第3話 焼きそば

 そして、綾香と恋人繋ぎをしたまま、一輝が駐車場内を歩いていると。


「そういえば、一輝くんは私のお母さんとどんな話をしていたのですか?」


 唐突に綾香がそんな事を聞いて来たので。


「えっ、綾香さんは聞いていなかったのですか?」


 一輝がそう聞き返すと。


「ええ、勿論です、幾ら家族と恋人の話しとはいえ盗み聞きをするのはよくないと思うので、私は少し離れた所で二人が通話を終えるのを待っていましたから」


 綾香はそんな事を言った。そして、


「でも、電話を終えてからの一輝くんは何だかいつもとは違う感じがしたので少し気になったんです、自分から手を繋ぎましょうと提案をしたり、私のお父さんにあんな事を言ったり……もしかして、私のお母さんに何か変な事を言われましたか?」


 綾香はそんな事を聞いて来たので、一輝は何と答えるべきか少し考えてから。


「確かに僕は綾香さんのお母さまにある事をお願いされましたが、綾香さんは気にしなくても良いですよ」


 一輝がそう答えると。


「むう、そんな風に言われたら余計気になるじゃないですか」


 綾香は頬を少し膨らませながらそんな事を言ったので。


「本当に気にしなくて良いですよ、ただ、そうですね、僕から一つだけ綾香さんに伝える事があるとすれば」


「あるとすれば、何ですか?」


 そう言われると、一輝はその場で足を止めて、綾香の方へ振り向くと。


「綾香さんは僕にとっては世界で一番可愛くて素敵な彼女だという事です」


 一輝は笑顔を浮かべてそう言うと。


「えっ、あっ、はい、その、一輝くん、ありがとうございます」


 突然そんな事を言われた綾香は一輝から少し顔を逸らしてそう言ったのだが。


「……何だか一輝くんに誤魔化された気がします」


 顔を逸らしたまま、綾香は少し不満そうな口調でそう言ったので。


「そんな事は無いです、それより僕たちも夏祭りを楽しみましょう」


 一輝はそう言うと、駐車場を抜けて綾香と共に夏祭りの会場へと入った。すると、


「……そうですね、こんな話をしている間でも楽しい時間はどんどん減ってしまいますから、分かりました、それじゃあ一輝くん、今日はデートのお相手をよろしくお願いします」


 綾香は最終的には納得した様子でそう言ったので。


「ええ、任せて下さい」


 一輝はそう答え、二人は夏祭りデートを始めた。


 そして、今日のプランは具体的には何も決めていなかったので、二人は取りあえず店を見て周ろうという事になり、手を繋いだまま夏祭りの会場内を歩き始めたのだが……




「見て、あの人、凄い美人だよ」


「えっ……あっ、本当だ、あんな綺麗な人初めて見たよ」


 浴衣姿の綾香は当然の様に周りの人たちの注目を集め、そんな風に彼女を褒める声が聞こえて来たのだが。


「なあ、あの人見てみろよ、すげえ美人だぞ」


「えっ、どれどれ……あっ、本当だ、こんな田舎町にあんな美人が居るなんてな、ただ、隣を歩いてる男は何だ? もしかして彼女の彼氏か?」


「まさか、どう見ても釣り合ってないだろ」


 中にはそんな風に綾香の隣を歩いている一輝に対する不満の様な言葉を口にする人も少なからずいた。すると、


「……あの、一輝くん」


 その場で足を止めて、綾香がそう呼びかけて来たので。


「どうかしましたか? 綾香さん」


 一輝がそう聞き返すと。


「えっと、勝手な事を言われて一輝くんは大丈夫ですか? その、もし気分が優れなくなったら直ぐに言って下さい」


 心配そうな口調で綾香は一輝の事を観てそう言ったので。


「……綾香さん、ありがとうございます、でも、大丈夫ですよ、他の人に何と言われようと綾香さんが僕の事を認めてくれてさえいれば、周りの声なんて僕は全く気になりませんから」


