第113話 貸し切り

 その後、電車やバスなどを乗り継いだ四人は今日の目的地のプールへと辿り着いた。しかし、


「なあ、本当にここであっているのか?」


 颯太は一輝に向けてそう聞いて来た。しかし、それも無理は無い。


 何故なら目の前にある巨大なプール施設のドアには張り紙が張ってあり、そこには「諸事情により午前中は休みとさせて頂きます」とそう書いてあり。


 それを肯定する様に、プール施設の近くにある広い駐車場には車が全く止まっていなかった。しかし、


「いえ、この場所であっているはずです、取りあえず行ってみましょう」


 綾香はそう言って、ドアに近づいて行ったので、他の三人も綾香の後に続いてドアへと向かって行った。


 そして、四人がドアの前に立つと。


「ウイーン」


 そんな音を立てて自動ドアがゆっくりと開いた。すると、


「行きましょう」


 綾香はそう言ってプール施設の中へ入っていったので、他三人も綾香の背中を追って行った。


 そして、四人が施設の中にある受付へと辿り着くと、そこには一輝の父親と同い年くらいの一人の男性が立っていた。そして、


「いらっしゃいませ、本日予約していた立花綾香様とそのお友達だと思いますが、それは間違いないですか?」


 その男性はそんな事を聞いて来たので。


「ええ、そうです」


 綾香はハッキリとそう答えた。すると、


「そうですか、いやあ、お母さんに似てとても美人に育ちましたね」


 その男性は綾香の顔を見ると笑顔を浮かべてそんな事を言った。すると、その話を聞いた綾香は、


「えっと、私のお母さんの事を知っているのですか?」


 少しだけ困惑した様子でそう聞き返すと。


「ええ、そうです、私は君のお父さんとはとても仲が良くて、結婚式にも出席させて貰ったのだけど、その時に観た君のお母さんはとても綺麗でよく記憶に残っているよ、君のお父さんはとても素敵なお嫁さんを貰ったねと……」


 彼は少し過去を懐かしむ様にそんな事を言った。しかし、その後直ぐに表情を正すと。


「っと、すまない、君たちはおじさんの昔話を聞きに来たわけでは無かったね、時間も限られているし、早速だが今日の事に付いて説明させて貰うよ」


 そう言って、受付に立っていた男性は今日の事に付いて説明を始めた。


 料金は綾香の父親が持つことになっているので、四人は気にしなくて良いという事、プールを使える時間は午後の12時半までで、時間が来る前には着替えを終えてこの施設を出て欲しいという事。


 そして何より、普通はこんな特別扱いは出来ないから、この事は誰にも話さないで、SNSでも書かないで欲しいという事だった。


 そして、その言葉を聞き終えると。


「分かりました、一輝くん、心愛ちゃん、斎藤くんもそれで良いですか?」


 綾香は後ろを振り向くと、三人に向けてそう質問をして来たので。


「ええ、僕はそれで大丈夫です」


「私もそれで良いですよ」


「俺も特に問題は無いぞ」


 三人はそう答えたので、受付の男性は満足そうに頷くと。


I「分かりました、それでは短い時間ですが夏休みの思い出の一つとしてプール施設を楽しんで下さい」


 そう言って男性は頭を下げたので、四人は小さく会釈をして、持って来た水着に着替える為に更衣室へと向かって歩き始めた。


 そして、四人が更衣室へ向けて歩いていると。


「それにしても、綾香先輩のお父さまは凄いですね、こんな大きなプール施設を貸切るなんて、普通は出来ませんよ」


 心愛が綾香に向けてそんな事を言ったのだが。


「そんな事はありません、私のお父さんが偶々この施設を管理している人と仲が良かったので、無理を言って頼み込んだだけですよ」


 綾香はいつもの様にそんな謙遜を言った。すると、


「それ自体が凄いですよ、普通はそんな人とは友達になれませんし、幾ら仲が良くてもそんな無茶は普通通せませんから、もしかして、綾香先輩のお父さまは会社の経営者とかなんですか?」


 心愛はそう言って、そんな事を聞いて来た。すると、その言葉を聞いた綾香は、


「えっと……まあ、そんな感じであっていると思います」


 少し困った様子ながらも、その事を言うのは嫌では無いのか、綾香は正直にそう答えた。すると、その言葉を聞いた心愛は、


「やっぱりそうなんですね!! という事は、綾香先輩は良いところのお嬢様なんですね、それならそんなに美人で仕草が丁寧なのも納得出来ます!!」


 テンションを高くして、そんな事を言ったのだが。


「それを言うならお前だって良いところのお嬢様だろうが、それにお前のお父さんだって、プールを貸切る事くらい出来るんじゃないか?」


 颯太はそう言って、心愛にツッコミを入れた。すると、


「別に私はお嬢様では無いですよ、他の人から観ればそう映るのかもしれませんが、私にはそういうのは似合いませんし、それにプールを貸切る事は無理では無いのかもしれませんが、そんな事をしているのがバレたら父の仕事が無くなってしまうかもしれませんので、私のお父さまは現実的に考えてこんな事は出来ませんよ」


 心愛はそう答えると。


「まあ、それもそうだな」


 颯太は特に否定もせず、そう言って心愛の言葉を肯定した。そして、そんな話を聞き終えると。


「えっと、黒澤さんのお父さんは何の仕事をしているのですか?」


 一輝が心愛に向けてそう質問をした。すると、


「えっ、私のお父さまの仕事ですか?」


 その言葉を聞いた心愛はそう言うと、数秒間話すべきか悩んでいた様だが。


「いえ、今お話しするのは止めておきます、私はお父さまの仕事は凄いと思っていますし、そんなお父さまの子どもとして生まれて良かったと思っていますが、聞く人によっては、あまりいい印象を持たないかもしれないので」


 心愛はそう言って、答えをはぐらかしたので。


「そうですか、すみません黒澤さん、プライベートな事を聞いてしまって」


 一輝がそう言って謝ると。


「いえ、気にしないで下さい、別にどうしても言いたくないという訳ではありませんから……あっ、でも、変な勘違いはしないで下さいね、別にヤクザとか悪徳企業とか、そういった仕事ではありませんから!!」


 心愛はそう言って、一輝に向けて釘を指した。すると、


「まあ人によっては、それと似たような仕事だと思うかもしれないけどな」


 颯太はそう言って、心愛にツッコミを入れたのだが。


「もう、幾ら颯太先輩でもお父さまの仕事を悪く言うのは許しませんよ」


 心愛は少しだけ気分を悪くした口調でそう言ったので。


「それはまあ悪かったって軽い冗談だ、それより更衣室に付いたから早く着替えようぜ、プールで遊べる時間は限られているからな」


 更衣室前で颯太がそう言ったので。


「それもそうですね、それなら綾香先輩、早く着替えを済ませましょう!!」


 そう言うと、心愛は綾香の背中を押して女子更衣室へと入ったので。


「俺たちも着替えるか」


「ああ、そうだな」


 颯太に言われて一輝もそう返事をして、二人は男子更衣室へと入った。 

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