第130話 抱擁

 そして、そんな綾香の声を聞いた一輝は慌てて後ろを振り返り、


「えっ、あっ、綾香さん!? その、随分早かったですね」


 綾香に対してそう言うと。


「ええ、一輝くんと早く2人きりになりたかったので私は急いでお皿洗いを終わらせて来ました!!」


 綾香は満面の笑みを浮かべてそう言ったので。


「……そうですか」


 そんな彼女から目を逸らし、一輝は短くそう答えた。すると、


「……ええ、そうなんです」


 そんな風に照れている一輝の様子を見て綾香も恥ずかしくなったのか、少し声を小さくしてそう言った。


 ただ、綾香はその後直ぐに気持ちを切り替えて、


「えっと、ところで一輝くん私たちは今から何をして過ごしますか?」


 綾香は頬を少し赤く染めながらそんな事を聞いて来たので。


「えっ、今からですか!?」


 一輝が驚いてそう言うと。


「ええ、そうです、その今は私の家族も居ないので、2人きりの時にしか出来ない事も出来ますよ」


 綾香はそんな事を言ったので、その言葉を聞いた一輝は頭を混乱させて、


「えっ、あっ、えっと……」


 そう言って一輝は何を言えば良いのか分からず、その場で慌てていたのだが、


「……えっと、綾香さんのやりたい事をして過ごしませんか?」


 ヘタレな一輝はそう言って、綾香に丸投げをした。すると、


「私のやりたい事ですか?」


 綾香はそう言ったので。


「ええ、そうです、昼ご飯は綾香さんに作って貰って、その上後片付けまでして貰ったのに、これ以上僕ばかり良い思いをする訳にはいきませんから」


 一輝はそんな最もらしい言い訳を口にした。すると、


「そうですか……」


 綾香はそう言って何を言うべきか悩んでいたのだが。


「あっ、そうです!!」


 綾香は何かを思いついたのか、笑顔を浮かべてそう言った。そして、


「一輝くん、今から私の事を思いっきり抱きしめて下さい!!」


 綾香は笑顔を浮かべてそんな事を言い出したので。


「分かりました、綾香さんの事を抱きしめたら良いんですね……え?」


 そう言って、一輝が綾香の顔を見ると。


「どうかしましたか? 一輝くん」


 綾香はそんな事を言ったので。


「えっと、綾香さん、本当に良いんですか? 僕が綾香さんの事を抱き締めてしまっても」


 一輝がそう質問をすると。


「ええ、勿論です、一輝くんは私の彼氏なんですから遠慮せず私の事を抱きしめて下さい!!」


 綾香は両手を広げてそんな事を言ったので。


「……ええ、分かりました、綾香さん、失礼します」


 一輝はそう言うと、ゆっくりと綾香の方へ近づいて綾香の事を抱きしめた。すると、


「もう一輝くん力が弱いですよ、もっと強く抱きしめて下さい」


 綾香はそんな事を言ったので。


「綾香さん……分かりました」


 一輝はそう言うと彼女の腰に巻いていた自分の両手に力を込めて綾香の事をより強く抱きしめた。すると、


「ふふ、こんな経験は初めてですが、好きな人に抱きしめて貰うのって物凄く幸せを感じます」


 一輝に抱き締められたまま綾香はそんな事を言ったので。


「……僕も一緒です、綾香さんの体温を感じられて僕も幸せです」


 一輝もそう言って綾香に言葉を返した。


 その後、暫くの間、一輝と綾香はお互い黙って抱きしめ合っていたのだが。


「……ねえ、一輝くん」


 綾香が唐突にそんな事を言ったので。


「何ですか、綾香さん?」


 一輝がそう聞き返すと。


「折角今日は二人きりなので、私たちが今までしてこなかったもっと先の事を今日はしてみませんか?」


 綾香は少しだけ背伸びをして、一輝の耳元でそんな言葉を囁いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る