 一輝が笑顔を浮かべてそう答えると。


「……そうですか、分かりました、一輝くんがそう言うのなら周りの人の声なんて気にせず私たちはデートを楽しみましょう」


 綾香は一応納得した様子でそう言ったので、二人は再び会場内を歩き始めた。





 そして、手を繋いだまま二人が会場内を歩いていると。


「そういえば綾香さん、夜ご飯はもう食べましたか?」


 一輝が綾香に向けてそう質問をすると。


「夜ご飯ですか? いえ、まだ食べていません、折角なので今日は一輝くんと一緒に何か食べたいと思っていたので」


 綾香はそう言ったので。


「それなら良かったです、僕もここで何か食べようと思っていたので、それなら最初は何か夜ご飯を買って食べませんか?」


 一輝がそう提案すると。


「良いですよ、それで一輝くん、私たちは何を食べますか?」


 綾香はそう言って、一輝にそう質問をして来たので。


「そうですね……やっぱり夏祭りの屋台となると焼きそばとかが定番な気がするんですが、綾香さんは焼きそばでも良いですか?」


 一輝がそう質問をすると。


「焼きそばですか、良いですね、夏の屋台の焼きそばはすごく美味しそうです」


 綾香は笑顔でそう言ったので、二人の今日の夜ご飯は焼きそばに決まった。





 その後、二人は焼きそばの屋台の列に並んで、二人分の焼きそばを買った後、ジュースコーナーでラムネを二本買うと。


 立ち食いをするのも何だと思い、屋台を離れてから川沿いにあるベンチの一つに二人並んで座った。そして、


「それじゃあ、綾香さん、早速焼きそばを食べましょうか」


 一輝はそう言って、割り箸を割って自分の分の焼きそばを食べようとしたのだが。


「あっ、一輝くん、待って下さい」


 そう言って、綾香に止められたので。


「綾香さん、どうかしましたか?」


 一輝がそう聞くと、綾香は自分の割り箸を割ると、箸で焼きそばを一口サイズ持ち上げて。


「一輝くん、あーん」


 笑顔でそんな事を言いながら、綾香は一輝の口元へ割り箸で持った焼きそばを近づけて来たのだが。


「……えっと、その、綾香さん、さすがに今は止めませんか?」


 少し申し訳なさそうにしつつも、一輝がそう言って断ると。


「何故ですか? 私たちはこれくらいもう何度も経験しているので、今更恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ」


 綾香はそんな事を言ったので。


「確かにそうですが、二人きりでやるのと周りに人が居る中でやるのとでは全然難易度が違いますし、今やると色んな人に見られてしまいますよ」


 一輝はそう言った。


 ここは屋台からは少し離れた所にあるので滅茶苦茶人が多いわけではないが、それでも少なからず休みに来た人たちが居るので、ここでそんな行動をすればそれなりの人の目に留まってしまうのは間違いなかった。


 そして、ここまで言えば綾香も分かってくれるだろうと、一輝はそう思っていたのだが。


「……いいじゃないですか見られても、不本意ですが周りの人たちは私たちが恋人だという事を疑っているみたいなので、私たちがお付き合いしているという証拠を今から皆に見せつけて上げましょう!!」


 綾香はそんな事を言ったので、その言葉を聞いた一輝は一瞬黙ってから。


「もしかして綾香さん、さっき僕が綾香さんに釣り合ってないって言われていた事に怒っていますか?」


 一輝が綾香に向けてそう質問をすると。


「そんなの当り前じゃないですか、逆に一輝くんは見ず知らずの人が私の悪口を言っていても何とも思わないのですか?」


 今度は綾香が一輝にそんな事を聞いて来たので。


「そんな訳無いじゃないですか!! 綾香さんは可愛くて優しくて何処にも欠点の無い完璧な女性なのに、そんな綾香さんの事を悪く言うなんて僕は絶対に許しません!!」


 その言葉を聞いた一輝は直ぐにそう言った。すると、


「……もう、一輝くん、欠点が無いなんて言い過ぎですよ、でも、私の事をそこまで思ってくれているなんて何だか嬉しいです」


 綾香は照れ笑いを浮かべながらそう言った。そして、


「でも、私の事を悪く言ったら一輝くんが怒ってくれるみたいに私だって一輝くんの事を悪く言われるのは嫌なんです、だから一輝くん、ここであーんをして私たちの関係をきちんと周りの人たちにも知ってもらいましょう!!」


 再び綾香にそう言われ、一輝は深くため息を付いて。


「……分かりました、綾香さんがそこまで言うのなら良いです」


 一輝がそう言うと。


「ふふ、ありがとうございます、一輝くん」


 綾香は笑顔を浮かべてそう言ったので。


「いえ、気にしないで下さい、ただ、あーんをするのは最初の一口だけにしましょう、そうしないと食事だけで夏祭りが終わりそうなので」


 一輝がそんな妥協案を出すと。


「……それもそうですね、分かりました」


 綾香は少し不安げながらも、一応は納得した様子でそう言った。


 そして、綾香は再び自分の割り箸ですくった焼きそばを一輝の口元へ持って来て。


「一輝くん、あーん」


 綾香はそう言ったので。


「……あーん」


 一輝はそう言って焼きそばを食べた。すると、


「一輝くん、お味はどうですか?」


 綾香はそんな事を聞いて来たので。


「そうですね、ソースが濃くて凄く美味しいです」


 一輝がそう答えると。


「そうですか、それなら次は一輝くんが私にあーんをして下さい」


 今度は綾香がそう言ったので。


「ええ、分かりました……綾香さん、あーん」


「あーん」


 そう言って、綾香は一輝から一口焼きそばを食べさせて貰うと。


「……一輝くんの言う通りソースが聞いていてすごく美味しいです、あの、一輝くん」


「何ですか? 綾香さん」


「その、一輝くんさえ良かったらもう一口だけ私にあーんをしてくれませんか」


 綾香は一輝の事を上目遣いで見上げながらそんな事を言ったので。


「……仕方ないですね、綾香さん、あーん」


「あーん」


 そう言って、一輝がもう一口分綾香に食べさせてあげると。


「ふふ、やっぱり好きな人に食べさせて貰うといつも以上に美味しいです、一輝くんもお返しにどうぞ」


 そう言って、綾香は焼きそばを一輝の口元へ運んで来たのだが。


「えっ、いや、これ以上はもう……」


 そんな風に一輝は遠慮しようとしたのだが。


「良いじゃないですか、後一口だけですから」


 綾香はそんな事を言ったので。


「……分かりました、それじゃあ頂きます」


 渋々納得して、一輝は綾香に差し出された焼きそばを食べたのだが、その後も結局は綾香に上手く言い包められ。


 最終的に焼きそばの半分くらいはお互い食べさせ合っていた。


 しかし、外で長時間そんな事をしていたら当然の様に周りにいる人たちの注目を集め、色々と言われては居たのだが。


 恋人同士の空間を作っている二人にはそんな周りの声など全く届いては居なかった。

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