EP 黒瀬茜音

私黒瀬茜音は幼少時にとある事務所にスカウトされ、子役として芸能活動を始めることとなった。

当時の私はあまり仕事という意識がなく、どちらかというと習い事に近い感覚でお芝居やタレント業に勤しんでいた。

そんな私の子役生活はあまりいいスタートをきれなかった。

演技なんて右も左もわからない。トークは緊張してしまいその場で泣き出してしまう。モデルはじっとしているのがあまり得意ではなくすぐにポーズを崩してしまう。

小さな子供だ。

この動作にお金が発生している。だから真剣に取り組まなければいけない。そんな社会のシステムなんて到底理解できない。

駆け出しの一年目はいろんな人に怒られ、いろんなことを経験しながらも、この仕事が楽しかったのをよく覚えている。

刺激的という言葉が正しい。幼稚園や保育園に行っていたら体験できないことばかりだ。

そこから数年。少しずつだが変化が訪れた。

お仕事としての意識。

演技力やトーク力の向上。

努力は比例していき、初年度よりも着実に仕事の数が増えていった。

そして私にとって転機となる作品に出会った。

「アサガオの顔」という朝ドラだった。

当時12歳の私は主人公の役に抜擢された。

1話放送終了直後、私への反響がすごく瞬く間に注目の的となった。

『12歳であのレベルの演技ができるの!やばすぎ。』

『あの笑顔、女神すぎる!!』

『日本の新たなビッグスター現る。』

当時の私は間違い無く頬が緩みっぱなしだったと思う。

寝ても起きても頬はにこっとしていた。それぐらい嬉しかったし、自分の評価も身にしみて感じることができた。

そこからはトーク番組や他のドラマなどに多く出演し、その年のベスト子役賞をいただけた。

そこから横這いではあったものの、ある程度の本数をキープしたままいろんなメディアに出演し続けた。





「黒瀬ってさ、ムカつかない?」

「わかる。芸能人だからって調子乗って。」

「ちょっと顔が可愛いからって男子にちやほやされすぎじゃない?」

「わかる〜」

別にアンチがいることなんてわかってた。

世の中の人全てが私のファンじゃない。

それでも実際に言葉としてそれを聞いてしまうと。

「心にくるね。」




「黒瀬さん出番です!」

「はい!今いきます。」

もっともっと頑張らなきゃ。

今私のことを好きでいてくれている人の応援に応えなきゃいけない。

「茜音ちゃん最近演技に元気がないよね。」

「そう、ですか?」

「前みたいな感じに無邪気な感じをもっと出してくれないかな?」

「はい!」




「そういえばこの間のドラマの反響」

『黒瀬茜音の演技ひどい。』

『なんか猫被ってる感がすごいよね。』

『昔の無邪気な感じはどこへやら』

『今はなんか無理して笑顔作ってる』

「まだ足りない。」




「ねえ、黒瀬さん」

「はい。」

「課題早く提出してくれない?数学の先生から催促きてるんだけど。」

「ごめんなさい。お仕事が忙しくてまだ終わってなくて」

「あのさぁ、所詮売れない子役なんだから時間なんていくらでもあるでしょ。」

「で、でも」

「今日居残りしてでも終わらせてよね。じゃないと学級委員の私まで怒られるんだから」

「うん。ごめん。」




「茜音ちゃん。」

「はい。」

「さすがにこの炎上はうちの事務所ではカバーしきれないよ。」

「で、でも私こんなこと」

「やってなくても世間はこの記事を事実として受け入れる。」

「はい。」

「契約は今月末で終了とさせてもらう。」

「はい。」





「仕事は、」

もう行かなくていいんだっけ。

あれ私、



「何で仕事してたんだっけ?」





そこから2ヶ月ほどの記憶はない。

記憶が戻ったとき私は病院のベッドで横になっていた。


重度のストレス障害らしい。

メンタル面のサポートを受けながら病院で数ヶ月を過ごした。

ネットやテレビなどの娯楽には一切触れずの生活は少しずつ私の心癒し始めた。



ただ治らなかったものが1つだけあった。

「何で?」

人が怖い。

手足が震える。頭が正常に働かない。声も出ないし。意識がどんどん遠くなる。

これは重症だ。


病院で生活しているうちは気づかなかった。

だけど退院して数ヶ月経ったあたりから人の視線がやけに刺さる。

話し声がやけに耳に響く。

悪口が全部私に向けられてるものだと思う。



猛暑。

近くのコンビニまで歩いてお菓子を買うだけだった。

名前は思い出せない。ただ同じ中学の人というのはわかる。同じ制服だし。

3人の女子に絡まれ、私は泣き崩れた。

呼吸が徐々に荒くなる。視界と脳みそが真っ白になって何も考えられなくなった。

ああ、これは報いだ。

いろんな人に好かれたい。私のことを見てもらいたい。

そんな私が引き起こした報いだ。

こんなことならいっそ

「死んでしまおう。」

「そんなこと言わないで。」

手に雪のような冷たい感覚が伝わった。

そっと顔を上げるとそこには優しい顔をした好青年が立っていた。


後にも先にもこの人だけだろう。

私のこんなぐしゃぐしゃな泣き顔を見せるのは。

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