第65話 ハート模様のウサギ
そして、突然一輝に強く手を握られた綾香は、
「えっ、一輝くん?」
少し驚いた様子でそう言った。なので、一輝は綾香の方を振り向くと。
「えっと、綾香さん、そんなに心配しないで下さい、もし綾香さんが落ち込む時があれば、その時は遠慮せずに僕のことを呼んで下さい!! 力になれるかは分かりませんが、僕なんかで良かったら、綾香さんの気分が落ち着くまで綾香さんの傍にずっと居て、今みたいに手を握っていますから」
一輝はそう言った。しかし、その後、一輝は直ぐに弱気になり。
「……えっと、こんな事を言いましたが、やっぱり隣に居るのが僕なんかだと綾香さんは不安ですよね」
苦笑いを浮かべて一輝はそう言った。しかし、
「……そんな事はありませんよ」
今度は綾香が一輝の手を強く握り返してきた。そして、
「今の私には一輝くんが隣に居てくれるのが一番落ち着いて安心できるのです。だから、もし私に何か辛い時があったら、申し訳ありませんがその時は、一輝くんは私の隣にいて下さいね」
綾香は一輝の事を上目遣いで見つめながらそう言った。
そして、そんな彼女の表情と言葉にやられてしまった一輝は思わず、彼女の右手を自分の両手で力強く握りしめてから、綾香の顔を見ると。
「ええ、勿論です!! 僕はどんな時でも綾香さんが望んでくれるのなら、綾香さんの隣に居ますから!!」
割と大声で一輝はそんな言葉を口にした。すると、
「そうですか、それなら私は安心出来てとても嬉しいです」
その言葉を聞いた綾香は少し照れ臭そうな表情を浮かべながらも、嬉しそうに微笑みながらそう言った。しかし、
「ねえ、母さん、なにあれ?」
「こら、見ちゃいけません!!」
そんな二人を指さしながら不思議そうな表情を浮かべている幼い男子と、そんな子どもの視線を必死に逸らそうとしている、母親らしき人の姿が見えた。
そして、それだけではなく、周りにいた人達も、そんな一輝と綾香の姿に注目をしていた。なので、
「っつ、綾香さん、早く次の場所へ行きましょう!!」
「えっ、あっ、はい」
周りから注目されていると分かると、一輝は慌ててそう言って、綾香の手を引いて駆け足でその場を後にした。
そして、二人は次のエリアの前まで来ると、一息着いてから。
「すみません、綾香さん」
一輝は綾香に向けてそう言ったので。
「えっと、一輝くんは何を謝っているのですか?」
綾香はそんなことを聞いて来た。なので、
「その、周りの目を気にせずにあんな発言をしてしまった事です、そのせいで僕たちは変に目立ってしまいました」
一輝は申し訳なさそうにそう言った。すると、
「いえ、気にしなくても良いですよ、周りが見えなくなっていたのは私も同じですから。でも、私は大勢の人に注目されるのは恥ずかしいので、今後は人前でああいった発言をするのは、なるべく控えて下さいね、私はあんなことを言われてしまったら、嬉しくてつい周りが見えなくなってしまいますから」
綾香はそう言ったので。
「分かりました、綾香さんがそう言うのでしたら、そうさせてもらいます」
一輝がそう答えた。すると、
「ええ、そうして下さるとありがたいです……ただ、二人きりの時なら、ああいった事はもっと言って貰えると、私はとても嬉しいです」
綾香はボソッと、そんな事を呟いた。
そして、不意にそんな事を言われて、一輝が言葉を返せずにいると、綾香は直ぐに普段通りの様子に戻り。
「それでは一輝くん、そろそろ動物園巡りを再開しましょう」
「えっ、あっ、はい、そうですね」
綾香がそう言ったので、一輝は慌ててそう返事をして、二人は動物園巡りを再開した。
その後は特に何事も無く、エリア2では、二人はシマウマやゾウやライオンなどを見て、次のエリアへと向かった。すると、
「あっ、見て下さい、一輝くん、触れ合いコーナーがありますよ」
綾香は遠くの方の看板を指さして、嬉しそうな笑みを浮かべてそう言ったので。
「そうですね、えっと、綾香さんが体験したいのでしたら行ってみましょうか?」
一輝がそう言うと。
「ええ、お願いします、私は動物と触れ合うことが大好きなので」
綾香はそう言ったので。
「分かりました、それじゃあ早速行きましょう」
