第124話 小さな進展
そして、そんな綾香の言葉を聞いた一輝は、
「えっ、いや、そんなの無理ですよ!!」
とても焦った口調でそう言ったのだが。
「そんなに焦らなくても大丈夫ですよ、一輝くんこっちを見て下さい」
今度は何でもない様子で綾香はそう言ったので。
「えっ、えっと……それは」
そう言って、一輝が何と返事をするべきか言い淀んでいると。
「……大丈夫ですよ、一輝くん、私は一輝くんの彼女なんですから遠慮せずに私の事を見て下さい」
綾香はそんな事を言ったので。
「……綾香さん、ええ、分かりました」
そう返事をすると一輝はその場で目を瞑り、そのまま意を決して後ろを振り返った。
そして、一輝はバクバクと動いている心臓を何とか落ち着かせて、そのままゆっくりと両目を開けた。
そして、一輝はゆっくりと綾香の姿を観たのだが。
「……あれ?」
綾香の姿を観て一輝はそんな間抜けな返事をした。何故なら綾香はちゃんと水着を着ていて、水着が流された様子など一切なかったからだ。なので、
「あっ、えっと綾香さん、水着はどうしたんですか?」
一輝が少し困惑した様子でそう呟くと。
「その、ごめんなさい一輝くん、水着が流されたというのは嘘なんです」
綾香はそんな事を言ったので。
「えっ、あっ、えっと……それは一体どういう事ですか?」
今何が起きているのか分からず、一輝がそう質問をすると。
「……その、実はさっき一輝くんが私の事を抱き締めてくれた時に凄くドキドキしたので、一輝くんも私と同じようにドキドキしてくれたら嬉しいなと思ってつい嘘を付いたんですが、一輝くんはドキドキしましたか?」
綾香はそんな事を言ったので、一輝は少し考えてから。
「いや、それは確かにドキドキしましたが……」
一輝が正直にそう答えると。
「そうですか、それなら良かったです」
綾香は嬉しそうな笑顔でそう言ったので、一輝は小さくため息を付くと。
「まあでも、水着が流されてなくて本当に良かったです、妄想した姿だけでも不味いのにもし本当に綾香さんのそういう姿を眼にしたら、僕はどうなってしまったか自分でも分からなかったですから」
一輝は苦笑いを浮かべながらそんな事を言ったのだが、
「えっ、あっ、えっと、そうですか……」
その言葉を聞いた綾香は何故か頬を真っ赤に染めてその場で俯いてしまった。
なので、一輝はどうして綾香がそんな反応をしたのか一瞬分からなかったが、
「……あっ」
先程の発言で自分が綾香のそういう姿を妄想してしまった事が綾香に伝わってしまった事がバレたと分かったので、一輝は内心とても焦り始めたが、何とかそれを表に出さない様に平然な振りをしつつ。
「えっと、綾香さん、そろそろ休憩にしませんか? 色々あって少し疲れたので」
一輝が何とかその言葉を紡ぎ出すと。
「……ええ、分かりました」
顔を赤くして俯いたまま綾香はそう言ったので、一輝は綾香に背を向けてプールから出ようとすると。
「……あの一輝くん、私の手を握って行ってくれませんか?」
綾香は真っ赤になった顔を上げて、一輝に自分の右手を差し出しながらそう言ったので。
「……綾香さん、ええ、分かりました」
一輝は綾香から目を逸らしながらそう返事をすると、綾香の手を取ってプールを出るために歩き始めた。しかし、
「「……」」
その間、二人の間には一切会話はなく初めて手を繋いだ時の様な照れ臭い様な恥ずかしい様な何とも言えない空気を感じていた。
そして、一輝と綾香はプールから上がると、二人は手を繋いだまま並んでそのまま座った。しかし、
「「……」」
二人の間には会話はなく、そのまま数秒間黙ってしまった。しかし、それから暫くすると、
「……一輝くん、さっきはすみません」
綾香が突然そんな事を言ったので。
「えっ、何がですか?」
一輝がそう聞き返すと。
「えっと、それは水着が流されたなんて嘘を付いた事です」
綾香は少しだけ申し訳なさそうな様子でそう言ったので、一輝は少しだけ考えてから。
「いえ、謝らなくても大丈夫です、実は僕としては結構嬉しかったですから」
一輝はそう返事をすると。
「えっ、何故ですか?」
綾香は少し驚いた様子でそんな事を聞いて来たので。
「綾香さんの新しい面を知れたからです、綾香さんは真面目なのであんまりこういう冗談は言わないと思っていたので僕は結構驚きましたが、こんな風に冗談を言ってくれる綾香さんもそれはそれで可愛いと思いましたし……まあ、さすがにあの冗談は少し刺激が強すぎましたが、もう少し軽い冗談なら綾香さんさえ良かったらもっと言って欲しいです」
一輝は綾香の方を見て、自分の心の内を正直に明かすと。
「……そうですか、一輝くんが嬉しいのなら私はこれからも時々冗談を言っても良いですがそれには一つ条件があります」
綾香は一輝の方を見てそんな事を言ったので。
「条件ですか? それは何ですか?」
一輝がそう質問をすると。
「その一輝くんの性格からすると少しだけ大変かもしれませんが、ウォータースライダーの時みたいにこれからも私にはなるべく積極的に接して下さい、一輝くんに積極的に接して貰えて私はとても嬉しかったですから」
綾香は一輝の方を見ると笑顔を浮かべてそんな事を言ったので。
「……ええ、分かりました、綾香さんがそれを望むのなら僕も頑張ります」
一輝が綾香に向けてそう言うと。
「ふふ、ありがとうございます」
綾香は笑顔でそう言うと、一輝の肩に自分の頭を乗せて来たので。
「えっ、あの、綾香さん!?」
一輝は驚いてそう言ったが。
「どうかしたんですか、一輝くん、これからは私にもっと積極的に接してくれるんでしょう? それなら一輝くんはこれくらいの事では動じず私の事を優しく受け入れて下さい」
綾香は一輝の肩に自分の頭を乗せたまま甘える様な口調でそう言ったので。
「……ええ、分かりました」
一輝はそう呟くと少しだけ震える手で綾香の肩に手を置いて、彼女の事を優しく抱き寄せた。
その後、二人は休憩を終えてもう少しだけプールで遊んでいると、約束の時間である12時半が近づいて来たため。
一輝と綾香は颯太と心愛と共にプールを出て、着替えを終えると店番をしていたおじさんに帰る事と今日のお礼を伝えて施設を後にして。
そのままバスに乗って近場の駅まで移動した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます