第120話 理性と煩悩の狭間で

 そして、日焼け止めが付いている一輝の両手がゆっくりと綾香の背中へと近づいて行って……


 遂に一輝の両手が綾香の背中に触れた。すると、


「きゃっ!?」


 その瞬間、綾香はそんな大きな声を上げたので一輝は慌てて手を放して。


「あっ、すみません綾香さん、冷たかったですか?」


 一輝が慌ててそう言うと。


「……ええ、そうですね、思ったより冷たかったので少し驚いてしまいましたが、でももう平気です、次からはもう大丈夫なので一輝くん、もう一度お願いします」


 綾香はうつ伏せに寝転んだまま一輝に向けてそう言ったので。


「ええ、分かりました」


 そう言うと、一輝はもう一度ゆっくりと手を動かして綾香の背中に触れた。すると、


「っつ」


 一瞬綾香は小さくそんな声を上げたが、今度は一輝の冷たい手の感触にも耐えていたので一輝はゆっくりと日焼け止めを広げる様に綾香の背中に乗っている自分の両手を動かし始めたのだが。


「……ん!!」


 一輝が手を動かすたびに綾香はそんな声を出したので。


「あの綾香さん、あんまり変な声を出さないで下さい」


 一輝は慌ててそう言ったのだが。


「すみません、一輝くん、でも一輝くんに触られていると思うと少しだけ変な気分になって……その、なるべく声は出さない様に気を付けるので一輝くんは遠慮せずに続けて下さい」


 綾香はそう言ったので。


「……ええ、分かりました」


 一輝は何とかそう呟くと、その後も綾香の背中に日焼け止めを塗り続け、


「……っつ!!」


 時折漏れる綾香の吐息も鉄壁の理性で何とか耐え抜いて、一輝は精神を擦り減らしながらも何とか綾香の背中へ日焼け止めを塗り終えた。そして、


「はあ、はあ、綾香さん、背中に日焼け止めを塗り終えました」


 顔を真っ赤にして肩で息をしながらも一輝が何とかそう言うと。


「一輝くん、ありがとうございます」


 綾香も顔を赤くしてそうお礼を言った。そして、これで何とか綾香のお願いを叶えて上げられたと、一輝はそう思ったのだが。


「でも、一輝くん、背中だけで良いのですか?」


 唐突に綾香がそんな事を言ったので。


「えっ、綾香さん、それってどういう意味ですか?」


 一輝がそう聞き返すと。


「その、確かに一輝くんは私の背中に日焼け止めを塗ってくれましたが、まだ手や足には日焼け止めは塗っていません、それに」


 そこまで言うと、綾香は頬を真っ赤に染めて。


「その、一輝くんさえ良かったら前の方も塗ってくれて良いですよ」


 自分の胸元に手を当てて綾香はそんな事を言ったのだが。


「っつ、さすがにそういうするのはまだ早いといいますか!! というより背中以外は自分で塗れると思うので申し訳ありませんが後は自分でお願いします!! 僕は先にプールに入って待っています!!」


 一輝は大声でそう言うと、綾香に背を向けてプールの方へ駆け出して行ったので。


「あっ、一輝くん」


 今度の綾香は一輝の背中を追う事が出来ず、綾香はその場で座っていた。そして、一輝がプールに入ったのを見送ると。


「さすがに今のは少し言い過ぎましたね、すみません一輝くん、私は少しだけおかしくなっていたみたいです、でも」


 そこまで言うと、綾香は真っ赤になった顔を上げて。


「私たちは付き合い始めてもう4ヶ月も経ったんです、そろそろそういう事があっても良いとは思いませんか?」


 綾香は少しだけ小さな声でそう呟いたが、その声は当然一輝には届かなかった。

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