3話

自分の言葉を素直に伝えるのは得意じゃない。

あれが好きとか、嫌いとか。

そんな言葉を自分の口からすんなり言えたらどれほど楽だっただろう。

どうしても口籠ってしまう。その性格が仇とでた。

今一番言葉を伝えたいタイミングで、大事な一言が音にならない。


「雪斗君、マネジメントに興味はない?」

「マネジメントですか?」

「マネジメント。お互いがお互いに心酔しきっている君たちだ。仕事柄でも一緒になれるいい口実だと思うんだけど?」

「そんなの素人ができるんですか?具体的な仕事は?」

「ずっと彼女のそばにいて、彼女の芸能活動の心の支えになる。これだけ。」

「さすがに舐めすぎじゃないですか。」

「じゃあスケジュールの管理、アポ取り、お偉いさんとの会議。今の知識と体力で回せる?」

「無理ですね。」

「別に最初は形だけでいいんだよ。徐々に覚えていれば。」

「そんな無茶な。」

服の裾を強めに握られた。

「ねぇ、雪斗?」

上目遣いで彼女が僕に優しく話し始める。

「私ね。この話受けようと思ってる。」

「本当に?」

「うん。もうすぐで貯金が尽きちゃうから、どちらにせよそろそろ仕事は探さなきゃだし。」

「でも」

「私ね。1つだけ不安があったの。」

「不安?」

「私が正気に戻って平穏な生活を送れるようになったのは雪斗のおかげ。雪斗が横にいるから私は今も自分を保てている。だけどずっとそうしているわけにはいかない。どこかしらの機会で私たちが離れ離れになる可能性がないとも言い切れない。そうなってしまいたくない。できるならたくさんの時間を一緒に過ごしていたい。もしそれがこのアイドルとマネージャーという関係性で成立するのであれば私はこのアイドルという職業にチャレンジする価値はあるんじゃないかなと思ってる。」

彼女の上目遣いは可愛らしいものから、覚悟のこもった信念の目に変わった。

じっと僕の方を見つめて訴えかけるように僕を見つめ続けている。

正直ここまできたら後戻りできないのかもしれない。

「わかった。やるよマネージャー。」

「ほんと?やった!!」

小さくガッツポーズをする茜音。

「今の話の通りです。河咲さん。アイドルのお仕事ぜひやらせてください。」

「ありがとう。では今後のことについて少しお話しさせてもらってもいいかな。」

「はい!!」



食事が終わり、帰りのタクシーを手配してもらっている最中、河咲さんに僕1人だけ呼び出された。

「1つだけお願いをしてもいいかな?」

「内容によります。」

ポケットから銀色のライターとタバコを一本取り出し、火をつけた。

「タバコ吸うんですね。」

「ああ、まあたまにね。」

「たまに」にしては結構吸い慣れてる気がする。

素人目だがタバコの持ち方とか吸い方が様になってる。

「アイドル業界はさ、多分思っている以上に過酷だし、事務所によっては派閥とかいじめとかもある。黒くて闇が深い業界なんだよ。」

アイドルなんて綺麗なもんじゃない。

世に見せているのはほんの一部でその裏側に回れば真っ暗な世界が待ってる。

「だから少しでもいい。君が使える時間をできる限り彼女に使ってあげて。」

「いつも気にかけてますよ。」

「それはここ数年の環境での話だろ。今後は社会に出る。君ら2人だけでの世界は今日限りで終わるんだ。」

「他人にも目を向けろってことですね。」

「他人じゃない。これからは自分と関わる人間に対して何かしらの役回りがつく。企業のお偉いさん、スポンサー会社の担当、カメラマンの人。茜音と君に関わる全ての人に目を向けろ。」

「それは茜音が人気になるために必要なことですか?」

「もちろん。それができれば自ずとマネージャーとしての才覚が現れるはずだよ。」

「あなたは」

「期待してるよ。君にもね。」

ピコン

「タクシー。きたんじゃないか?」

ポケットに入ったスマホを取り出すと茜音からのメールが届いていた。

『タクシーきたぞ〜』

「じゃあ2日後。多分また自宅にタクシーが迎えに来ると思うから。」

「はい。失礼します。」

「うん。またね。」



「河咲さんと何話してたの?」

「マネージャー業頑張れって応援された。」

「へー。」

帰りのタクシーの中で会話が始まった。

「ご飯美味しかったね。」

「あんな緊張する場所は2度とごめんだ。」

「あはは。慣れてないの結構動きに出てたもんね。」

「ぎこちなくて悪かったな。」

今後からはもう少し緊張感のない場所にしてほしいと切実に思う。

「アイドルかぁ〜」

「そう言えば茜音って踊れるの?」

「多分。昔は踊れたし、多分できるでしょ。」

「不安でしかない。」

「まあ、見てなって。帰ったら私の華麗なダンスを見せてあげるよ。」

「はいはい。華麗なダンスを見せる前に早く寝ような。」

「ぶーぶー」

ふと窓から外の様子を覗くと綺麗な夜景が広がっていた。

「ねぇ、雪斗。」

「何?」

窓の外を見ながら、返答する。

「さっき私に言おうとして家なかったこと教えてよ。」

「あ」

「何か言おうとしてたことぐらいわかるよ。これだけ一緒にいたら小さな仕草でも私にはわかっちゃう。」

「よく見てるんだな僕のこと。」

「うん。よく見てる。」

「いつもありがと」

「こちらこそ」

「アイドルやるんだな。」

「うん」

「多分、忙しくなる。」

「そうだね。今までみたいにずっとおうちにはいられなくなる。」

「辛いこと、大変なこともある。」

「しょうがないよ。そういう仕事だし。」

「それでも」


「僕は、君が輝いているところが見たかったんだ」


「へー。」

「ちょ、」

肩に体重がかかる。

「いいじゃん別に。慣れっこでしょ?」

「今日は無理。」

「なんでよ!照れてるのか〜?ういうい〜」

「あー!もう!」

「窓越しに見える顔、真っ赤だよ?」


自分の思いを素直に伝えるのは苦手だ。

でも顔を合わせなければ言えるぐらいには成長できた。

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No.1アイドル MAY @redaniel

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