第4話 射的

 その後、焼きそばを食べ終えた二人は再び屋台が並んでいる場所まで戻って来て、かき氷を食べたり金魚すくいをしたりと夏祭りらしいことをして過ごした。


 そして、二人は恋人繋ぎをしたまま再び屋台を見て周っていると。


「……あっ」


 そう言って、綾香が足を止めたので。


「綾香さん、どうかしましたか?」


 一輝はそう言って、綾香の視線の先を見てみると、彼女の視線の先には射的の屋台があったので。


「……綾香さん、僕は射的をしてみたいのですが良かったら付き合って貰えませんか?」


 一輝が綾香に向けてそう質問をすると。


「えっ、あっ、はい、勿論良いですよ」


 綾香はそう言ったので。


「ありがとうございます、綾香さん、それじゃあ早速行きましょうか」


 一輝はそう言うと、綾香の手を引いて射的の屋台へと向かって行った。そして……


「綾香さんはこの中だとどの景品が欲しいのですか?」


 一輝が綾香に向けてそう質問をすると。


「えっ、私ですか? その、一輝くんが欲しいモノを狙えば良いと思いますよ」


 綾香はそんな事を言ったので、一輝は何と返すべきか少し考えてから。


「心配しなくても僕はただ射的をしたいだけで欲しいモノは特に無いので、もし綾香さんが欲しいモノがあるのならそれを狙ってみたいです、それに……」


「それに何ですか?」


 綾香がそう聞くと、一輝は綾香から目を逸らしてから。


「……自分の欲しいモノを狙うより好きな人が欲しいモノを狙った方が僕は力が出せると思うので、この射的は綾香さんの為に頑張らせて欲しいです」


 自分でもかなり恥ずかしい事を言っていると自覚しつつも、一輝はそう言った。すると、


「……ふふっ」


 一輝の言葉を聞いた綾香はそんな風に小さく笑ったので、一輝は恥ずかしさで顔を綾香から逸らして。


「……別に良いじゃないですか、僕だって偶には綾香さんの前でカッコつけたいんです」


 顔を逸らしたまま、一輝は普段より小さい声でそう言った。すると、その言葉を聞いた綾香は、


「……一輝くん!!」


 そう言うと、何を思ったのか、綾香はいきなり一輝に勢いよく抱き着いて来たので。


「えっ、あの、綾香さん!? いきなり何を……」


 そんな風に困惑しながら一輝がそう聞くと。


「一輝くんが悪いんですよ、いきなりそんな可愛らしい所を見せられたら思わず抱きしめたくなるじゃないですか!!」


 綾香はそんな事を言ったので。


「可愛いって……僕は綾香さんにカッコイイ姿を見せたいのですが」


 綾香に抱き締められたまま一輝がそう言うと。


「一輝くんのその気持ちは嬉しいですが、一輝くんの事だから下手に張り切ると多分失敗してしまうと思います、だから一輝くん」


「えっ、あっ」


 そう言うと、綾香は抱き着いていた手を緩め、少し背伸びをするとゆっくりと自分の顔を一輝の顔へと近づけて来て。


「……ん」


 一瞬唇を合わせると、綾香は直ぐに一輝から体ごと離れた。そして、


「私が欲しいのはあのぬいぐるみです、だから一輝くん、変に気負わず、でも、その……私の為に頑張って下さい」


 最後の方は声を小さくして、照れ笑いを浮かべながら綾香がそんな事を言ったので。


「綾香さん、分かりました、それじゃああのぬいぐるみは僕が必ず手に入れてみせるので、綾香さんは後ろから僕の事を見守っていて下さい」


 一輝はそう言うと、自分の財布を取り出しながら屋台のおやじの方へと歩み始めた。そして……





「一輝くん、凄いです、まさか一発で当てるなんて!!」


 綾香は左手で一輝と手を繋ぎ、右手で一輝がさっき射的で見事に倒したぬいぐるみを抱きしめながら、一輝に向かって笑顔でそう言った。すると、


「僕が一発で当てる事が出来たのは綾香さんのお陰ですよ、綾香さんが僕の事を抱きしめてその、キスをしてくれたから、僕は綾香さんに勇気を貰えて力を出せたんです」


 一輝はそんな事を言った。すると、


「もう、急にそんな恥ずかしい事を言わないで下さい……でも、私が一輝くんの力になれたのなら、それはとても嬉しいです」


 綾香は笑顔を浮かべてそんな事を言ったので、一輝は照れ臭くなって綾香から視線を逸らした。


 しかし、その後直ぐに一輝は足を止めて綾香の方へ振り向くと。


「あの、綾香さん」


「はい、何ですか?」


 綾香も足を止めて一輝の方を見てそう言うと。


「その、こんな時にこんな事を言うのは雰囲気的にどうなのかと思いますが……」


 そんな風に一輝が少し言い辛そうにしていると。


「もう、何ですか、一輝くん、私たちの仲なんですか言いたい事があるのなら遠慮なく言って下さい」


 綾香はそんな事を言ったので、一輝は意を決すると。


「……分かりました、それじゃあ言いますね、綾香さん」


「はい、何ですか?」


 そう言うと、一輝は数秒間沈黙した後。


「……その、トイレに行きたいのですが、一緒に来てもらえませんか? この大人数だとはぐれてしまいそうなので」


 一輝は申し訳なさそうにそう言った。すると、その言葉を聞いた綾香は、


「もう、何を言い出すのかと思ったら、今更そんな事を言うのにいちいち遠慮なんてしないで下さい」


 綾香はそんな事を言ったので、一輝は、


「……だって、仕方が無いじゃないですか、折角綾香さんの前でカッコつけられたのに、その後直ぐにこんな事を言うなんて、何というか少し情けないじゃないですか」


 少しいじけた様な表情を浮かべてそう言った。すると、


「確かにそうかもしれませんね、でも、最後までカッコイイ姿の一輝くんよりも今みたいに少し締まらない所がある方が一輝くんらしくて私は良いと思いますよ」


 綾香はそんな風にフォローをしたので。


「……そんな風に言われるのは少し微妙な気持ちですが、綾香さんがそう思ってくれたのならそれで良いです」


 一輝は渋々といった様子で一応は納得した。すると、


「それより一輝くん、トイレに行きたいのなら早く行きましょう、あんまり我慢するのは体に良くないですよ」


 綾香はそんな風に言ったので。


「それもそうですね、それじゃあ行きましょうか」


 一輝はそう返事をして、二人は屋台が多い場所を離れトイレへと向かった。そして……





「それじゃあ、綾香さん、申し訳ありませんが少しだけ待っていて下さい」


「ええ、分かりました」


 綾香がそう返事をすると、一輝は男子トイレの中へと消えていった。そして、一輝の姿が見えなくなると。


「……一輝くんにぬいぐるみをプレゼントして貰うのはこれで二回目ですね、前回貰った子には一輝くんって名前を付けましたが、この子にはどんな名前を付けましょうか……」


 一輝から貰ったぬいぐるみを愛しそうに抱きかかえながら、綾香がそんな事を口にしていると。


「……えっと君、少し良いかな?」


「……え?」


 綾香は背後から突然、一人の男に話しかけられた。

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