第64話 ダブルデート

 その後、予定通りの電車に乗った一輝たち四人は並んで椅子に座り、電車で十数分間揺られ、目的の駅に付くと四人は電車を降りてから。


 その後は少し時間に余裕を持たせていたので、昼ご飯を食べてから、四人はバスに乗って目的地へと移動した。そして、


「着きましたね」


 綾香がそう言ったので。


「ええ、そうですね」


 綾香の隣に立っていた一輝はそう返事をした。


 四人は今日の目的地である動物園の入り口に来ていて、各々料金を払って園内へと入った。すると、


「先輩方、私から一つ提案があるのですが、聞いてもらえませんか?」


 園内に入ると第一に心愛がそんな事を言った。すると、


「急にどうしたんだ?」


 颯太がそう質問をすると。


「私がダブルデートを提案したのにこんな事を言うのはなんですが、今からは私と颯太先輩のペアと、佐藤先輩と立花先輩のペアで、各々自由に行動しませんか? 折角動物園まで来たのですから、やっぱり仲のいいカップル同士で行動した方が楽しいと私は思うんです」


 心愛はそんな事を言った。そして、


「立花先輩もそう思いませんか? 折角のデート、大好きな佐藤先輩と二人きりで過ごしたくはありませんか?」


 心愛は綾香に向けてそんなことを聞いて来た。すると、その言葉を聞いた綾香は、


「えっ、えっと……それはですね」


 一輝のことを大好きだと言われて、綾香は少しだけ頬を赤くして言葉を濁していたのだが、隣に立っている一輝の姿をチラリと見ると。


「……そうですね、折角なら私は大好きな一輝くんと二人で動物園内を回りたいです」


 かなり恥ずかしそうにしつつも、綾香ははっきりとそう言った。そして、


「その、一輝くんは嫌ですか? 私と二人きりで動物園を回るのは?」


 少し上目遣いをしながら、綾香は一輝に対してそう質問をした。


 そして、そんな彼女の可愛らしい反応を見た一輝は思わず。


「えっ、いや、勿論嫌では無いですよ……その、僕も出来ることなら綾香さんと二人きりで園内を回りたいです」


 一輝はそう言った。すると、そんな二人の回答を聞いた颯太は、


「……はー、二人がそんな様子なら邪魔をする訳にはいかないな。仕方ない、心愛は俺と二人で回るか」


 ため息を付きながら颯太はそう言った。すると、


「仕方なくってなんですか!! 私と二人きりで回るのは嫌なんですか?」


 心愛は頬を膨らましながらそう言った。すると、


「それに関してはノーコメントで、それじゃあ一輝、俺はこいつと二人で回るから、精々立花さんと二人で楽しんで来いよ、それじゃあ行くか」


 颯太はそう言って一人で園内へと向けて歩き出したので、


「あっ、颯太先輩、待って下さい!!」


心愛は慌ててそう言うと、そんな颯太の背中を駆け足で追いかけて行った。


 そして、二人の背中が完全に人ごみに消えて見えなくなると。


「えっと、それじゃあそろそろ僕たちも行きますか?」


 一輝は綾香に向けてそう言った。すると、


「ええ、そうですね」


 そう言って、一輝は歩き出そうとしたのだが。


「……あの、一輝くん」


 そう言って、一輝は綾香に呼び止められたので。


「何ですか? 綾香さん」


 一輝がそう言って後ろを振り向くと、綾香は困ったような表情を浮かべつつも、ゆっくりと自分の右手を一輝の前に差し出して来た。しかし、


「えっと、これは一体?」


 一輝は彼女が何故そんなことをしているのか分からず、思わずそう質問をすると。


「その、折角のデートなので一輝くんさえ良かったら、今日は私と手を繋いで移動しませんか?」


 そんな言葉を口にした綾香はとても恥ずかしかったのか、彼女は自分の頬を一輝が今までに見たことが無いほど赤く染めていた。


 そして、そんな彼女の表情を見た一輝も思わず恥ずかしくなってしまい、釣られて頬を赤く染めながら。


「えっと、良いんですか、綾香さん、ここはそれなりに人が多いので、手を繋いで歩いていると少なからず目立ってしまいますよ」


 綾香に対してそう質問をした。すると、


「……ええ、別にいいですよ、私は人前で目立つのはあまり好きではありませんが、それよりも一輝くんと手を繋げて歩ける嬉しさの方が私は大きいです。それに」


「それに、何ですか?」


 一輝がそう質問をすると。


「……その、こんな事を言うと自意識過剰だと思われるかもしれませんが、私は普通におしゃれをして外を歩いていると、よく男の人にナンパされてしまうんです。だから、普段は一輝くんと初めて会った時のような地味で目立たない格好をして外出をしていたのですが」


