第119話 日焼け止め

 そして、綾香の手から日焼け止めが入っている容器を受け取りつつも一輝は、


「えっと……さすがに冗談ですよね?」


 最後の希望を持ってそんな事を言ったのだが。


「もう、一輝くん、私が冗談でこんな事を言う訳ないじゃないですか」


 綾香は顔を赤く染めたままでもそう言ったので。


「えっ、あっ、そうですね、でも、ここは屋内プールなのでわざわざ日焼け止めを塗る必要は無いと思いますが……」


 一輝はそう言って何とか自分が日焼け止めクリームを塗る事を止めようとしたのだが。


「そんな事はありません、実際ガラスから差し込んで来る日光には紫外線が含まれているので屋内に居ても紫外線を浴びる事はあるんです、それにこのプールの天井は全てガラス張りになっているので、今でも私たちは少なからず紫外線を浴び続けているんです」


 綾香はそんな事を言った。そして、綾香はこんな事で嘘を付くような性格ではないと一輝は分かっていたので。


「えっと、綾香さんの言い分はよく分かりました、そういう事なら仕方が無いので僕で良かったら綾香さんに日焼け止めを塗る事にします」


 一輝がそう答えると。


「えっ、あっ、そうですか……その、ありがとうございます、一輝くん」


 綾香は少し驚いた様子でそう言ったので。


「えっと、どうしてそんな反応をするんですか? もしかして本当は僕に体を触られるのは嫌でしたか?」


 少し不安になって一輝がそう聞き返すと。


「あっ、いえ、決してそういう訳ではないんです、ただ」


「ただ、何ですか?」


 一輝がそう聞くと。


「いつもの一輝くんならこういう事はもっと嫌がると思っていたので、素直にOKしてくれて少し驚いたんです」


 綾香はそう答えたので。


「えっと、それに関しては情けない事に否定できませんが、今日は最初から綾香さんにかっこ悪い姿を見せてしまったので、これ以上情けない姿は見せる訳にはいかないと思ったんです、それに」


「それに何ですか?」


 綾香にそう言われて、一輝は少し恥ずかしいと思いながらも。


「えっと、今日は一日積極的に過ごすと綾香さんと約束したので、僕なりに頑張ってみたんです」


 綾香の質問に対して一輝が正直にそう答えると、綾香は驚いたのか一瞬目を大きく開けた後、直ぐに優しい表情になり。


「ふふ、そういう事なら、一輝くん、よろしくお願いします」


 一輝に向けてそう言ったので。


「……ええ、任せて下さい」


 少し緊張した面持ちで、一輝は日焼け止めが入った容器を力強く握りながらそう言った。






 その後、綾香はうつ伏せに寝転ぶと。


「それでは一輝くん、お願いします」


 一輝に向けてそう言ったので。


「……ええ、分かりました」


 一輝はそう呟くと容器から日焼け止めを取り出して自分の両手に広げた。そして、


「えっと……それでは綾香さん、行きますね」


 一輝がそう言うと。


「ええ、お願いします」


 綾香はそう言ったので、一輝は早速彼女の背中に日焼け止めを塗ろうとしたのだが。


「…………」


 一輝はその体制のまま動かなくなり、数秒間黙ってしまった。すると、


「一輝くん、どうかしましたか?」


 綾香は少しだけ顔を上げて一輝の方を見てそう言ったので。


「えっ、いや、その、えっと……」


 そう言って、一輝が言い淀んでいると。


「あっ、もしかして一輝くん、今になって恥ずかしがっていますか?」


 綾香はそんな事を聞いて来たので。


「えっ、あっ、えっと……まあ、そういう事です」


 一輝は正直にそう答えると。


「もう一輝くん、今更緊張しなくても大丈夫ですよ、それに私は一輝くんの彼女なので一輝くんに触られるのも嫌ではないですから」


 綾香は少し恥ずかしそうに頬を赤く染めながらも一輝に向けてそう言ったので。


「……綾香さん、分かりました」


 彼女にそこまで言われたらここでヘタレる訳にはいかず、一輝はそう言って綾香の背中に手を伸ばした。

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