第2話 お母さまとの約束
そして、そんな綾香の言葉を聞いた一輝は、
「綾香さんがそう思っているのなら僕はそれで良いです……それじゃあそろそろ行きましょうか」
そう言って、夏祭りの会場内へ歩き出そうとすると。
「あっ、一輝くん、待って下さい」
そんな風に綾香に呼び止められたので。
「綾香さん、どうかしましたか?」
一輝が足を止めてそう聞き返すと。
「実は私のお母さんが一輝くんと少しお話をしたいみたいなんです」
綾香がそんな事を言ったので。
「えっ、綾香さんのお母さまがですか?」
一輝がそう聞き返すと。
「はい、そうなんです、ただお母さんは今は家に居て一輝くんとは電話で話をする事になっているのですが、一輝くんはそれでも良いですか?」
綾香はそんな事を言ったので。
「えっ、あっ、はい、それは勿論大丈夫です」
一輝がそう返事をすると。
「そうですか、分かりました、それじゃあ今からお母さんに電話を掛けますね」
綾香はそう言うと、自分のスマホを取り出して電話を掛けた。そして、
「あっ、もしもし、お母さん……あっ、うん、一輝くんに会えたよ……うん、ちゃんと浴衣姿の私を褒めてくれたよ……うん、分かった、それじゃあ一輝くんに変わるね」
そこまで言うと、綾香は自分のスマホを一輝に向けて差し出して来たので、一輝はそれを受け取ると。
「えっと、もしもし」
少し遠慮がちにそう言って一輝は電話に出た。すると、
「あっ、もしもし、久しぶりだね、佐藤くん」
そんな風に何度か会った事のある綾香の母親がスマホ越しに話しかけて来たので。
「ええ、お久しぶりです、お母さま」
そう言って、一輝も電話に出ると。
「あらやだ、お母さまだなんて、一輝くんはもう綾香ちゃんの事を将来の伴侶にするつもりなのかしら?」
綾香の母親は突然そんな事を言い出したので。
「えっ!? あっ、えっと……お母さま呼びは前からそうでしたし、それにそういう事を考えるのはまだ早すぎると言いますか、それは勿論、綾香さんとそういう関係になれたら僕は嬉しいですが……」
そんな風に一輝が困っていると。
「ふふ、もう佐藤くん、冗談ですよ、そんなに本気にならないで下さい」
綾香の母親がそんな風に言ったので。
「……冗談ですか、もう、勘弁して下さい、急にそんな事を言われたら心臓に悪いです」
一輝がため息を付きながらそう言うと。
「ふふ、ごめんなさい、綾香がよく君の事をからかったら可愛らしい反応が返って来るって言っていたから、私もつい試してみたくなったの」
綾香の母親は少し笑いながらそんな事を言ったので。
「……まあ、そういう事なら今回の事は水に流します」
一輝が渋々といった様子でそう答えると。
「やっぱり、佐藤くんは優しいのね、綾香ちゃんは佐藤くんのそういう所を好きになったのでしょうね」
綾香の母はそんな事を言ったが、それに対しては何と答えたら良いか分からず、一輝が電話越しで黙ってしまうと。
「あら、困らせてしまったみたいね、ごめんなさい、それにいつまでもおばさんと長話をしてデートの時間を減らしてしまうのも申し訳ないから、そろそろ本題を話すわね」
「……ええ、お願います」
一輝がそう言うと、綾香の母は一呼吸置いて。
「実は今日のデート、私の夫は最初行くのを反対していたの」
綾香の母は急にそんな事を言ったので。
「えっ!? それは一体何故ですか!?」
その言葉を聞いた一輝が少し驚いてそう聞き返すと。
「あっ、勘違いしないでね、別にお父さんが今になって佐藤くんと綾香ちゃんの交際を反対し始めたという訳じゃないのよ、あれでもお父さんは結構佐藤くんの事を認めているから、ただ」
「ただ、何ですか?」
一輝がそう聞き返すと。
「えっと、佐藤くんもよく分かっていると思うけど、家の綾香ちゃんってとても可愛いじゃない?」