一輝はそう答え、二人は触れ合いコーナーへと向かった。
そして、二人は触れ合いコーナーへと辿り着くと。
「えっと、綾香さん、どの動物と触れ合いますか?」
一輝は綾香に向けてそう質問をした。
このエリアでは、ポニーやヤギに羊に豚やリスなど様々な動物と触れ合うことが出来るという事で、園内でもかなりの人気スポットなのか。
若い女性や子連れなど、多くの人が楽しそうに動物にエサをやったり、頭を撫でたりして過ごしていた。
そして、綾香は一通り周りのことを見渡してから。
「えっと、一輝くんは触れ合いたい動物は居ないのですか?」
少しだけ遠慮がちに、一輝にそう聞いて来た。なので、一輝は少しだけ考えてから。
「そうですね……強いて言えば僕はウサギにエサやりをしてみたいです」
一輝がそう答えると。
「そうですか、それなら最初はウサギにエサやりをしませんか?」
綾香はそう言ったのだが。
「えっと、綾香さんが他に触れ合いたい動物が居るのでしたら、そちらを優先してもいいですよ」
一輝はそう答えた。すると、
「いえ、大丈夫です、私も丁度ウサギにエサをあげたいなと思っていたので、寧ろ一輝くんの提案はありがたかったです!!」
綾香は笑顔でそう言ったので。
「そうですか、それなら最初はウサギのエサやりにしましょう」
一輝はそう答え、ウサギにエサやりをするために受付へと向かった。
そして、二人はウサギ小屋の中へと入り、一輝は近くに居た一匹のウサギに野菜ステッキを上げながら、ウサギの背中を優しく撫でていると。
「あの、一輝くん」
背後から綾香にそう声を掛けられたので。
「綾香さん、どうかしましたか?」
そう言って、一輝が振り返ると。
「一輝くん、あの子を見て下さい」
一輝の傍に来た綾香はそう言って、一匹のウサギを指さした。
そのウサギは二人に背中を向けていたので、顔は見えなかったのだが。
「うわっ、凄い、綺麗なハート模様をしていますね」
一輝がそう答えると。
「そうですよね、私も初めて見た時は驚きました」
綾香もそう言った。二人に背中に向けているウサギの背中には綺麗なハート模様が描かれていて。
その模様を見せつけるように、ウサギは二人に背中を向けたまま、その場でじっとしていた。すると、
「一輝くん、折角だから私たち二人であの子にエサをあげませんか? ハート模様というのは、何だか縁起が良さそうな気がするので」
綾香はそんな提案をして来たので。
「そうですね、そうしましょうか」
そう返事をすると、一輝は野菜ステッキをウサギの口元に置くと、ウサギを驚かせない様に静かにその場から立ち上がり。
綾香と共にハート模様の背中を向けているウサギの背後へと、ゆっくりと近づいた。
そして、綾香はハート模様のウサギの正面に回ると。
「こんにちは、ウサギさん」
綾香がそう言って、ウサギに挨拶をした。すると、
「……?」
当たり前だが言葉が通じて居ないのか、それとも何か思うことがあるのか、ハート模様の背中のウサギは少し首を傾げたのだが。
「ウサギさん、エサを上げるので少しの間、私と一輝くんに貴方のことを撫でさせて貰えませんか?」
綾香は一本のニンジンステッキを取り出しながらそう言って、エサを上げるためにそう言って中腰の姿勢になった。すると、
「ピョン」
「ひゃっ!?」
突然、ハート模様の背中のウサギがジャンプをして、綾香の胸に飛び込んできたので、綾香は慌ててウサギのことを抱きとめた。そして、
「えっと、どうしたのですか?」
綾香はウサギを抱き締めながらそう言ったが。
「……」
ウサギは鳴き声を上げず、綾香の胸に自分の体を擦り付けていた。すると、
「もう、甘えん坊なんですね、でも、こんな風に甘えてくれるなんて、とても可愛いです」
綾香はウサギを嬉しそうに抱き締めながらそう言ったので。
「ええ、そうですね」
一輝はそう答えた。ただ、一輝はウサギではなく、嬉しそうにウサギを抱き締めている綾香を見てそう答えており。
それに何より、ウサギは綾香の割と大きな胸に顔を埋めていて。
自分もまだそんな事はして貰っていないのに羨ましいなと、一輝はウサギに対して軽く嫉妬していたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます