などを報告すれば、自衛隊の司令部で買い取ってくれるよう愛里は便宜をはかってくれる。

 今後もソロで潜り続けることを考えると大成は断ることが出来ない。


「良かった」


 大成が受けたことをアイリは喜ぶ。

 それはもう零れるような笑みで、そこらのアイドルより輝いている。この笑顔を見れただけでも依頼を受けて良かった思うくらいに。

 ダンジョンは危険で命がけなのだが、そう思ってしまうくらいアイリはバディを組んでいた頃から魅力的だった。


「じゃあ、早速行きましょう」

「今からか? 昨日潜ったばかりなんだが」


 一通りの道具はケースの中に入れているので今からダンジョンへ潜るのに問題ないが、昨日の疲れが残っている状態は避けたい。

 昼間の授業で昼寝をしても取れない疲労があるのだ。


「油断して不覚を取りたくない」


 疲れて動けなくなったり、感覚が鈍るのを大成は嫌がった。


「私がフォローするから」

「一緒に潜る気?」


 愛理の言葉に大成はたじろいだ。

 確かに援護しフォローしてくれる相手がいれば、負担は減る。

 戦争時代のバディなので連携も意思疎通も問題はない。

 ただ、愛理と行動するのは気恥ずかしかった


「嫌?」


 愛理は眉を寄せ、屈み上目遣いで大成に尋ねた。


「嫌というわけじゃないけど……」


 気恥ずかしさを隠したくて大成は言いよどむ。


「今日はここでエイブルと夕飯を食べようと思っているんだが」

「済まないが、もう閉店だ」


 カウンターのエイブルが言った。


「急用が入って、取引の為に、これから店を閉めて向かわないといけない。だから、もう切り上げて欲しいんだが」

「……分かったよ。急用じゃ仕方ない。じゃあいこうか」

「ええ行きましょう」


 大成は観念し、腕を絡めてきた愛理と共にギルドの扉から出て行く。

 扉が締まる間際、愛理がエイブルに視線を向け、感謝のウィンクをすると、エイブルは成功を祈ってサムズアップで送り出した。


「やれやれ、熱いね」


 エイブルはカウンター下にある椅子に座ると棚の酒を開け、閉店まで飲み始めた。




「それで、どうやって行くんだい?」


 繁華街に出てきた大成は愛理に尋ねた。

 途中ではぐれたフリをして逃げようかとも思ったが、アイリが腕を絡められていたため、相変わらずの気持ちの良い柔らかさからは逃れられず大成は観念していた。


「今からだと電車でも遠いんじゃ?」


 疑問に思っていると、駅前広場まで戻ったが、規制線が張られ広場に入れなくなっていた。

 何事かと思っていると上空から聞き慣れた音が、響いてきた。


「おい、アレを見ろ」


 周りの一般人がスマホを構えつつ上空を指さす。

 上空からCH47、チヌークが降りてきた。

 タンデムローター式、二つのローターを持つ大型輸送ヘリコプターだ。

 ヘリは風を巻き起こしながら広場に着地し、大成と愛里の前にタラップを下ろした。


「時間が無いから、呼び寄せたヘリで行くわ。早く乗って」


激しい風とローター音の中でも愛里の声は、大成の耳に届き、仕方ないと肩をすくめて大成はヘリに乗りこんだ。

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