綾香の母は唐突にそんな事を言ったので。
「えっ? あっ、はい、そうですね、綾香さんは僕が今まで出会った女性の中で一番可愛いと思います」
一輝が素直にそう答えると。
「あら、そんな風に思われているなんて、綾香ちゃんが知ったらとても喜ぶでしょうね、ただ、そんな可愛い綾香ちゃんだから親としては心配なのよ、夏祭りに行って変な男の人にナンパされたりしないかって」
最後の方は普段より真面目な口調で綾香の母はそう言ったので。
「……成程、そういう事ですか、確かにその心配は最もですし、それをわざわざ僕に伝えたという事は、お母さまも同じような心配を抱えているのですね」
少し間を置いてから一輝がそう言うと。
「まあ、そうね、全く心配していないと言ったら嘘になるわ、ただ、それで夏祭りに行くかどうかでお父さんと綾香さんが少し喧嘩をしてしまった時、綾香ちゃんが言ったのよ、何かあってもその時は一輝くんが守ってくれるから大丈夫って」
そこまで言うと、綾香の母は一度言葉を切ってから。
「ねえ、佐藤くん、いえ、一輝くん、私たちは娘の言葉をそして何より貴方の事を信じていいのかしら?」
そう言った彼女の言葉は電話越しでもハッキリ伝わるくらい真剣なモノだった。
そして、その言葉を聞いた一輝は、その場で少し黙ってから自分自身に色々と問いかけた後。
「……ええ、勿論です、この先なにがあっても綾香さんの事は僕が絶対に守ります!!」
静かにそれでいてハッキリとした口調で一輝はそう言った。そして、そんな一輝の言葉を黙って聞き届けた綾香の母は、
「……そう、分かったわ、そこまで言うのなら私たちは二人の言葉を信じるわ……娘の事をよろしくお願いします」
一輝に向けてそう言ったので。
「……ええ、任せて下さい」
一輝はそう返事をして、二人は通話を終えた。
そして、一輝が通話ボタンを切ると。
「お母さんとの話し合いは終わりましたか?」
少し離れた場所にいた綾香がそう言って、一輝の元へ戻って来たので。
「ええ、終わりました」
そう言って、一輝は綾香のスマホを彼女に返した。そして、
「それじゃあ、綾香さん、僕たちもそろそろ会場に入りましょうか」
綾香に向けてそう言うと。
「ええ、そうですね」
綾香はそう返事をしたので、一輝は夏祭りの会場に向けて歩き出そうとしたのだが。
「……あっ、そうだ」
「? 一輝くん、どうかしましたか?」
綾香にそう言われたので、一輝は少し黙った後、自分の左手を綾香の方へ差し出すと。
「……その綾香さん、はぐれたら行けないので今日は一日手を繋いで歩きましょう」
視線を前に向けたまま一輝がそう言うと。
「……一輝くん、はい、そうしましょう」
綾香は嬉しそうにそう言うと、自分の右手を差し出して、一輝の左手の指に自分の指を絡めて慣れた手つきで恋人繋ぎをした。そして、
「それじゃあお父さん、行って来ます」
後ろに停まっている車に向けて綾香がそう言うと。
「……ああ、楽しんで来いよ」
予め窓を開けておいたのか、車内から綾香の父親のそんな声が届いた。そして、
「それじゃあ、一輝くん、行きましょうか」
綾香がそう言ったので。
「そうですね……あっ、そうだ、綾香さんのお父様!!」
「……何だ」
一輝がそう声を掛けると、車内に居る綾香の父親がそう返事をしたので。
「……綾香さんの事は僕が責任を持って守るので、お父様はどうか心配しないで待っていて下さい!!」
命一杯の勇気を振り絞り、一輝が綾香の父親に向けてそう言うと。
「……ああ、頼んだぞ」
数秒の沈黙の後、綾香の父はそう返事をして、その言葉を聞き終えた二人は今度こそ夏祭りの会場へ向けて歩き始めた。
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