第5話 彼氏として
その後、数分経ってからトイレを済ませた一輝がトイレから出て来た。そして、
「えっと、綾香さんは何処に居るかな?」
そう言って一輝が周りを見渡すと、少し離れた所に綾香の背中を見つけたので、近づいて声を掛けようとしたのだが。
「……あれ?」
綾香は誰かと話をしているようで、相手の顔は綾香の背中に隠れてハッキリとは見えなかったが、それでもその相手が男性であるという事は何となくだが分かった。そして、
(……もしかして、ナンパ!?)
一輝は咄嗟にそう思った。そして……
「……一輝くん、娘のことをよろしくお願いします」
数時間前、綾香の母親に電話で言われた言葉を思い出し、一輝は駆け足で彼女の元へと向かって行った。そして、
「お待たせしました!! 待たせてしまってすみません!!」
少し大きめの声でそう言いながら、一輝は綾香の手を握った。すると、
「えっ!? あっ、一輝くん」
突然手を握られたて少し驚いたようだが、一輝の顔を観ると綾香は安心した様子でそう言ったので。
「さあ、いつまでもこんなところに居ないで、他の屋台も観に行きましょう!!」
一輝はそう言って、綾香の手を引いてその場を離れようとしたのだが。
「ちょっと待ってくれ」
そんな風に綾香に話しかけていた男に声を掛けられたので、一輝は走って逃げるべきかとも思ったが。
綾香は下駄を履いて来ているので、その選択肢は直ぐに諦めて、勇気を振り絞ってその男性の方へ振り向くと。
「……言っておきますけど、この人は僕にとって世界で一番大切な人なのでナンパならお断りですよ!!」
顔もろくに観ていない相手にいきなりこんな事を言うのは少し怖いとも思ったが、それでもこの状況で弱気な姿を見せてはいけないと思い、一輝は精一杯の勇気を振り絞って、相手に向かって自分の思いをそう言った。すると、
「えっ、あっ、その……一輝くん、ありがとうございます」
そんな事を言われて綾香は珍しく照れたのか、少し顔を下に向けながらそう言ったのだが、一輝としては相手の男がどんな反応をしてくるのかの方が気になっていて。
最悪自分が殴られる様な事になっても、綾香を逃がすことが出来たらそれで良いなと、一輝がそんな事を思っていると。
「……佐藤くんが何を考えているのかは何と無く分かったけど、生憎俺は立花さんと世間話をしていただけで、ナンパをしていた訳じゃないぞ」
「……え?」
突然、自分たちの事を苗字で呼ばれた上、目の前の男はそんな事を言い出したので、一輝はその相手の男の顔をしっかりと観てみると。
その男は眼鏡を掛けた真面目そうな男で一輝はこの男の顔に凄く見覚えがあった。
そして数秒間、この男は誰だったかなと、一輝は記憶を探ってから。
「……もしかして、黒澤心愛さんのお兄さんの黒澤先輩ですか?」
普段の口調に戻って一輝が目の前の男にそう話しかけると。
「ああ、そうだ、忘れられてないようで良かったよ」
黒澤(兄)は真面目そうな表情のままそんな事を言ったので。
「それはまあ、あんな経験をして忘れられる筈が無いですよ」
一輝がそう言うと。
「それに関しては同感だな、俺も君たち二人の顔は一生忘れる事が無いだろう、何せあれで俺は人生で一番だといえるくらいの恥をかいたからな」
黒澤兄はそんな事を言ったので。
「えっと、あの件に関しては本当にありがとうございました、僕たちの為にわざと悪役を演じて貰って」
そう言って、一輝はその場で頭を下げると。
「気にするな、あれは君たちの為と言うより妹の頼みを叶えてやるためにやった事だし、それに俺にも恥をかいたこと以上のメリットはあったからな」
黒澤兄はそんな事を言ったので。
「えっと、そのメリットと言うのは一体なんですか?」
一輝がそう質問をすると。
「……別に大したことじゃない、ただ俺には昔から好きな人が居て、その人との間を心愛に取り持ってもらっただけだ」
一輝から目を逸らして少し小声で黒澤兄はそう答えた。しかし、その後、黒澤兄は再び一輝に視線を戻すと。
「佐藤くん、振られた俺が言うのも何だが、君は立花さんに振られない様にこれからも彼氏として立花さんの心をしっかりと繋ぎ止めて置くんだぞ……立花さんみたいな素敵な女性は滅多に居ないからな」
黒澤(兄)はそんな事を言ったので、一輝も彼の目を見ると。
「ええ、分かっています……その、黒澤先輩も好きな人と上手く行くように陰ながら応援しています」
一輝も黒澤兄に向けてそう言ったのだが。
「俺の心配をするくらいなら少しでも彼女の事を気遣ってやるんだな……それじゃあな、デートの邪魔をして悪かった」
最後にそう言い残して黒澤兄は屋台がある方へと歩いて行った。
そして、黒澤兄の背中が二人から完全に見えなくなると。
「その、綾香さん、ごめんなさい」
そう言うと、その場で頭を下げて一輝が綾香に向けて謝ったので。
「えっ、あの、どうしたんですか一輝くん、急に頭を下げて」
少し困惑した様子で綾香がそう聞いて来たので、一輝は頭を上げると。
「その、綾香さんはただ知り合いの先輩と話をしていただけなのに、僕は綾香さんがナンパされてるんじゃないかと勘違いをして思わずあんなことを言ってしまいました、だから、えっと、とにかくすみません」
一輝は申し訳なさそうにそう言うと、綾香は数秒間黙った後。
「もう、そんなに謝らないで下さい、それに私は嬉しかったですよ、さっきの一輝くんの姿を観て今後もし私がナンパをされても一輝くんが守ってくれるんだと思えたので」
嬉しそうな笑顔を浮かべて綾香はそんな事を言ったので。
「それは当たり前です、綾香さんが他の人に取られるなんて僕は絶対に嫌ですから!!」
その言葉を聞いた一輝は必死な表情を浮かべてそう言った。すると、
「それは私も同じです、私もこれからずっと一輝くんの隣に居たいですから、だから一輝くん」
そう言うと、綾香は自分の手を差し出して。
「これからも私の手を離さないで下さいね」
綾香がそう言ったので。
「綾香さん……ええ、勿論です」
そう言って一輝は綾香の手を強く握りしめた。すると、
「ヒュ―、ドン!!」
そんな音と共に花火が上がり、周りに居た人たちは空を見上げたので、一輝と綾香も手を握ったまま花火が咲き誇っている夜空を見上げた。
そして、暫く二人が花火が咲き誇る夜空を見上げていると。
「……綺麗」
花火を観ながら綾香がポツリとそう呟いたので。
「……ええ、綺麗です、本当に」
綾香の横顔を見て一輝はそう答えた。
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