 綾香はそう言いながら、ゆっくりと一輝の左手を恋人繋ぎで握って来た。そして、


「こうしていると、私は一輝くんの恋人だという事が分かって、誰も声を掛けては来ないでしょう? だから、私が一輝くんのモノだと周りの人にも分かって貰うためにも、こうして手を繋いで歩いているのは良い事だと思うのですが……一輝くんは私と手を繋いで歩くのは嫌ですか?」


 恋人繋ぎを続けたまま、綾香はそんなことを聞いて来た。


 そして、一輝はというと、大好きな彼女からそんなことを言われて、嫌だと言えるはずもなく。


「えっと、分かりました、綾香さんがそう思うのでしたら、僕はそれでいいですよ……それに僕も綾香さんとこうして手を繋げているのはとても嬉しいですから」


 綾香から軽く目を逸らしながら、一輝はそう答えた。すると、


「一輝くん、ありがとうございます!!」


 綾香は頬を赤く染めつつも、笑顔を浮かべてそう言った。なので、


「いえ、それほどでも……それよりも、そろそろ動物を観に行きましょう、いつまでもここで立ち止まっている訳にはいきませんから」


 一輝も頬を赤くしたままそう答えた。なので、


「ええ、そうしましょう!!」


 綾香もそう答え、二人はようやく園内の奥の方へと恋人繋ぎをしたまま歩き始めた。






 そして、二人は最初の場所であるエリア1の前へと来ていた。


 この動物園はエリア1からエリア7までの、合計7エリアで構成されており。


 このエリアにはキリンやゾウやライオンなど、動物園では人気な動物がたくさん見られると、そう看板に書いてあった。そして、そんな看板を見ながら綾香は、


「色々な動物が居ますね、一輝くんは何か観たい動物が居ますか?」


 綾香は一輝に対してそう質問をして来たので。


「そうですね、特にこの動物を見たいという希望は無いので、綾香さんさえ良かったら、一通り動物を観て周りませんか? 一応、時間はそれなりにあるので」


 一輝は自分のスマートフォンで時間を確認してからそう言った。すると、


「そうですね、そんなに急ぐ必要もありませんし、二人でゆっくり回りましょうか」


 綾香はそう言って、二人は恋人繋ぎをしたまま、エリア1へと入って行った。そして、


「……わあ、凄く大きいですね」


 最初に目に入った動物を観て綾香はそう答えた。


 最初に二人の視線に入ったのは塀の中にいたキリンで、綾香は顔を上げて長い首の先にあるキリンの顔を見上げていた。そして、


「このキリンはアメリキリンというらしいですね」


 看板を見ながら一輝はそう答えた。


 そして、一輝はポケットからスマートフォンを取り出すと、左手は綾香と手を繋いでいて塞がっていたので、右手でスマホを操作した。そして、


「アメリキリンは、体長は三メートルから四メートル程らしいです、それに、こんな見た目ですが、時速五十キロ程度で走るらしいですよ」


 一輝がそう説明をすると。


「へー、こんな走りづらそうな見た目なのに凄く早く走るんですね」


 綾香は少し驚いた様子でそう言った。そして、


「そうですね、それと、寿命は大体25歳から35歳くらいらしいです、人に比べたら随分と短いですね」


 一輝はそう言った。すると、


「そうですね、でも、他の動物、例えば犬や猫だと平均寿命は15歳くらいなので、動物ならそれでも十分に長生きをする方だと私は思いますよ」


 綾香はそんなことを言った。なので、一輝は少し考えてから。


「そうですね、そういえば、綾香さんの家にも一匹の元気な犬が居ましたね、確か名前はコタロウでしたっけ?」


 一輝がそう質問をすると。


「ええ、そうですね、ただ、コタロウは今年でもう10歳で、人間に換算するともう75歳程の高齢なんです」


 綾香はそんなことを言った。すると、


「えっ、そんな年齢なんですか? 前に綾香さんの家に居った時にコタロウと会いましたが、初対面の僕に飛び掛かってきたりしていて、とてもそんな高齢には思えませんでしたよ」


 一輝は少し驚いた様子でそう言った。すると、


「そうですね、コタロウは年齢の割には本当に元気だと思いますし、私もそれは嬉しいのですが、年齢的には何時なにがあってもおかしくは無いんです。でも、私は案外涙もろいので、もしコタロウになにかあったら私は少しだけ……いえ、とても落ち込んでしまうと思います。コタロウとはもう10年近く一緒に過ごしてきましたから、私からすると家族と同じくらい大切な存在なんです」


 綾香は少し目を伏せてそんなことを言った。


 そして、そんな綾香の様子を見た一輝は思わず彼女の手を強く握りしめた。

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